第62話 襲撃

一成が谷を降りていった後、美鈴と結花は指示された通りに火の番をしつつ駄弁っていた。ダコタ式ファイヤーホールに掛けられている鍋の湯はすでにぐらぐらと煮立っている。


「このダコタ式ファイヤーホールってこんなにシンプルなのにけっこう優秀ですよねー」


「じゃんね。炎も煙もあまり出ないし、片付けも埋めるだけだから楽じゃんね」


「ほんと、先輩たちってどれだけサバイバルの引き出しがあるんだろうって思いますよね」


「ほんとそれね。葵ちゃんがいなくなって一時はどうなることかと思ってハラハラしたけど、結局こんな所まで迷い込んで動けなくなってた葵ちゃんをしっかり見つけ出しちゃうんだから大したもんじゃんね」


「地図から地形を割り出したり、FMラジオとトランスミッターとトランシーバーを使い分けてケータイが使えない中で連絡を取り合って情報共有したり……今日は先輩たちの凄さの一面を垣間見た感じですね」


射和高校の最強クラブ――サバイバル研究会。何か想定外の事態が起きてもそのメンバーのうちの誰かと一緒にいれば生き残れる、というのは射和高校においてまことしとやかに囁かれている噂話だが、美鈴も結花もそれがまぎれもない事実であるということをもはや微塵も疑っていない。


「……ミネコ、今回はただ助けてもらう側じゃなくて、サバ研の一員として助ける側に回れたのがすごく嬉しかったですよ。ほら、山頂で高見沢君が葵先輩の捜索に加わりたいって言ったとき、大介先輩が却下したでしょ」

 

ああ、と結花が苦笑気味にうなずく。


「あれは強烈だったじゃんね。足手まといは邪魔だからさっさと下山しろ! だっけ。先輩って割りと容赦ないんだって思ったね」


「ミネコが高見沢君の立場だったら、自分のせいで葵先輩がはぐれたんだから、絶対に捜索に加わりたかったと思う。だから、高見沢君は大介先輩に捜索への参加を拒否されてすっごく辛かっただろうなって思うのです」


「まあ、あのお調子者がかなりマジで凹んでたもんね」

 

すっかり意気消沈して下山していった武井と高見沢の後姿を思い出す。


「あの高見沢君とか大猪先輩を見てね、今回に限らず、非常事態の時に無力で役に立たない存在にはなりたくないなぁって思ったですよ。なにか自分に出来ることをしたいのに何も出来ない、何をしたらいいか分からなくて結果的に足手まといになるって嫌だなぁって」


「うん。まったく同感。やっぱり、なにか想定外のことが起きた時にすぐ的確な行動に移れるようになりたいじゃんね」


「ユカちゃん覚えてるですか? 初めてサバ研の部室に行った時、大介先輩がサバ研のモットーは部員の一人一人を一人前のサバイバーに育てることだって言ってたの」


「んー、何か災害に巻き込まれた時、そこにサバイバルの知識と技術を持っている人間がいたら周りにいる大勢の人が助かる、だっけ?」


「そう、それです。ミネコ、今日すっごくそれを実感したですよ。葵先輩がいなくなったって分かった時、他の人は完全にパニックになってて、正直ミネコもどうしたらいいか分かんなかったけど、大介先輩と参謀先輩は冷静に即断即決即行動だったですから。あの姿を見て、ミネコもこんな風になりたいなって改めて思ったですよ」


「確かにあんな頼もしい存在には憧れるじゃんね。……じゃあ、もうすぐ仮入部期間は終わりだけど、ネコはこれからもサバ研で頑張るつもりなんだ」


「当たり前じゃないですか。ミネコたちはもう正式に部員扱いされてるんですよ」


「だって……ほら、失恋しちゃったわけじゃん? その相手とこれからも一緒にいるのは切ないかなってさ」


「それはそれ、これはこれですよ。最初に言ったじゃないですか? サバ研に入ろうと思ったのは目当ての先輩がいるからってだけじゃないって」


「そっか。それを聞いて安心したよ」


「ユカちゃんはどうするですか?」


「もちろん残るよ。だって! サバ研にはうちの理想とする男の友情があるじゃんね! 先輩たちの決して多くを語らずに阿吽の呼吸で意思を通わせる絶妙のチームワーク!! 『参謀!』『おう! 任せろ!』……くぅ~っ! これよこれ!!」

 

せっかくいい話になってたのに、と美鈴は若干脱力した。


「……相変わらず好きだね。熱い男の友情」


「いいじゃん。好きなものは好きなんだから」


「べつにいいですけどね。……あ、狩人先輩たちが到着したですね」


谷の対岸に【狩人】遼と【射手】ジンバの姿が現れたのに気付き、美鈴が手を振ると向こうも手を振り返してくる。同時に森の方からも小枝を踏み砕く音が聞こえてきて、別行動を取っていた哲平と清作が到着したのかな、と思った瞬間、腰に下げていたトランシーバーから遼の緊迫した叫びが警告を発する。


『結花殿! 美鈴殿! 熊じゃ!! 武器を構えるんじゃ!!』


「うひゃあ!?」「う、嘘!? なんで!?」


パニックになりながらもそれぞれの武器を手に跳ねるように立ち上がった美鈴と結花のほんの数メートル先にさっき大介が追い払った熊がいた。熊は立ち上がった美鈴と結花を見ても逃げようともせず鋭い犬歯を剥き出しにして唸り声を上げた。


「グルル……グアァァァ!」


そこにいたのは臆病なツキノワグマではなく、空腹故に人間への畏れを克服し、人数が少なくなった今がチャンスと明確な害意をもって襲いに来た猛獣だった。






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