第59話 ダコタ式ファイヤーホール

「了解だ。忍者にそのように伝達しておく。葵ちゃんの応急処置は頼んだぜ。オーバー」


谷底の大介との通信を終え、一成がトランシーバーを収納する。続いてケータイを取り出して忍の番号をコールする。情報共有の為にスピーカーホンに設定してある一成のケータイから美鈴と結花にも聞こえる音量で忍の声が流れ出す。


『……忍者だ。どうなった?』


「隊長からの報告によれば、葵ちゃんは足の骨折と低中度の低体温症で意識障害があるとのことだ。隊長が引き上げよりも応急処置を優先したことからちっとヤバめって感じだな。たぶん滑落してそのまま沢の水に浸かってたんだろ。俺たちは葵ちゃんの回復を待って飲ませるために今から湯を沸かすつもりだ」


『了解だ。軍曹たちにはFMでの第一報は入れてある。すでにそちらに向かい始めている』


「そりゃ良かった。狩人と射手の現在地は分かるか? もし可能なら谷の反対側に来てほしいと隊長からの要請だ。そうすりゃ葵ちゃんの引き上げが楽になるんだが」


『心得た。狩人たちにはそのように伝える』


「あと、博士になるべく合流を急ぐよう伝えてくれ。滑落したってことは骨折だけじゃ済まねぇ可能性もある。それと搬送の手配もな」


『万事了解した。用件は以上か?』


「とりあえずこんなもんだ。またなんかあったら連絡する」


電話を終えた一成が美鈴と結花に向き直る。


「聞いての通りだ。葵ちゃんは生きてはいるが無事とは言えねぇ状態だ。骨折と低体温症で今は動かせねぇから隊長が下で応急処置をするそうだ」


「低体温症の応急処置って何するんですか?」


「とにかくこれ以上体温が下がるのを防いで温めるに尽きるな」


「温めるって、まさか!?」「はっ! はわわっ!?」


結花が慌て、一瞬遅れで結花が何を想像したのか思い至った美鈴も顔が熱くなるのを感じた。


「何を想像したかは分かるが、それ、間違った知識だからな」


そんなことを言いながら取り出した折り畳みスコップを組み立てて地面に穴を掘り始める一成。


「え? 裸で抱き合うんちゃうの?」


「それはただのラブシーンの演出ってやつだ。ぶっちゃけそんなことやったところで身体は温まらねぇし、それどころか服を脱ぐから余計に冷えるわ」


「あー」「……ですよね」


と納得する二人。


「山や雪の中で遭難した時に低体温症にならないように二人で身を寄せあって断熱シートや毛布なんかに包まるってのは低体温症の予防としてはいい方法だが、それでも服は脱がねぇよ。太ももの内側と腋の下には心臓に戻る太い静脈の血管があるからよ、個人装備に入ってる貼るタイプの使い捨てカイロをその上に貼り付けて心臓に戻る血液を温めてやるのが最善だ。隊長も今頃はそれをやってるはずだ」


「なるほど。で、参謀先輩はなんで穴掘ってんの?」


「葵ちゃんがある程度回復した時に飲ませられる湯を沸かすための簡易かまどだ。お前らもスコップ組み立てて手伝え」


「あ、はい」「了解なのです」


美鈴と結花も手伝って、程なくして直径30㌢、深さ50㌢程の穴が掘り終わる。その間に一成がその穴から風上側50㌢ぐらいの所から別の穴を斜めに掘り始め、最初の穴の底に繋がるようにしていた。


「よし出来たな。ダコタ式ファイヤーホールだ。これの作り方は覚えとけよ」


「普通の焚き火じゃいかんの?」


「場合によるな。暖を取るためなら普通の焚き火の方が周囲に熱が拡散するからいいんだが、煮炊きするためなら火力が一点に集中する方がいい。このファイヤーホールの底で火を燃やせば穴の出口に熱が集中するからそこに鍋を掛ければすぐに湯を沸かせられる。このダコタ式ファイヤーホールは原理としてはロケットストーブと同じっつうかロケットストーブの原型だな。とにかく熱効率が良いのが特徴だ」


「ほへー。こんなに簡単な造りなのに優秀なのですね」


「そういうこった。そういえばネコちゃんのナイフにはマグネシウム発火棒が付属してたよな」


「はいです」


美鈴は腰に着けたシースからマグネシウム発火棒を抜き出す。


「おっけ。じゃあこの大きな葉っぱの上に焚き付け用にマグネシウムを削っといてくれ。おれはちょっと林に入って燃やせる薪を集めてくるからよ」


そう言いながら一成が近くの木からむしった大きな広葉を美鈴は受け取る。


「了解なのです。参謀先輩も気を付けてくださいね。その、熊とか」


「おう。まぁ襲ってきたら返り討ちにしてやるけどな。むしろこっちの方が心配だな。すぐに戻って来るがもし熊がこっちに来たら頼むぜ」


「ひぃぃ!? そんなぁ」


「ははは。冗談だ。そもそもそこまで奥には入らねぇよ。せいぜい声を出せば届くぐらいの範囲で薪を集めてくるからな。バレットショットはここに置いておくが、間違っても味方撃ちだけはするなよ。これはマジで人を殺せるからな」


「触るなとは言わないんだ?」


「触るぐらいはかまわねえ。ただし、悪ふざけで人に向けるのだけは絶対にするなよ。それをやったら問答無用で退部クビだからな」


いつになく真剣な一成の表情に、美鈴も結花も(あ、これはマジだ)と悟り、思わず背筋を伸ばした。


「いずれはこいつの管理も後輩に引き継ぐことになるからな。使い方さえ間違えなければ有用な道具だから過度に恐れずに正しく扱えるようになってくれりゃそれでいい。……それに、結花ちゃんはこいつを触りたくてしょうがねぇんだろ?」


「う、なぜバレたし」


「そりゃあな。それだけ目ぇキラキラさせてりゃ分かるっつの。ほれ、気を付けて扱えよ」


そう言いながら一成は結局バレットショットを予備の弾と共に結花に手渡した。


「んじゃ、あと頼むぜ」


手を軽くひらひら振りながら一成が林の中に入っていく。


念願のバレットショットを預かった結花はニマニマしながら各部を観察したり動作チェックをしたりしている。


「嬉しそうですねー、ユカちゃん」


「だって、これめっちゃカッコいいじゃん」


やれやれ、と美鈴は軽く肩をすくめて一成から言われた通りにマグネシウム発火棒をナイフで削って、削りくずを作り始めた。


美鈴の顔ぐらいの大きさの葉っぱの上にマグネシウムの削りくずがちょっとした山になった頃に一成が十数本の小枝を手に戻って来る。


「お、けっこう削ったな。そんだけありゃあ十分だぜ。じゃあそいつをそのままファイヤーホールの底に置いてくれ」


「はいです」


美鈴が削りくずをこぼさないように慎重に葉っぱごと穴の底に置くと、一成がそれを中心に細い枝を組んでライターでマグネシウムに着火する。フラッシュのような白い眩しい炎が一瞬で燃え上がり、それが燃え尽きる頃には炎が小枝に燃え移っていた。


「よっしゃ。着火成功だな。あとはくべる薪をちっとずつ太くしていって火力を安定させるぞ」


ある程度、火力が安定したタイミングで一成が吊り下げるタイプの携帯小型鍋コッヘルに水筒の水を入れ、ファイヤーホールの直径より長い枝を鍋の取っ手に通して吊り下げ、鍋をファイヤーホールにはめ込むようにして火にかけ始める。


ファイヤーホールの底に焚き火、その上に吊り下げられた鍋、その鍋を支えている枝はファイヤーホールの直径より長いので穴の出口に引っ掛かり、危なげなく鍋を支えている。その状態を見て、なるほど、と美鈴も納得する。穴を掘るのだけちょっと面倒ではあるが、その場の有り合わせの物で簡単に作れるこのダコタ式ファイヤーホールは確かに優れた簡易竈だ。


「さて、とりあえず今おれたちが出来ることはここまでだな。他の連中が合流してくるか、隊長からの連絡が入るまでこのまま待機だ」


そう言いながら火のそばに腰を下ろす一成の言葉に続いて美鈴と結花も火を囲むように腰を下ろす。


「ねぇ先輩、このバレットショットなんやけど」


結花が一成のそばに寄っていってバレットショットについての技術的な話をし始める。美鈴はそこまでバレットショットに関心はないのでそちらの話には加わらず、さっきまでマグネシウム発火棒を削っていたナイフを仕舞おうと手に取り、そこでふと仮入部初日にこのナイフを貸与された時の一成の言葉を思い出した。


『……四㍉のステンレス鋼板から削りだされたブレードとハンドルが一体になったタイプだから強度は申し分ねぇし、ハンドルに巻きつけてある滑り止めのロープは解けばいざというときに活用できる』


「……」


美鈴はおもむろにナイフのハンドル部分の細いロープパラコードをほどき始めた。ほどなくして、一枚の板状のナイフと1㍍ほどのロープに分離する。次いで美鈴は自分が杖として使っていた1.5㍍ほどの竹の棒にナイフをロープで括り付けようとしたが、なかなかうまくいかない。


「くくく、なかなか面白ぇことやってんな」


苦戦している美鈴に一成がにやにや笑いながら声をかける。


「さしずめ、結花ちゃんがバレットショットを使いたがってる以上、自分が前衛をするしかない。でも、ナイフではリーチが短すぎて前衛は怖いので槍を作ろうとしてるってとこか?」


「う、参謀先輩って人の心読めるんですか?」


「心を読むまでもなく顔に書いてあるぜ」


「嘘っ!?」


「まぁでも自衛策としちゃ間違っちゃいねぇ。杖ぐらいの長さの短槍なら取り回しも悪くねぇし、小柄なネコちゃんの場合は特にリーチが長くなるのはメリットも大きい。だが、そのやり方だと強度が足りなさすぎて逆に危険だな。ちょっとおれに貸してみな」


杖とナイフとロープを一成に渡すと、一成は折り畳みノコギリで杖に縦に切り込みを入れ、その切り込みにナイフを挟み込み、ロープでぐるぐる巻きにした上でしっかりと結んで固定した。


「ほれ、こんなもんだろ」


一成から戻ってきたそれは、杖に括りつけたナイフではなく、一本の槍になっていた。


「おぉ! すごいです。刃がびくともしないです」


「このままだと危ねぇから、本当に必要になる時まで刃にはちゃんとシースを被せとけよ」


「了解です」


美鈴は腰のベルトに装着していた布のシースを外して槍の穂先に被せた。



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