第56話 対獣装備“バレットショット”

ようやく繋がった葵のケータイはほとんど情報のやり取りもできぬまま切れた。電池切れを示す警告ブザーの音が聞こえていたから、おそらく掛けなおしても無駄だろう。

 

それでも、葵の居場所を特定する有力な手がかりは掴めた。


「先輩っ、葵先輩の居場所が分かったんです!?」


「いや、だがだいぶ絞り込めたぞ。皆、集まってくれ」

 

大介が広げた地図を全員で覗きこむ。


「葵は森を抜けた谷で立ち往生しているようだ。そしてその谷には水が流れている」


「そりゃあかなり有力な手がかりだな。加えてケータイが使えるスポットとなるとかなり限られるな」


「東側斜面で水が流れている谷といえば2ヶ所だけであります。まず【水のみ場】の沢が流れ下った大日山と日向山の間の谷筋」


と、哲平が谷筋を指でなぞる。


「もう1ヶ所は丑草山と岩坂山の間のこの谷筋だね」


そう言いながら清作が別の谷筋を指でなぞる。


「この2本の谷筋沿いでケータイが使えるスポットはどうだ?」


大介の問いに一成がペンで印を付けていく。


「こっちの谷がこの辺りだろ。で、こっちの谷はこの辺りがケータイの使えるスポットと重なってるな。で、俺たちの現在地はちょうど中間ぐらいだ。二手に別れてそれぞれに向かうのが無難ってとこだろ」


「そうだな。では、北側の丑草山と岩坂山の谷に軍曹と博士が向かってくれ。俺たち4人は南側の大日山と日向山の谷に向かう。どちらのチームが葵を見つけてもまず忍者への連絡が優先だ。おそらく距離的にトランシーバーは使えないだろう。もしケータイでの連絡が可能であればもう一方のチームにも直接連絡するという方向で頼む」


「はっ! 了解であります」


「北側の谷も南側の谷もおれたちの場所から所要時間は2、30分ってところだな。ったく、葵ちゃんもあんな装備でよくもまぁこんなところまで歩き回ったもんだぜ。……ん? ここって」

 

何か気付いた様子の一成に大介が一抹の不安を覚えて尋ねる。


「どうした参謀? 何に気付いた?」


「いやな、おれたちがこれから向かうここってよ、例の熊の糞があった辺りとあまり離れてねえじゃねえか。巣穴がこの辺で、糞がこの辺ってことは完全にテリトリー内だぜ」


「ま、まずいじゃん!!」「はわわっ! 急がなきゃ!!」


「そうだな。急いだ方がいいな。よし、では早速行動開始だ」


「あ、隊長、ちょっと待って」


と、清作が自分が背負っていた猟銃のようなものを大介に差し出す。


「この“バレットショット”は隊長たちが持って行った方がいいよね。こっちには軍曹のがもう1丁あるし」


「そうだな。ありがたく使わせてもらおう。だがいざという時は俺が前衛をするからこいつは参謀が持っててくれ。俺は今から忍者に連絡だけしておく」


「あいよ」


大介から受け取ったそれを一成が背中に担ぎ、続いて清作から受け取った弾丸ポーチをベルトに取り付ける。


「では、自分たちは出立するであります。ご武運を!」


「おう。お前らも気を付けろよ」


北側の谷に出発する哲平と清作を電話中の大介に代わり一成が送り出す。


「……それが普段は使用禁止の対獣装備“バレットショット”なんだー。本当に見た目はまんま銃じゃんね」


普段は部室の鍵付きロッカーに仕舞ってあり、存在だけは知っていたがまだ実物を見たことがなかった結花が一成のバレットショットを見ながら言う。木製の銃床に鉄パイプ製の銃身が取り付けられたそれは哲平のこだわりにより旧日本軍の三八式歩兵銃に似た外見に仕上げられている。


「こいつはマジでやべー代物だからな。構造的にはクロスボウとスリングショットを融合させただけのもんだが、威力は滑空式マスケット銃、日本式に言えば火縄銃と同程度のれっきとした人を殺せる武器。そのくせあくまでスリングショットの延長線上のものだから法的には全く問題ないときたもんだ。さすがにおれたちも本当に必要な時以外は自主規制するってもんよ」


「んー、たしかクロスボウはあまりにも簡単に人を殺しすぎるから戦争で禁止された時代もありましたよね」


「さすがネコちゃん。よく知ってんな。弓は狙ったところを的確に射つにはかなりの熟練と技術が必要だが、クロスボウは矢を装填したまま狙いをつけれて引き金を引くだけで発射できる上に威力もあるから騎士の時代を終わらせたとも言われているな。で、このバレットショットも似たようなもんだ。ジンバが使ってるスリングショットのゴムが強力なのは知ってんだろ?」


「……あー、あれはうちには固すぎて無理じゃんね」


「こいつはその強力なゴムを4本束ねているが、このとおりレバーを引くだけで簡単に引き絞った状態にできんだ。しかもテコの原理と滑車装置を組み込むことで装填に力があまり必要ない」


と言いながら一成が本体についている装填レバーを引けばガチャンと音を立ててゴムが引き伸ばした状態で固定される。


「普段使ってるスリングショット用の鉄球弾だと弾道がぶれやすいが、この専用のスラッグ弾を使えば命中精度は桁違いに上がる」


一成が弾丸ポーチから取り出したスラッグ弾は、普段使っている球形の弾とは違い、先の尖った円筒形をしており、その円筒部分に斜めの|施条(ライフリング)が刻まれている。弾に施条することでライフリングのない滑空式の銃身内を弾が通り抜ける際に自然に回転が加わり真っ直ぐに飛ぶようにしてあるのだ。


「この装填箇所ホールドポイントには弾の固定用に磁石が埋め込まれているから鉄の弾ならこのとおり装填状態で固定できる。あとは引き金を引くだけだ」


バレットショットの鉄パイプ製の銃身後部のホールドポイントにスラッグ弾を置けばカチンと軽い音を立てて弾が固定される。ここまでおよそ20秒弱。


「すぐ射つならこれでいいんだけどな。この状態で持ち歩くと何かの拍子に暴発する危険があるから、この状態で待機させたいなら、必ず安全装置をかけておけよ」


銃床部分に取り付けられている安全装置のレバーを引けば、ホールドポイントの弾の後ろに金具がせり上がってきて暴発しても弾が飛び出さないようになる。


一成がバレットショットへの装填と安全装置をかけ終わると同時に電話を終えた大介が戻ってくる。


「待たせたな。忍者にとりあえず射手と狩人への連絡も含めてもろもろ任せてきたから、俺たちも葵の捜索を再開しよう」


「あいよ」と一成がバレットショットを担ぎ直す。


「……すまないな。結花ちゃんもネコちゃんも疲れているのは分かるがもうちょっと辛抱してくれ」

 

大介の言葉に結花と美鈴が笑顔で首を横に振る。


「やっと葵ちゃんの手がかりが見つかったんだから疲れたなんて言ってらんないじゃんね!」


「そうです! 早く行きましょう先輩! あとで休憩なんていくらでもできます!」

 

健気な後輩に大介は力強くうなずいた。


「ああ。葵まであと少しだ。頑張ろう」



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