第53話 援軍到着
葵の
捜索を始めたのが、葵が行方不明になってすぐだったから簡単に見つかると思っていたのに、想定していた以上に深刻な状況に美鈴は泣きべそ気味になっていた。
「先輩ぃ~。葵先輩、無事ですよね? すぐ見つかりますよね?」
「……葵は、本人は気付いていないだろうが冷静さを完全に失っている。パニックになった遭難者の行動は予想できない。もし、このまま登山道の無い場所で闇雲に山を下っていたら……今日中に見つかる可能性はかなり低くなる。葵は、食料は持っているがかなり薄着だったし、この時期、夜はかなり冷え込む。……葵がどっちに向かったかが分からない今の状態では捜索範囲が広すぎて俺たち四人では手が足りん」
大介の声も硬く、隠しきれない焦燥感が感じ取れた。
「葵先輩は自力で麓に着く可能性は……?」
「おそらく無理だ。ヒマラヤに挑むようなプロの登山家でも、コンパスと地図を持っていなかったら頂上まで一時間の山でも遭難する。登山道というのはあれでも一番通りやすい場所を選んであるんだ。ザイルはおろかピッケルすら持っていない葵は確実にどこかで行動不能に陥る」
「じゃあ、遭難した時の正解はなんなんです?」
「グループ登山だったらすぐに捜索が入るから、迷ったと気付いた時点でそこから動かないようにして救助を待つことだ。自力脱出するつもりなら、とにかく上に登るのが正解だ」
「登るんです?」
「すべての登山道は頂上に通じる。上に登ればいずれ登山道にぶつかるし、登山道に出なくても、見晴らしのいい高い場所にいた方がヘリコプターからも見つけてもらいやすくなる。だが、そういう知識が無い人間は基本的に下りたがる。葵もおそらく登ってはいないだろうな。……くそっ! 俺がついていながら!」
大介が苛立ちを隠しきれずに近くにあった杉の木に拳を叩きつける。梢に溜まっていた大粒の雫がばらばらっと音を立てて降ってくる。その雫に混じって顔を伏せた大介の目からも一粒の涙が零れたのに気付き、美鈴は息を呑んだ。
「…………先輩」
「それに熊のこともある。ツキノワは腹が減っていても人を襲うことはまずない。だが、弱った動物や死骸は熊にとったら貴重な蛋白源だ。もし葵が怪我をしたりして動けなくなっていたりしたら……………………葵を死なせるようなことになったら……俺は、俺は……」
初めて見る大介の気弱な様子に思わず叫んでいた。
「……っ!! だ、大丈夫ですっ! 葵先輩は絶対大丈夫です!! 大介先輩が弱気になっちゃ駄目です! 今は葵先輩の無事を信じて探さなきゃ!!」
気が付くと、大介が呆けたような表情で美鈴を見ていた。ちょっと生意気だったかなと不安になった瞬間、大介がふっと口元に笑みを浮かべて美鈴の頭をぐしゃぐしゃっとした。
「ネコちゃんの言うとおりだな。俺としたことがちょっと弱気になっていたようだ。よし、もう一度丁寧に葵のトレースを探すぞ。絶対に葵を無事に救出するんだ!」
「はいっ!」
と、その時、腰に装着してあるトランシーバーから哲平の声が流れ出す。
『こちら軍曹、こちら軍曹。隊長、聞こえますか? どうぞ』
大介がすぐにトランシーバーの
「こちら隊長。感度良好だ。参謀、そちらはどうだ? どうぞ」
『こちら参謀。感度良好だ。隊長どうぞ』
トランシーバーの場合、電話と違って同時通話が出来ない。受信モードと発信モードをPTTボタンで切り替えるのだが、受信中はこっちの声が相手に聞こえないし、発信中は相手の声がこっちには聞こえなくなる。その為、特に3人以上で通信する場合は混信を避けるために誰が喋っているのか、次に誰がしゃべるのかを常に明らかにする必要がある。
「隊長だ。軍曹、状況を知らせてくれ。どうぞ」
『了解であります。現在、自分と博士はアカメガシワの森を抜けてH43地点の獣道への分岐点で隊長のFMトランスミッターを回収したところであります。参謀のトランスミッターによる情報も受け取ったであります。F36にはあと20分ぐらいで到着できる見込みであります。忍者への連絡はこの通信終了後に行う予定であります。隊長どうぞ』
「思ったより早かったな。正直助かった。俺たちは参謀からの情報でも伝えた通り、今二組でF36を中心とした範囲を捜索中だがまだ葵のトレースはロストしたままだ。一旦F36に戻って合流しよう。参謀もそれでいいか? どうぞ」
『おー、了解だ。5分以内には戻れるはずだぜ。軍曹、他に伝達事項はあるか? どうぞ』
『は。山岳部グループは無事に登山口に到着したと忍者からの
『さすがだな。使えるチャンネルを教えてくれ。どうぞ』
『こちらから忍者への発信は77.1MHzと77.3MHz。忍者からの受信には77.5MHzと77.7MHzを設定してあります。現在最寄りの中継機では発信に77.1、受信に77.7が使用可能であります。どうぞ』
『了解だ。隊長、他に何かあるか? どうぞ』
「いや、特に無い。あとは合流してからでいいだろう。忍者へはこちらから連絡しておくので軍曹と博士は合流を急いでくれ。オーバー」
トランシーバーでのやりとりを終え、大介が美鈴の方に振り向く。
「聞いての通りだ。頼もしい援軍が到着したようだから一旦戻って合流しよう。忍者からの通信を受信できるようにラジオのスイッチを入れておこうか。周波数は77.7MHzだ」
「了解なのです」
ポータブルラジオの周波数をチューニングしていくと、77.5MHzは雑音混じりでほとんど聞き取れなかったが、77.7MHzに合わせた瞬間、忍の淡々とした声がスピーカーから流れだした。
『……忍者より定時連絡放送。
「今の時間は……
「あ、はい。どうぞです」
美鈴が差し出したFMトランスミッターを受け取り、大介がボイスレコーダーを起動する。
「隊長より忍者へ。そちらの状況は把握した。軍曹とも無線連絡は取れた。現在、F36地点で合流すべく移動中だ。葵はH43付近から西側斜面に迷い込んだようだ。よって東側斜面は捜索範囲から除外する。葵のトレースはF36でロストした。この付近に登山道は無いので、葵の自力下山はないと判断する。射手と狩人には俺たちへの合流を要請する。H43からは黄色の蛍光テープが目印だ。F36を仮の拠点として中継機を設置する。まずはそこを目指して欲しい。なお、この西側斜面における役に立ちそうな情報があれば教えてくれ。以上だ」
録音した内容を確認してから、77.1MHzで発信する。
「これでいいだろう。俺たちも合流地点に向かおう」
そのまま合流地点に向かって歩き始めてほどなくして、それまでラジオから流れ続けていた忍からの15時の定時放送が途切れ、すぐに大介への返事が流れ始めた。
「忍者より隊長へ。了解した。そちらの放送はもう切ってもらって問題ない。こちらからの放送はそちらからの返信があるまで流し続ける。……射手と狩人は
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