第52話 捜索開始
「では、くれぐれも安全第一で今のメンバーを下山させてくれ。葵がもしかすると登山道に回帰して下山しているかも知れないから登りと同じルートを確実に辿って欲しい。もし葵と合流出来ても俺たちへの連絡は必要ない。サバ研の応援メンバーが反対側から登ってくるからそいつらに伝言してくれればいい」
「分かった。茂山、オレの一生のお願いだ。どうか、葵さんを無事に連れ帰ってくれ」
「ああ。サバ研はこういう時のためにあるんだ。ベストは尽くす。お前も自分の責任を全うしてくれ」
葵が最後に目撃されたアカメガシワの木まで全員で戻り、そこからサバ研メンバーと山岳部メンバーに別れる。
雨はもう止んだが霧は一向に晴れる気配がなく、そんな中、美鈴たちサバ研メンバーは遭難した葵の捜索を開始した。
電波状態が悪い山の中では電池の消耗が激しいので、美鈴と結花のケータイは予備として電源を切り、連絡用として大介と一成のケータイに電源を入れておく。といっても運がいい時しか使えないが。
むしろ、このような状況での連絡手段としてはトランシーバーこそが極めて有効に働く。サバ研メンバーの装備リュックには当然1個ずつ準備されており、現在、全員がベルトに装着して使える状態になっている。
そして、FM
ちなみにサバ研のそれは【忍者】忍と【博士】清作によるお手製のオリジナルアイテムで、ボイスレコーダーと連動しており、吹き込んだ音声をMP3に変換して周囲半径500㍍に発信する性能がある。このFMトランスミッターとポータブルラジオのセットもいざというときの為にサバ研の装備リュックに1個ずつ入っている。
先週、山岳部のハイキングへの同行が決まり、この装備リュックの内容の説明を受けて、美鈴は正直やり過ぎでは、とひそかに思っていたが、実際にこの状況に直面してみれば確かに痒い所に手が届くような、まさに必要な装備だと実感できる。
「ケータイが使えなくても連絡手段がいくつもあるってこんなに心強いんですね」
「そうだな。仮にこの4人がばらばらにはぐれても連絡が取り合えれば合流するのはそう難しくはないからな。といっても基本的には一緒に行動するけどな」
そんなやり取りをしつつ、大雑把なハイキング地図ではなく、サバ研の備品である2万5千分の1スケールの正確な地図とコンパスを頼りに、まず葵が最後に目撃されたアカメガシワの木を中心に捜索を始め、登山道から分岐している獣道を一本ずつしらみつぶしに調べていき、葵が通った痕跡――トレースを探していく。
葵が迷い込んだ獣道を特定するまでは簡単だった。雨で土が軟らかくなっていたので、葵のスニーカーと杖の跡がところどころに残っていたからだ。皮肉にもそれは、さっき美鈴が迷い込みそうになったまさにあの獣道だった。
「……ここだな。よし、ここから獣道に入るぞ。と、その前に俺は後から来るメンバーへの言付けを準備する」
大介がFMトランスミッターのボイスレコーダーに伝言を吹き込んでいく。
「
録音を終えた大介がリピート再生モードのFMトランスミッターを獣道の入り口付近の枝に黄色の蛍光テープで取り付ける。
「よし、参謀、動作チャックだ」
「あいよ」
一成がポータブルラジオの周波数を合わせれば、ラジオのスピーカーから先程の録音音声が流れ出す。
「特に問題ないな。では、今より獣道に入るぞ。」
登山道と獣道の分岐のところに、後から来るはずの他のメンバーたちへの追跡用サインとFMトランスミッターを残して、大介を先頭に美鈴、結花、一成の順番で葵のトレースをたどって獣道を進んでいった。
20㍍置きぐらいに大介が木の幹や枝に戻るための目印として黄色の蛍光テープを付けていく。美鈴が振り返って見れば薄暗い森の中で目印の蛍光テープは確かな存在感を示していた。
しかし、登山道から数百㍍ほど下り、雑木林から植林に替わったところで、葵のトレースはついに途切れた。
植林とはいえ、手入れされているとはいえない状態なので、落ち葉がまるで絨毯のように地面を覆いつくしており、葵がどこを通ってどこへ向かったのかまったく分からなくなってしまったのだ。
「トレースを辿れるのはここまでだな。現在地を確認しよう」
大介の言葉に一成が地図を広げる。ここまで目印の蛍光テープを大介が取り付けるために立ち止まる毎に一成が現在地をチェックして地図に書き込みをしていたので現在地の特定は容易い。
「獣道の出発点がここで、このルートを辿ってきて、今はこの辺だぜ」
と、一成が地図の現在地付近を丸で囲む。
「葵は足下だけを見て獣道に迷いこんで、そのままこの辺りまで到達して、獣道の判別がつかなくなって自分が迷っていることに気づいたはずだ。……この辺りで動かずに待っていてくれればここで合流できたんだろうが、残念ながら移動してしまったようだな」
「もー、葵ちゃんてばなんで移動しちゃうんかなー」
「まあ、こんな山奥で自分が迷子になったと気づいたらそりゃパニックにもなるだろうぜ。冷静に考えりゃ自分の来た道を戻るなり、動かずに助けを待つなり出来るけどよ、大抵は冷静さを取り戻すまでに闇雲に歩き回っちまうからな」
「そういうもんなんですかね」
「ああ。普段から想定して対策を考えていないとなかなかいざって時に適切な行動は取れないものだ。これも備えあれば憂いなしの典型例だな。……さて、とにかく葵がここまで到達したのは間違いないからここからどこに向かったかだな」
「とりあえず、地形上の難所をチェックして絞りこんでみようぜ」
「そうだな。……まず、こことここだな」
「だな。あとここもまず無理っぽいな」
大介と一成が地図に難所とおぼしき場所を書き込んでいくが、美鈴にはさっぱり分からない。結花も同様のようだ。
「先輩たちはどうして地図だけで難所が分かるんです?」
「んー、これは等高線で地形を読み取ってるんだ。この幅が広ければ傾斜は緩やかだが、狭ければ急斜面、つまり難所だと分かる」
「この2万5千分の1の地図の場合、距離はだいたい1㌢で30㍍ってとこだ。等高線は標高差10㍍ごとに引かれてるかんな。……だから例えばこの場所なら1㌢の幅に等高線が3本引かれてるってことは10㍍で標高が10㍍違うってことだ。この場合の傾斜は?」
「45°です」
「さすがネコちゃん。計算早ぇな。まぁでもそういうこった。ぶっちゃけ45°の斜面なんて専用の装備がなきゃまず無理だ。30°でもかなりキツい。そのことを踏まえた上で地形を読み取っていけばある程度の難所は分かるってわけさ」
説明しながらも地図には次々にチェックが入れられていき、こうしてみると専用の装備なしには通れない難所がそこかしこにあることが分かる。それでも難所をちょっと迂回すれば通れそうな場所も多く……。
「……だいたいこんなところか。思ったより厄介だな」
「だな。この辺りは植林されてるだけあってわりと傾斜が緩やかだもんな。こりゃあかなり捜索範囲広いぜ」
「やることは一緒だ。とりあえず今いるこの場所を拠点に二手に分かれて周囲を捜索してトレースを探してみよう。と、その前にここまでの捜索状況と現在地情報をお前のトランスミッターでの発信を頼む」
「おう。了解だ」
一成が自分のリュックからFMトランスミッターを取り出して最新の情報を吹き込んでいく。
「参謀より
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