第51話 サバ研招集


葵が大介たちに合流せずに行方不明になったことを知った武井は完全にパニックになった。


「うおおおぅ、なんだと!? 葵さんと合流しなかったってどういうことなんだ!? 茂山、葵さんはどこへ行ったんだ!?」


「俺が知るか! それより、なんで葵と別行動をとった!? 状況を説明しろ!」


「それは……」


「ぼ、ぼくがいけないんす! ぼくがキャップテンの言うことを聞かないで勝手に先に行っちゃったから、キャップテンはぼくのことを追いかけてきて、生徒会長さんが置き去りになっちゃったんす! ぼくのせいで……うっうっ」

 

自分のしでかしたことの重大さに思い至った高見沢が泣き崩れる。そんな高見沢を完全に無視して、大介が武井を糾弾する。


「登山開始前のミーティングで俺がネコちゃんと葵の二人の面倒を見ると言ったとき、お前はなんと言った? 一人で二人の面倒を見ることが出来るのは山のエキスパートである俺をおいて他にいないと豪語したよな。葵のことは自分が責任を持ってエスコートすると。なら、今のこの状況はなんだ? 腹を減らした熊がうろついている山中に素人を置き去りにするエキスパートがどこにいる!?」

 

武井が目を剥く。


「く、熊だと!? 見たのか!?」


「登山道のすぐそばに巣穴があった。道端にもまだ新しい糞があった。グループで行動している限りさほど危険な相手ではないし、連絡しようにも圏外だったから伝えようがなかったが、お前が葵を置き去りにするなんて想定できるか! そんな非常識!!」


「…………」

 

武井の顔から見る見るうちに血の気が引いていく。


「……オ、オレは葵さんを探しに戻る! 皆はここで待機してくれ!」

 

真っ青な顔で東屋を飛び出して行こうとした武井を大介は掴んで引き戻した。


「一人で突っ走るな! このイノシシ野郎! 冷静さを失ったお前が行っても遭難者が一人増えるだけだ!」


「葵さんが遭難したのはオレの責任だ! オレが葵さんを助ける!」


「じゃあ訊くが、お前は葵の居所の見当はついているのか?」


「草の根分けても探し出す! この命に懸けても!!」


――バシッ!!


大介は武井の頬を容赦なく張り飛ばした。


「ひっ」

 

ものすごく痛そうな音に美鈴が首をすくめ、武井はよろよろとふらついて尻餅をついた。


「……ぐっ、な、なにを!?」


「ふざけるなよ。そんな精神論で人の命を救えると思ってるのか! 思い上がりも大概にしろ! お前はリーダー失格だ!!」


言葉を失った武井にかまわず、大介は東屋にいる全員を見回した。普段温厚な大介のぶち切れた様子に一成以外の全員がびくりとなる。大介は武井を怒鳴ったことで若干クールダウンしていたが、それでも有無を言わせない口調で言い放った。


「残念だが、遭難者が出た以上ハイキングツアーはここで中止だ。俺たちサバ研が葵の捜索をするから、それ以外の全員は昼食を摂ったらただちに来た道を通って下山してくれ。山岳部のレギュラー三人は責任を持って他の三人を無事に下山させること。分かったか?」

 

真っ先に異を唱えたのは高見沢だった。


「待ってくださいっす。ぼくも生徒会長さんの捜索をするっす!」

 

泣き顔のまま、決意を込めた表情で訴える高見沢を大介は容赦なく斬り捨てた。


「却下だ。足手まといはかえって邪魔だ。お前はさっさと下山しろ」


「そんなぁ~」

 

それ以上高見沢を相手にせず、大介はサバ研の他のメンバーに向き直った。


「聞いての通りの緊急事態だ。これから俺たち四人で遭難した葵の捜索をする。全員の時計を合わせろ。現在時間一二一五ヒトフタヒトゴー

 

それぞれが腕時計の時間を合わせる。


「時間合わせました」


「うちもOK」


「よし。どれぐらい捜索に時間がかかるか分からないから急ぎで腹ごしらえをしておいてくれ。ここは山頂で電波が通じるはずだから俺は今から忍者に電話して応援を要請する。捜索開始は一二三〇ヒトフタサンマルだ。参謀、装備を点検しておいてくれ」


「あいよ。まかせとけ」

 

すぐに大介はケータイを取り出して、情報伝達を一手に引き受ける忍のケータイをコールし始めた。


『……我だ。隊長、何があった?』


連絡が入る=想定外の事態と明らかに認識している忍の対応は的確で早い。


「さすがだな忍者、話が早くて助かる。葵がアカメガシワの森ではぐれて行方がわからなくなった。これから捜索を始めるが、そちらからの応援が欲しい」


『ふむ。それならば説明の二度手間の時間が惜しい。分隊の全員を集めるので少し待ってほしい』


それからほどなくして哲平と遼とジンバが集まる。


『……待たせた。スピーカーホンに切り替えたので状況の説明を頼む。全員、傾注!』


「こちらの状況だが、俺たちに先行していたグループから葵がはぐれて行方がわからなくなった。場所はアカメガシワの森付近。時間は今から30分ほど前になる。なお、ケータイは圏外で繋がらない。一二三〇より捜索を始める。そちらからの応援が欲しい。そちらの状況は?」


『野良鶏退治はすでに終了。今は後始末の途中であります』


『そうじゃな、罠の撤去と鶏の解体にわしと射手がおれば忍者と軍曹は即先行可能じゃぞ』


『でやんすな。あっしらがこっちの片付けを引き受けるってんなら、そうでやすな……あっしらは2時間遅れぐらいで合流できやすよ』


「そうか。じゃあすまんが狩人と射手にはそっちの片付けを任せて、忍者と軍曹はすぐにこっちに来てもらえるか?」


『了解であります』


『博士はすでに午前中で依頼は終えている。博士も呼べるぞ?』


「そうだな。それなら軍曹と忍者は博士と合流して【対獣装備】と【特救装備】持参でこっちに向かってくれ」


『む? 対獣装備だと?』


「ああ。熊のテイトリー内だ。巣穴と新しい糞を確認した。部の予算から車のチャーターも許可する」


『心得た。その後の展開については?』


「大日山の登山口付近に臨時指揮所を設けて忍者はそのままそこで情報収集と指揮に当たってくれ。軍曹と博士には大日山の登山口から入山して、日向山経由で丑草山に至るルートを辿って欲しい。葵がすでに登山道に回帰して下山中の可能性ももしかしたらあるかもしれないから、もしそうならどこかで邂逅かいこうできるはずだ。加えて、俺たち以外のハイキングメンバーも今言ったルートでこれから下山させる予定だ。連中とは確実にどこかですれ違う予定だが、もし会わなかったらそれもまた問題になる。その辺の安否確認も含めて、連中が確実に大日山の登山口まで下山したことを見届けてやってほしい」


『了解であります。自分と博士は対獣装備、特救装備にて大日山登山口から入山後、要救助者の安否確認および山岳部グループとの連絡を図り、その後速やかに隊長グループへの合流を目指すであります』


『後から射手と狩人が合流したらどうする?』


「葵が行方不明になったのは日向山と丑草山の中間付近だ。そこからどう動いているかは現時点では不明だが、彷徨っているうちに別の登山道を見つけて下山している可能性も否定できない。おそらく射手と狩人の現場入りまでにはある程度の判断材料になる情報を得られていると思うが、とりあえず今の時点では、葵が通るかもしれない別の登山道の出口付近での待機を予定しておいて欲しい」


『了解なのじゃ』『そのあたりは現場入りしてから臨機応変でやんすな』


「そうだ。山中ではケータイが通じない場所も多い。距離が近づけばトランシーバーでの無線連絡は取れると思うが、FMトランスミッターによる伝言も活用する予定だからその辺りも念頭に行動してほしい。周波数の割り当てはすでに決めてある通りだ。では、よろしく頼む。全員時間を合わせてくれ。今は一二二六ヒトフタニーロクだ」




【作者コメント】

あまりにも伸びないので、タイトル変えました。もっと良さげなタイトル案あったら教えていただけると嬉しいです。


  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る