山岳遭難編

第42話 登山計画

四月も終わりに近づき、窓から見える街並みにもちらほらと鯉のぼりが目立ち始めている。来週末からのゴールデンウィークが終われば、およそ一ヶ月に及んだ射和高校の新入部員勧誘期間も終了となり、前期予算編成委員会が召集されることになる。


だから、このゴールデンウィークこそが各クラブ・同好会の新入部員勧誘のクライマックスシーズンとなり、大掛かりなイベントを計画しているところも少なくない。



放課後になって葵が生徒会室に来ると、執務机の上には各クラブ・同好会から提出された、ゴールデンウィーク中に計画しているイベントの申請書がところ狭しと並んでいた。


生徒会長の仕事は、それらの申請書の内容をチェックして不明な点があれば代表者と面談を行い、問題がなければ承認することだ。葵は早速執務机に座って提出された書類に目を通し始めた。

 

軽音部による地元のライヴハウスでのライヴ告知のポスターを校内に貼る許可の申請。……承認。

 

同人部による仮装パーティのため体育館の使用許可を申請。……バスケ部の試合があるため体育館は使用不可。武道館なら使用可能につき代表者と面談。

 

料理部による料理教室。一般参加者も募り、サバ研から購入した地元産鶏を使った地産地消イベントを行なうので部外者を招くことの許可を申請。……承認。

 

弓道部によるバイク流鏑馬。グラウンドの使用許可を申請。……明らかに危険なので却下。


赤ペンで但し書きを書き込みながら次々に申請書に目を通し、承認、要面談、却下それぞれに仕分けしていく。

 

そんな中、山岳部が提出した申請書を手に取った葵が固まる。それには武井の特徴的な字でただ一文。


丑草山うしくさやま縦走じゅうそうトレッキング』


裏に返してもただそれだけしか書かれていない。これだけではなにがしたいのかよく分からないので、要面談と赤ペンで書き込み、しばし思案して書き加える。必ず、部長ではなく副部長を呼び出すこと。




「どういうことなんだっ!?」

 

生徒会室に入ってくるなり泣きそうな顔でそんなことを言い出した武井に、葵はため息と共にこめかみを押さえた。


「どういうこと、とは?」


「こいつのことだ!」

 

武井が指差したのは葵に呼び出された山岳部副部長の山崎やまざき たけしだ。彼もまた若干うんざりした表情を浮かべている。ちなみに武井は呼んでいない。


「山崎さんがどうしたんですか?」


「葵さんっ、オレとタケちゃんを天秤にかけるなんてどういうことなんだ!? いや、確かにタケちゃんは信頼できるいい男だ。それは親友であるオレが保証する。だが、だからといってオレとタケちゃんを較べるなんてひどいだろう!?」

 

正直、放送で呼び出しただけでなんでここまで勘違いできるのか、葵は正直頭が痛い。

 

まともに相手をする気も失せて、葵は机の上に置いてあった山岳部の申請書を取ってぴらぴらと振ってみせる。


「山崎さん、今回の呼び出しの用件はこの申請書に関することなのですがよろしいかしら?」


「ああ、ええよ」


「じゃあ、立ち話もあれですから、そちらの応接コーナーの方に」


「はいな」


「おいっ! なぜオレを無視するんだ!? 出来てるのか!? 二人はもう出来ているのか!?」


「あーもう、うるさい! 武井先輩はしばらく黙っていてください! 話がちっとも前に進まない!」

 

ついに切れた葵に怒鳴りつけられて、武井がしょぼんと分かりやすく落ち込み、大きな図体を丸めて床に『の』の字を書き始める。そんな武井を無視して葵は応接コーナーで山崎と申請書に関する話を進める。


「さすがにこの申請書ではあまりにも情報が不足しているものですから」


「どれ……ぶはっ! あはははは。ひっどいなこれ。これはわいが呼び出されるはずやわ」


武井の書いた申請書に山崎が大ウケする。


「まず、トレッキングとはどういうことですか?」


「山歩きのことや。普通、登山ゆうたら山頂が目的やん? でもトレッキングは必ずしも山頂が目的やのうて、山を歩いて自然と触れあうことが一番の目的なんや」


「縦走とは?」


「登りと下りで別の道を通ることや。ちなみに同じ道を登って下ってくることはピストンゆうんやけどな」


「なるほど、丑草山はどんな山ですか?」


「櫛田川の上流の方にある標高差五〇〇㍍ほどの山やな。あまり人の手が入ってへんから自然を楽しめるし、初心者でも二時間もあれば山頂まで登れるよって、ハイキング入門に手ごろなんや」

 

山崎から得た情報を申請書に直接書き込んでいく。武井相手だとこれだけの情報を聞き出すのにどれだけ時間がかかることか。


「やることは分かりましたが、具体的にどんなプランをお考えですか?」


「そやな。一番の目的は新入部員の訓練なんやけど、一般の参加者も募ったハイキングツアーにしよーて思っとる。でもそれやと山岳部だけじゃ手が回らへんで、サバ研にも助けてもらうつもりやけどな」


「サバイバル研究会の方は了承しているのですね?」


「……まこやん、茂山君には丑草山の件、伝えてあるんやな?」


「大丈夫だ! 茂山にはオレがあとで言っておく!」


「……って、まだ伝えてへんのかいっ! もう来週の話やぞ!」


「…………まだ伝えてないんですね。分かりました。この件はあたしの方からサバイバル研究会に通しておきます」

 

ため息交じりの葵の言葉に山崎が申し訳なさそうにうなずく。


「悪い。この手抜き申請書のことといい、次からはちゃんとわいがチェックするようにするわ」


「よろしくお願いしますね。それでは、いくつか具体的な点を詰めていきますね。具体的な日程、かかる費用、参加者募集の告知はどうするか、顧問はツアーに参加するのか、参加者への事前の説明会、とりあえずこんなところでしょうか?」

 

葵は項目をいくつか箇条書きにして山崎との打ち合わせを進めていった。




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