第37話 後処理

コハル婆の庭にはレンガを積み上げた即席のかまどが据えられ、その上にかけられた大鍋で湯が沸かされている。

 

かまどに薪をくべてから、割烹着姿の葵はポケットからケータイを取り出した。先日、大介と一緒に選んだ真新しいストラップが揺れている。


時間を確認すると、大介たちが畑に向かってそろそろ一時間になろうとしていた。

 

そろそろ戻ってくる頃かしらね。

 

葵が家の裏手の方に目を向けると、ちょうどがやがやとサバ研メンバーたちが戻ってくるところだった。一人につき二、三羽ずつ白い鶏を両手に提げている。この様子だと退治はうまくいったようだ。


「お疲れ様。お湯は沸いてるわ」


「ありがてぇ。さすがは生徒会長さんでやんすな。気が利いてらっしゃる」


「大介たちは?」


「もう来るでやんすよ」

 

ジンバの言葉が終わる前に大介たちが姿を現す。大介と一成が二羽ずつ、美鈴と結花もそれぞれ一羽の鶏を提げていた。

 

美鈴も結花も目が真っ赤に充血していて、泣いた後なのは明らかだった。


結花の手は茶色く変色した血で汚れ、顔にまで血痕が付いていて、その手で鶏を絞めたのだということが容易に理解出来た。


……やるじゃない、結花。


「お、葵、湯を沸かしておいてくれたのか。助かる」


「いつものことだしね。結花、美鈴ちゃん、大丈夫?」

 

心配になって尋ねると、二人は憔悴しきった顔で、それでもちょっと誇らしげに胸を張ってみせた。


「ぜんっぜん、大丈夫です」


「こんなの、うちにかかれば楽勝じゃんね」

 

明らかに強がりな二人の返事に思わず苦笑する。武士の情けで、泣いた後の顔にはあえて触れずに労いの言葉をかけた。


「よく頑張ったわね二人とも。先に手と顔を洗って来たら?」


 

二人が井戸で汚れた手と顔を洗っている様子を横目で見ながら、葵は大介に尋ねてみた。


「あの様子見ればなんとなく察しはつくけど、二人はちゃんとできたわけ?」


「ああ、上出来だ。二人とも泣きながらだがよく頑張ってたぞ」

 

あえて触れなかったのにわざわざ言う大介に失笑する。


「じゃあ、二人ともこのままサバ研でやっていけそう?」


「まだ二人の意思は確認していないが、ここまで頑張っておいて辞めた奴はいないからな。たぶん大丈夫だと思うぞ」


「そう、よかったわね。……ところで、今日は春野菜を使ったきりたんぽ鍋の準備をしてるんだけど、どれだけ鶏肉をこっちにまわせそう?」


「そうだな、鈴花コンビがこれからさばく鶏は正直売り物にはならんだろうから、まず二羽。あと、射手が狙撃した奴が二羽ほど即死で血抜きがうまく出来なかったみたいだから合計四羽。残りは料理部が全部買い上げてくれる予定だが足りるか?」


「四羽分もあれば十分よ。料理の下準備はもう終わってるから、あたしがあの二人に鶏のさばき方を教えてもいいけど?」

 

葵がそう申し出ると、大介はまったく予想していなかったようで目を丸くした。


「いいのか? それは助かる! お前が教えてくれるなら、俺と一成も残りの鶏の解体にかかれるからな」


「い、言っとくけどあんたのためじゃないわよ! あれだけたくさんの鶏をジンバ君たち五人だけにやらせるのは大変だから、あんたと一成は手が早いから忙しい方に行けばいいってだけで!」

 

ついまたひねくれた言い方をしてしまって後悔するがもう遅い。大介はやっぱり言葉通りにしか受け止めなかった。


「そうだな。よし、じゃあちょっと待っててくれ。あ、一成、そういうことだから俺たちも解体に行くぞ」


「あいよ」

 

何か言いたげな表情でニヤニヤ笑いながらもうなずく一成。


「……なによぉ、一成?」


「ニヤニヤ」


「不快だわ。言いたいことがあるならはっきり言いなさいよ」


「言っていいのか?」


「…………やなやつ」


大介は向こうの方でさっそく羽むしりを始めているジンバのところに行ってなにやら話し、ジンバが指差した二羽の鶏を持って戻ってきた。


「この二羽と、この足元に転がっている二羽がそうだ。じゃあ、あと頼む」


「仕方ないから頼まれてあげる」

 

ああもう、なんであたしは大介に対してこんな可愛げのない言い方しかできないんだろう、と葵が歯噛みしたちょうどその時、美鈴と結花が戻ってくる。


「大介先輩、手を洗ってきましたぁ」


「ああ、ちょうど良かった。俺と参謀は射手たちを手伝いに行くから、鈴花コンビは葵に鶏の解体の仕方を教えてもらってくれ。二人がこれから解体する鶏は俺たちの晩飯用だ」


「え、うそ? 葵ちゃんって鶏さばけるん!?」

 

さも意外そうに尋ねてくる結花。美鈴も驚きを隠しきれないようだ。


「葵は狩りには参加しないが、人手が足りない時は手伝ってくれるんだ。解体はもちろんのこと、絞めるのもな」


「ええっ!? 葵先輩も鶏を絞めれるんです!?」

 

もともと大きな目を目一杯見開いて聞き返す美鈴に大介がうなずく。


「ああ、上手いもんだぞ。生徒会長じゃなきゃサバ研にスカウトしたいぐらいだ」

 

大介の最大級の褒め言葉に思わず口元がにやけそうになるのを葵は必死で抑えた。


「むぅ~」


美鈴が不満げな顔で口を真一文字に結ぶ。実はかなり負けず嫌いな性格なようだった。


「み、ミネコも、次は一人でちゃんと出来るのですっ!」


「ふふっ」

 

葵に対抗意識を燃やす美鈴があまりにも健気で可愛らしくて、葵は思わず口元がほころぶ。


「むむ~! なんで笑うんです? ミネコは本気です。絶対に葵先輩よりも上手に鶏を絞めてさばけるようになるのです!」

 

悔しそうにそう宣言する美鈴の頭に大介がぽんと手を置く。


「向上心があるのはいいことだ。頑張れ」


「はいっ! 頑張りますうっ!」

 

不機嫌な表情から一転して満面の笑みになる美鈴。それを見て今度は葵が不機嫌になる。


口を尖らせて大介に聞こえないようにそっとつぶやく。


「……ばか大介」






【作者コメント】

いつも読んでくれてありがとうございます!


こちらのサバ研活動録はわりとコメディ寄りですが、これよりももっとハードなサバイバル小説【沈没から始まるオッサンとJKのサバイバル漂流記】も良かったらよろしく。


こちらは離島に向かう途中のフェリーが沈没して、乗り合わせたサバイバルマスターなオッサンと農業高校のJKがガチな漂流サバイバルをするお話です。

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