第36話 屠殺
サバ研のメンバーたちはそれぞれ愛用のナイフを手に、行動不能になってもがく野良鶏たちに止めを刺すために近づいていった。
美鈴もまた、ミニハンティングを鞘から抜いてビッグバードに近づいた。
美鈴の姿に気付いたビッグバードはなおも逃げようとばたつくが、立ち上がることができないので土ぼこりを立てることしかできない。
そんなビッグバードの姿を見るにつけ、美鈴は足ががくがくと震えてきた。結花はと見れば、結花もまた大トサカを前にして真っ青な顔で佇んでいた。
「自分でできるか?」
そばに来た大介に問われて、美鈴は全力で首を横に振った。
無理! 絶対無理!!
「だろうな。じゃあ、こいつは俺がやるからネコちゃんは手伝ってくれ」
「ハ、ハイッ!」
裏返った声でうなずいてミニハンティングを鞘にしまった美鈴にロープが手渡される。
「俺がこいつを押さえつけるから、ネコちゃんはこいつの首にロープを巻きつけてくれ」
「……」
美鈴の顔から血の気が引く。なんだかすごく嫌な予感がした。
大介はそのまま地面にひざをつき、手馴れたしぐさでなおも暴れ続けるビッグバードを押さえつけた。
片手で羽の付け根を掴み、もう片手で首を掴んで伸ばす。
「ネコちゃん、ロープ」
「ひいい」
震える手でロープをビッグバードの首に恐々と巻きつける。
大介先輩は両手がふさがってるから、もしかしなくても……。
「じゃあ、そのロープを思い切り引っ張ってこいつを気絶させてくれ」
「うぁああ」
やっぱり。最も恐れていたことを指示されて美鈴は泣きそうになった。
「早く」
割と容赦なく大介が美鈴を急かす。大介の場合、暴れるビッグバードを押さえつけているのだから無理もないことなのだが。
「あうぅ~」
美鈴がロープをのろのろと引っ張ってビッグバードの首を絞め始めると、当然、抵抗が激しくなり、即座に大介からの駄目出しが入る。
「そんな力じゃ駄目だ! もっと思いっきり絞めないとこいつを苦しめるだけだ」
「うわあぁぁぁぁ!!」
叫びながら、美鈴はやけくそ気味にロープを引っ張る手にこれでもかと力を込めた。それでも、なおも生きようともがくビッグバードと目が合って、思わず手の力が緩む。
「力を緩めるな! そのまま力を込めて引っ張り続けるんだ!」
大介の厳しい言葉に涙がぼろぼろと溢れてきて頬を伝う。
「ごめんなさい! ごめんなさい! ごめんなさい! ごめんなさい!」
もっと生きようともがき続ける、その命を無理やり終わらせることを。
泣きながら、何度も謝りながら、美鈴はビッグバードの首を締め上げ続け――。
「ネコちゃん、よくやった。もういいぞ」
大介に止められて気が付くと、ビッグバードはぐったりと動かなくなっていた。
急に恐ろしくなって膝ががくがくと笑いだし、力の抜けた手のひらからロープがはらりと地面に落ちる。
「あとは俺がやるから見ていてくれ」
「……」
うなずくことしかできない美鈴を尻目に、大介は地面からロープを拾い上げて手早くビッグバードの脚をくくって近くの木の枝から逆さに吊るし、ベルトに通していた鞘から愛用のサバイバルナイフ【ブリュワー・エクスプローラ】を抜き放った。
そしてそれを気絶したビッグバードの首に当て、躊躇う素振りもなくザクッと一気に切り込む。その瞬間、ビクンッとビッグバードが震えた。
「ひっ!」
美鈴は思わず目をつぶり、次に目を開けた時にはすでに終わっていた。
切り口からは真っ赤な血がドクドクと溢れ、地面に流れ落ちていく。ビッグバードの体は時おりぴくぴくと痙攣している。そして、血に染まったナイフを手にした大介の顔にはどんな感情も浮かんでいない。
大介が立ち上がり、美鈴の方を振り向く。
「これで鶏の屠殺は終わりだ。このまま、しばらく吊るしておけば血抜きも終わる。残りの鶏たちも屠殺しなくちゃいけないが、ネコちゃんはまだやれるか?」
「……」
ただ、無言で首を横に振る。もう色んな意味で一杯一杯だった。
「わかった。ネコちゃんはよく頑張ったからな。じゃあ、残りの鶏の屠殺が終わるまでしばらくここで休んでいてくれ」
「……はい」
大介が美鈴に背を向けた瞬間、張り詰めていたものが切れて美鈴はその場にへなへなと座り込んでしまった。
ふいに誰かがそばに立った気配があって顔を向けると、そこには真っ青な顔をした結花が立っていた。右手に握られたままのナイフの刃は血に濡れ、袖や頬にまで血が飛んでいる。
ふらふらと美鈴の隣にやって来てペタンとへたりこみ、力なくぼそぼそと呟く。
「……無理。もう限界じゃんね」
「ユカちゃん、屠殺……したですか」
「……手が震えて、ナイフに力が入らなくて、切ったのが浅くて、鶏が暴れだして、参謀先輩が押さえつけてる間にもう一回切ったけどまだ浅くて、何度も切って、鶏がすごく苦しそうにしてて、思いっきり力を入れて切ったらゴリッて音がして血が噴き出して、それでもしばらく暴れてて……」
ポタリ、ポタリと結花の涙が土に染み込んでいく。
「うちがもっと手際よくできてたら大トサカをあんなに苦しめなくて済んだのに……。うち、すごく可哀相なことしちゃったじゃんね」
「ユカちゃん……」
なんと言葉をかけていいのか分からずに言葉を失う美鈴にかまわずに結花は言葉を続ける。
「先輩たちは本当にすごいって素直に思うじゃんね。毎回こんな汚れ仕事を快く引き受けてるんだから」
「そうだね」
畑に目をやれば、そこかしこでサバ研のメンバーたちが鶏たちを次々に手際よく絞めていっている。
楽しそうでも厭そうでもなくただ黙々といつもの手馴れた作業として、気絶させ、頚動脈を切り、木に吊るしていく。
きっとそれが正しい気の持ちようなのだろう。
感情を麻痺させなきゃやっていけないことぐらいもう分かる。
自分もそうならなくちゃいけないことも。
サバ研に居続ける限り、当然、野良鶏退治はこれからもあって、これからも参加し続けることになるのだから。
「ネコちゃん、結花ちゃん、引き上げ……」
捕らえたすべての鶏を絞め終えた大介が美鈴たちのもとに戻ってくると、美鈴と結花はお互いに背中を預けた状態でこっくりこっくりと舟をこいでいた。
その様子を見た大介は思わず口元が緩むのを感じた。
「ん? どうした大介? ……ああ、そういうことな」
大介の肩越しに美鈴たちの様子を見て取った一成も同じく微笑みを浮かべる。
「疲れたんだろう」
「だろうな」
「正直、俺はこの二人のことを見くびっていたかもしれないな」
「うん。おれもまさか結花ちゃんが自分で屠殺するたぁ思ってなかったぜ」
「ネコちゃんも泣きながらだが、それでも鶏の首を絞めるのは出来たからな。初めてにしちゃ上出来だ」
「いざその段になったら、てっきり泣いて逃げ出すだろうと思ってたんだがな。……じゃあ、ぼちぼち鈴花コンビのユニフォームも発注するよう博士に言っとくか?」
「そうだな。本人の意思を確かめて、続けていけそうだと言うならしてやってくれ。野良鶏退治を経験した以上、いつまでも仮入部員扱いする必要もないからな」
「はいよ」
そんな会話を交わしていると、後ろから両手に絞めた鶏を引っさげた遼が怪訝そうに声をかけてきた。
「どうしたんじゃ? 二人とも。二十一羽もおるんじゃ。急がんと日暮れまでにさばききれんぞ」
一成が軽く肩をすくめる。
「やれやれ。この可愛い寝顔を起こすのは忍びないし、正直もったいねえ気もするが時間が惜しい。起こすとすっか」
「そうだな」
一成の言葉にうなずき、大介は美鈴の前に片膝をついた。
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