第35話 野良鶏退治②
美鈴のターゲットの【ビッグバード】は他の雄鶏よりも一回り大きく、ふてぶてしい顔をしていた。
昨日、下見に来た時に目撃したのもこいつだった。
昨日の荒らされた畑を脳裏に浮かべ、こいつをここで倒さないと畑を守れないと自分に言い聞かせる。
「てっ」
自分への短い号令と同時に引き絞っていたゴムを放す。
バシュッという風切り音と共に撃ちだされた銀色の線がまっすぐに【ビッグバード】の脇腹に突き刺さっていくのを瞬きもせずに見つめた。
「ギャワッ」
叫び声と共に何かに殴られたかのように弾かれ、体勢を崩しかけた【ビッグバード】だったが、脚を踏ん張って立て直そうとした。しかし次の瞬間、その脚が不自然な方向に跳ね上がり、【ビッグバード】はそのままその場所に倒れこんで激しく羽をバタつかせた。
美鈴はハッと隣を見ると、大介もスリングショットを撃ち終えていた。
美鈴の初撃が致命傷にならなかったのを見て取ってただちに二撃目を【ビッグバード】の脚に撃ち込んだのだろう。
結花は【大トサカ】を見事に初撃で倒しており、一成は【片目】を仕留めていた。
一瞬のうちに三羽のリーダー格が行動不能に陥った野良鶏たちは蜂の巣をつついたような大騒ぎになったが、最後のリーダー格の【ワイルドターキー】が短く叫ぶと一斉に神社の森に向かって駆け出していった。
スリングショットの最大の欠点は連射ができないことだ。一発撃って次弾を装填するまで十秒は最低でもかかる。美鈴たちが次弾を装填する頃には射程外だ。
しかし、美鈴が野良鶏たちを目で追っていると、突然、雌鳥たちを率いて神社の森に向けて駆けていた【ワイルドターキー】が真横からの衝撃を喰らって撥ね飛ばされた。
何が起きたか美鈴には理解できなかった。まるで目に見えない車に撥ね飛ばされたみたいだった。それは雌鳥たちも同様だったようで、その場で右往左往し始める。
そんな雌鳥の一羽が【ワイルドターキー】と同様に見えない何かに撥ね飛ばされる。
今度はちょっとだけ見えた。斜め上から銀の射線が雌鳥の胸に撃ち込まれるのを。
栗の木の上からジンバが狙撃したのだ。美鈴のそれとは桁違いの威力と正確さを目の当たりにして舌を巻く。
「す、すごい」
「さすが【射手】の師匠じゃんね」
「【射手】は腕のリーチがおれらとは較べもんになんねえからな。それでいてスリングショットのゴムも強力とくりゃあ、その威力も推して知るべしだ」
「これでリーダー格は全部倒した。俺たちは次弾装填次第近くの奴から狙い撃つぞ」
「あいよ」
敵の姿が見えないのでどこに逃げたらいいのか分からない野良鶏たちがてんでばらばらの方向に逃げ惑う。
文字通りの烏合の衆。
そんな野良鶏たちが一羽、また一羽とジンバや大介や一成の狙撃に倒されていく。美鈴と結花は動いている目標を狙い撃てる腕がないので傍観に徹した。
やがて、畑から逃げ出さなくてはいけないと気付いたらしい野良鶏たちは神社の森に向かって流れのように駆け出した。
しかしそこで、神社の森側から迂回していた清作と哲平が畑の中に駆け込んで来る。慌てて急ブレーキをかけた野良鶏たちのすぐそばから、塹壕に潜んでいた忍がいきなり飛び出してきて爆竹をばらまく。
ーーパパパパパパパァン!!
連続する炸裂音が駄目押しになって野良鶏たちのパニックはここに極まった。
ただ、現れた人間たちと音から逃げたい一心で一目散に人間がいない果樹の林の中に、トラップゾーンに駆け込んでいく。
「ギャギャッ」
目の前にぶら下がっていたワイヤーの輪に気付かずに首から突っ込んでいって捕まるもの。
「クケーッ」
落とし穴に落ちて身動きが取れなくなるもの。
「グギャッ」
スネアートラップに脚をくくられて宙ぶらりんになるもの。仕掛けられた罠に次々に引っ掛かり、確実にその数を減らしていく。
しかし、それでも運の良いものはトラップゾーンを抜け、コハル婆の家の敷地に繋がる畑の出入り口に到達した。
そこには茂みが一つあるだけで人間の姿はない。
六羽に減った野良鶏たちが我先に家の敷地に逃げ込もうとした瞬間、地面に這うようにしてしならせてあった青竹が一閃し、強烈な脚払いをかけられた六羽の野良鶏の白い体が一斉に宙に舞った。
地面に叩きつけられた野良鶏たちは例外なく脚を折られており、立ち上がることさえできずにその場でもがいている。
茂みに擬装して野良鶏の群れを待ち伏せていた遼がのっそりと立ち上がる。
「甘いのう。一見安全に見えるところに最も危険な罠を仕掛ける。戦略の基本じゃぞ」
戦略的思考をとり頭に求める方が間違っていると美鈴は思ったが口には出さなかった。
狙撃による奇襲からおよそ十分弱。
畑に侵入した野良鶏、全部で二十一羽は残らず捕獲され、この時点で野良鶏退治というサバ研が請け負ったミッションは完了した。
ここからは、後始末。
捕まえた鶏を絞めて肉にするという決して楽しくない仕事となる。
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