第34話 野良鶏退治①
そして、時刻が昼を少し回った現在、美鈴たちは緊張した面持ちでコハル婆の自宅の庭で待機していた。
今日の野良鶏退治作戦はいくつかの段階に分かれている。
まず、夜明け前に【狩人】遼、【博士】清作、【軍曹】哲平の三人がコハル婆の畑に先に向かい、順番に畑の中を巡回して野良鶏たちの畑への侵入を防ぐ。
次に、パンの耳などの撒き餌をごく少量、畑と神社の境界付近に撒いて三人は一旦畑を後にし、【忍者】忍だけが畑の中に掘られた塹壕の中に潜んで野良鶏たちを待ち受ける。
腹を減らした野良鶏たちがやって来てパンの耳をごく少量啄ばんだタイミングを見計らって忍が発光信号で合図を送り、それに合わせて遼、清作、哲平のうち一人が畑の中に戻ってくる。
野良鶏たちが逃げた後で撒き餌を回収し、最初の場所よりもコハル婆の家に近い場所、すなわち狙撃ポイントやトラップゾーンに近い場所に餌を撒きなおして畑を出て行く。
パンの耳に味をしめた野良鶏たちが再び畑に侵入し、作物など見向きもせずにパンの耳を啄ばみ始めたところで再び忍が合図を送り、誰かが畑に戻ってきて野良鶏たちは逃げ出していく。
そのことを繰り返し、空腹な上に走りまわされた野良鶏たちは警戒心よりも食欲を優先させるようになって狙撃ポイントへと誘い込まれていく。
そして、作戦の最終段階になってやっと美鈴たち狙撃班の出番となる。
「隊長、参謀! そろそろ最終フェイズであります!」
畑から駆け戻ってきた哲平からの報告に大介が不敵な笑みを浮かべて立ち上がる。
「よし、行くか! 射手、参謀、鈴花コンビ、出番だぞ」
「いよいよ今日の戦いの天王山でやんすな」
「ネコちゃんたちにとっちゃ初めての実戦ってわけだ。怖ぇだろ?」
「怖いですぅ」
「こ、こんなの武者震いじゃんね!」
強がる結花の頭に一成がぽんと手を置く。
「心配すんな。おれがちゃんとサポートしてやるからよ」
「美鈴ちゃんも俺がバックアップするから安心していい」
頼もしすぎる大介の言葉に美鈴の心臓は早鐘を打つ。
ちなみに狙撃班は、ジンバは一人で樹上に陣取り、林の中の狙撃用シェルターに大介、一成、美鈴、結花の四人が陣取ることになっているが、初陣の美鈴と結花にはそれぞれ大介と一成がサポート役として付くことになっている。
畑の中に入ると、ジンバは栗の木にするすると登っていき、たちまちその姿は生い茂る葉に隠れて目立たなくなった。
美鈴たちも林の中に設営された擬装網の簡易テントの中で片ひざをついた状態で待機する。
この場所から狙撃ポイントまでおよそ5㍍。
こちらからは向こうを覗くこともスリングショットで狙い撃つこともできるが、向こうからこっちはただの茂みにしか見えない。
狙撃班の待機が終わったのを確認して、それまで畑の中を周回していた哲平が大袋一杯分のパンの耳を狙撃ポイントにばら撒き始めた。
野良鶏たちにしてみれば垂涎の的、宝の山に見えるに違いない。
「では、自分は陽動のために持ち場につくであります。あとは宜しくであります」
狙撃用シェルターに向けて敬礼して、哲平が畑から出て行く。
彼はこのまま畑を迂回して陽動のためのポイントに向かうことになっている。
「さあいよいよだ。心の準備はいいか?」
身体と身体が密着しそうな距離でささやかれた大介の声にドキリとしつつも、美鈴はうなずいた。
左手に持ったスリングショットのハンドルが汗ばむのを感じる。
「あ、来やがったぜ。相当飢えてるらしいな。一目散にこっちに走ってきやがる」
一成の声に美鈴が顔を上げると、神社の森からこちらの畑に侵入してきた白い鶏たちが小走りにこちらに駆け寄ってくるのが見えた。
その数は七羽。
雌鳥たちは脇目も振らずにパンの耳に駆け寄ってきて啄ばみ始め、一際大きな雄鶏は時折首を伸ばして周りを警戒しつつもパンの耳を啄ばんでいく。
忍が未だ潜んだままの偵察用塹壕からチカチカと発光信号が送られてきた。
「忍者先輩、なんて?」
結花が囁くと、モールス信号を読み取った一成が小声で応じた。
「残りの群れも来るらしいぜ。開始をもう少し待てだと」
「野良鶏ってどれだけいるんです?」
「ふむ。どれだけの野良鶏が神社の森に生息しているのか正確な数は分からないし全部を狩り出す気はない。俺たちが狩る対象は、畑の作物に味をしめて畑を荒らすようになった奴らだけだ。そして、現時点で畑を荒らす野良鶏の群れは四つ。今いるのが通称【ビッグバード】率いる一番大きい群れだ。あとの群れは雄鶏一羽につき雌鳥三、四羽ってところか。だいたい二〇羽前後が今回の退治対象だ」
小声でやり取りをする間にも次々に野良鶏たちの数が増えてくる。
四羽のリーダー格【ビッグバード】【大トサカ】【ワイルドターキー】【片目】が揃ったところで大介が囁く。
「野良鶏退治開始だ。打ち合わせどおり初撃は鈴花コンビだ。俺と参謀は二人が撃ちもらしたらそいつを仕留めるし、二人がターゲットを仕留めたら別の奴を狙う」
「わ、わかりました」
「ネコちゃんは【ビッグバード】を狙え。結花ちゃんは【大トサカ】だ。どいつか分かるな?」
『……』
美鈴と結花は無言でうなずき、弾丸入れからスチール弾を一発取り出してスリングショットにセットし、狙いを定めてゴムをキリキリと引き絞った。
大介と一成もそれぞれスリングショットにスチール弾をセットし、いつでも撃てる状態で待機している。
【作者コメント】
続きはお昼12時頃。よかったら感想もいただけると嬉しいです。
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