第33話 決意
このことを思い出して、美鈴は肝心なことに気付いた。
「……あれ? なんかミネコ、野良鶏退治の意味を履き違えてるかもです」
「あ、ネコも気付いた? うん。実はうちも昨日葵ちゃんから釘を刺されるまで考え違いしてたじゃんね」
「これはミネコたちがやりたくないならやらなくていいってものじゃない……ですよね?」
「そう」
美鈴は今まで野良鶏退治をあくまで肉を得るための狩り、スリングショットを使ったシューティングゲーム感覚でしかとらえていなかった。
だから、野良鶏に自分の手で止めを刺さねばならないことや自分の手で解体しなければならないことに思い至った時、やりたくない、出来ないと思ってしまった。
でもそれは、退治した鶏の肉を無駄にしないためのいわば事後処理であり、この活動の本質ではなかった。
「野良鶏退治の一番の目的は、肉を手に入れることじゃなくて、畑を荒らす野良鶏を一羽でも多く退治――殺すことなんですよね」
「そういうことじゃんね。肉を手に入れることが目的なら、必要なだけ狩ればいい。でも、この活動の目的はあくまで害鳥を駆除することが目的だから、出来るだけ多く殺さなくちゃいけない。つまり、極端な話、これは戦争じゃんね」
野良鶏退治は狩りなんて生易しいものではなかったのだ。
野良鶏たちは生きるために畑を荒らし、農家は生計の手段である作物を守るために対策を講じる。両者にとって、これはまさに生存をかけた一種の戦争であり、サバ研はそのために農家に雇われた傭兵なのだ。
戦争である以上戦えない兵士は必要ない。ということは……。
「野良鶏退治に参加するかどうかが、サバ研に残るか辞めるかの選択肢になっちゃうですね」
美鈴がサバ研に、大介のそばに留まりたいと思うなら、野良鶏と戦う人間側の兵士になる覚悟を決めなければいけないのだ。
「そういうことじゃんね。だってこの野良鶏退治はサバ研にとってすごく大事な活動なわけだし、この野良鶏退治で得た収入で個人装備を購入するわけだし」
そう言う結花は、サバ研に留まるために野良鶏を殺す覚悟を決めたということだ。
「ミネコも、今ここで覚悟を決めなくちゃいけないんですね」
美鈴は背負っていたバックパックから、貸与されているミニハンティングを取り出し、そっと鞘から抜いた。
すっかり手に馴染んだ感触と重さ。砥ぎ上げられた刃が朝日にきらめく。
そのまさに狩りのために特化した重厚なつくりのナイフを見つめながらしばし黙考する。
畑を守るためとはいえ、野良鶏を殺すことは残酷な行為だと思う。
できることならやりたくない。でも、自分は肉を食べる。周りから肉食獣と称されるほどに肉が好きだ。
だけど、肉は誰かが動物を屠殺して処理してはじめて肉として食べることが出来る。ごく単純な真理。
自分がごく普通に食べている肉の流通過程を残酷な行為などと思うのは偽善だ。それを言うことができるのは肉を一切口にしないベジタリアンだけだ。
野良鶏退治も結局は同じこと。畑を守るというのが第一義だから殺すことに重点が置かれるが、結局はそれらの鶏も食肉として処理されるのだから。
食べる気もないのに、ただ楽しみのために生き物を痛めつけ、虐待し、殺すことは絶対に許されない残酷な行為だと思うが、サバ研が行なう野良鶏退治はそれとは意味合いが違う。
野良鶏を放置すれば農家は生計の手段を失い、生きていけなくなる。そうなりたくないなら、野良鶏は退治しなければならない。その農家の代理としての野良鶏退治であり、それを大介たちは誇るべき仕事とみなしている。
そこまで考えて、美鈴は覚悟を決めた。
美鈴は、ミニハンティングを鞘に戻し、それをバックパックに戻すのではなく、ジーンズのベルトに、腰の右側に下げている弾丸入れのすぐそばに取り付けた。
それを見て結花がふふんと満足げに笑う。
「ナイフを身に帯びたってことは使う覚悟ができたんだ?」
「うん。正直まだ恐いですけど、ミネコはベジタリアンにはなれそうもないし、大介先輩が誇りを持ってやってることだから、ミネコは先輩についていくです」
「ふふっ、ネコらしい答えじゃんね。よしっ、じゃあ行こうか、野良鶏退治に」
結花はコーヒーをぐっと飲み干すと、空き缶をコンビニのゴミ箱の中に落とした。
……結局、五人いた仮入部員たちの内、実際に野良鶏退治に参加したのは美鈴と結花の二人だけだった。
残りの三人は、鶏を絞めて処理する方法の説明を受けるなり蒼い顔をして貸し出されていたナイフを返上して帰っていった。
美鈴も、あらかじめ覚悟を決めていなかったら残れたかどうか分からない。思っていた以上に鶏の絞め方は壮絶なものだった。
まず、鶏の首を紐で絞めて気絶させる。気絶した鶏の脚を縛って木から逆さに吊るし、頚動脈を切る。そうすればまだ動いている心臓が血を押し出すので、程なく鶏は失血死する。
鶏の絞め方は他にも何種類かあるが、一応これが最も鶏を苦しませずに殺し、効率的に肉の血抜きを行なえる方法なのだという。
心臓が止まった後では血抜きはうまくできず、どうしても肉に血が残って臭くなってしまうので、とりわけ狙撃班がスリングショットで仕留めた鶏はその場ですぐに絞めなければならないそうだ。
その説明を聞いた時、美鈴は嫌な汗が流れるのを感じた。
それでも、辞めようとは思わなかった。
部室にて事前の説明を行なった大介と一成は、他の三人がナイフを返して出て行くことには少しも驚いていなかったが、美鈴と結花が自分たちは参加すると宣言した時には驚きつつも満足げな笑みを浮かべたのだった。
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