第31話 前日準備

「なんで神社に逃げ込んだ鶏は追わないんです?」


「ああ、神社の領域――神域は鳥獣保護区になっているんだ。害鳥といえど狩ることはできない。コハルさんの畑が野良鶏の被害に遭いやすいのは見ての通り野良鶏どもが巣くっている神社に境界を接しているからなんだ」


「なるほど」

 

コハル婆が被害を確認するために一番奥の畑に向かい、葵とサバ研メンバーもぞろぞろとそれに続く。


「ひどい……」

 

神社と境界を接するトウモロコシ畑の惨状に葵は思わずつぶやいた。

 

もとは綺麗に等間隔で植えられていたはずの、芽吹いたばかりのトウモロコシの苗が片っ端からほじくり返されている。

 

トウモロコシだけではない。


菜花やキャベツやブロッコリーなど、今が旬の野菜にもかなりの被害が出ているようだった。

 

これだけ植え、育てるのにどれだけ手間がかかるかは想像に難くない。

 

そのコハル婆の苦労を、そして生計の手段を台無しにする野良鶏たちに葵は改めて憤りを感じた。


「大介、ちゃんとおばあちゃんの畑を守ってあげてよ」


「ああ、分かってるさ」

 

大介の声からも静かな怒りが感じ取れる。


荒らされた畑を少しでもなんとかしようと畝の横にしゃがみこむコハル婆を横目に、大介がメンバーに次々に指示を出していく。


「射手はいつもどおり単独で狙撃場所を確保して準備してくれ」


「了解でやんす」

 

ジンバが果樹園内にある栗の木の大枝上に狙撃するための場所を設置し、一見それと分からないようにカムフラージュする。


「狩人と軍曹で狩猟罠を仕掛けていってくれ。数は多ければ多いほどいい」


「うむ。了解じゃ」


「了解であります」


遼と哲平が逃走ルート上に単純な構造の罠を幾つも仕掛け始める。


「鈴花コンビは俺と参謀と一緒に林の中に狙撃用のシェルターを設営する。まあいわば前線基地だな」


「前線基地! うはは。なんかロマンを感じる響きじゃんね」


「狙撃用シェルターってどんなのです?」


「ま、簡単に言えば擬装網で作った簡易テントだ。野良鶏どもをおびき寄せるポイントのすぐ近くに設置して、そこから奴らを奇襲して指揮系統を麻痺させる」


「指揮系統を麻痺させるってどういうことなん?」


「さっきも見たと思うが、野良鶏の群れはリーダーの雄鶏が何羽かの雌鳥たちを率いるハーレムだ。その雄鶏が群れの周囲に気を配って危険が近づいたら警告する。俺たち狙撃班の役割は、雄鶏を倒して群れを混乱させることだ。パニックにおちいった雌鳥どもは簡単にトラップゾーンに追い込めるからな」


「へえ、意外と頭脳戦なんだ」


「奴らも生きるのに必死だからな。だんだんずる賢くなるから始末に負えない」


「さあ、そろそろ設営しようぜ。立てた後でシミュレートもしなきゃいけねえし」


「そうだな」


大介と一成と鈴花コンビの四人が擬装網の簡易テントを果樹の林の中に設置し始める。


特にすることのない葵は、コハル婆の隣にしゃがみ、畝を直す手伝いを始めた。


「おばあちゃん、トウモロコシだいぶ荒らされてるけど、また植えなおすの?」


「うん、そうだねぇ。今はまだ時期が早いからもうしばらくトウモロコシは植えられるからねぇ。これだけじゃあまりにも少なすぎるしねぇ。ただ、鶏たちも賢いから、芽吹いたばかりの柔らかい苗を啄ばみにくるんだよ」


「それも今日までよ。あいつらに任せておけば大丈夫。あいつらはこういう時には本当に頼りになるんだから」


「そうだねぇ。でも、いつもの子たちはともかく、あの女の子たちには辛いんじゃないのかい? 昔はどの農家でも自分ちで飼ってる鶏をつぶしては食べてたもんだが、今の子たちはそんなことしたことないだろう?」


「ないでしょうね。でも、スーパーで売ってる肉しか知らない世代だからこそ、こういう機会は必要だと思います。鶏が自動的に肉になるんじゃなくて、それをする人がいるから食べられるってことを身をもって体験するのは大切ですよ。ゲーム感覚で参加してるならなおのこと」

 

そう言いながら葵はちらっと横目で従妹を見やる。

 

結花がこの活動から大切なことを学び取ってくれればいいけど。


「そうかいそうかい。じゃあ明日は鶏鍋の準備でもしておいてやろうかねぇ」


「喜ぶと思います。あたしは狩りには参加しないのでお料理のお手伝いをさせてもらいますね」


「嬉しいねぇ。じいさんが死んでからみんなで一緒に食事をするなんてなくなっちまったからねぇ」

 

コハル婆が目を細めて嬉しそうに何度もうなずく。


やがて、明日への準備を終えたサバ研メンバーが引き上げ始め、大介が葵に声をかけてきた。


「葵、こっちの準備は済んだからそろそろ帰るぞ」


「分かったわ」

 

葵は土で汚れた両手をはらって立ち上がった。


「さ、おばあちゃん、そろそろ戻りましょ? もうすっかり暗くなっちゃったわ」

 

コハル婆に手を貸して立ち上がらせ、一緒に家の方に向かって歩き出す葵の視界に明日への期待で無邪気にはしゃいでいる結花と美鈴の姿が入る。

 

明日が正念場だからね。頑張りなさいよ、二人とも。

 

生徒会長の顔になって、葵は心の中で二人にエールを送った。


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