第29話 怪獣ネコラとユカラ

談笑しながらレジカウンターの前に立って、メニュー表を見ながら葵が大介に何か言っている。


その表情は、いつもの厳格な生徒会長じゃなくて、好きな男と一緒にいられることが嬉しくてたまらない女の子の表情で……。

 

美鈴は知らず知らずのうちに下唇を噛んでいた。血の味が口の中に広がっていく。

 

大介が店員からソフトクリームを受け取り、それを葵に渡す。


大介に買ってもらったソフトクリームを嬉しそうに一舐めした葵が、次の瞬間、視線を感じたのかはっと顔を上げてきょろきょろと周りを見回し、イートスペースにいる美鈴に気付いて目を見開く。

 

気まずそうな表情を浮かべる葵。


「……ん? どうしたんだ葵? ……お!」


葵の反応とその視線を追った大介もイートスペースにいる美鈴に気付き、まっすぐにこっちに歩いてきた。

 

やだ。今は大介先輩に会いたくないですよ! こんなジェラシーでおかしくなっちゃいそうな状態で、どんな顔して先輩と話したらいいのかわかんないですよぅ!!


「よ、美鈴ちゃん。奇遇だな」


「……はい。先輩たちも今帰りですか?」

 

努めて感情を表に出さないように気をつけながら会話する。


「ああ。野良鶏退治のプランの承認をもらって、葵とちょっと店に寄ってたらすっかり遅くなってしまった。美鈴ちゃんは……」

 

そこではっと何かに気付いたように気まずそうな表情を浮かべる大介。


そして美鈴も、大介が何に思い至ったのか悟り、一気に血の気が引くのを感じた。


「……っち、違うんです! これは……」


「……悪かった、邪魔してしまったな。俺たちはすぐに退散するから気にしないでくれ。じゃあ、また明日部活でな」

 

爽やかに笑ってきびすを返し、葵を急かすようにして店から出て行く大介の誤解を解く暇もなかった。

 

なんで、こうなっちゃうの――!?

 

四人掛けテーブルに美鈴と高見沢が並んで座っていて、結花が席を外している今の状況では、大介に限らず誤解されてもしかたない。


「うあああああ……」

 

あまりのショックに両目から涙がぼろぼろと零れてきて、次々にテーブルの上ではじける。


「うわわっ! 美鈴ちゃん、どうしたんすか!? どっか痛いんすか!?」

 

狼狽してあたふたしている高見沢を無視してテーブルに突っ伏す。


「ううぅ~。なんで、なんでよりによって……」

 

好きな人に別の男子と二人でいるところを目撃されて、しかも気を遣われてしまった。


「み、美鈴ちゃん」


「ミネコに声を掛けないで! 高見沢君なんて嫌いですぅ~! ふええぇぇん!!」


「ええっ!? ぼくなんか悪いことしたっすか~!?」

 

完全に八つ当たりなのは分かっている。だけど、高見沢と二人きりじゃなかったら誤解されることもなかったんだと思うとやりきれなかった。


「……あれ? ネコ、どうしたん?」


「……うう。ぐすっ」

 

トイレから戻ってきたらしい結花の怪訝な声が頭上から聞こえてきたが、美鈴は顔を上げなかった。それが更なる誤解を招いたらしい。


「高見沢ぁぁぁ!! あんたネコになにやったぁぁぁ!?」


「なにもしてないっす――!!」


「なにもしてないわけないじゃん! じゃあなんでネコが泣いてんのよ!?」


「ぼくはなにもしてないっす――!!」


「じゃあこの状況をうちに分かるように説明しなさい!」


「……ぼくもいまいちよく分かってないんすけど、えっと、今しがたサバ研の茂山部長が来て、美鈴ちゃんに一言二言しゃべったらこうなったんす」


「隊長が? …………あー、ははあ、そういうことね」

 

聡い結花はこれだけで大まかな状況を把握したらしい。美鈴の頭を結花がぽんぽんと叩く。


「うはは。気ぃ遣われちゃったか」


「うわああああん!!」

 

露骨に面白がってる結花の声にますます凹む。


「えーと、結花ちゃん、美鈴ちゃんは結局なんで泣いてるんす?」


「うはは。まあ、あんたは知らなくていいことだし、心配ないから大丈夫じゃんね」


「そんなこと言われたら余計気になるっすよ」


「そっとしとけば治まる程度のことじゃんね。むしろあんたが口出すと余計ややこしくなりそうだし。あんただって八つ当たりされるのは嫌じゃん?」


「そりゃあそうっすけど」


「じゃあ、ここはうちに任せてあんたは今日は帰ってくれる? うちはネコと女の子同士の話があるじゃんね」

 

有無を言わせぬ結花の口調に、渋々高見沢が折れて席を立つ。


「…………わかったっす。じゃあまたっす」


「じゃあね」

 

店員の「ありがとうございます。またお越しくださいませ」の声と自動ドアの開閉音が続き、今まで高見沢が座っていた美鈴の隣の席に結花が座る。

 

そのまま何を話すでもなく、結花は美鈴の横でメロンパンの包装をばりばりと破ってもしゃもしゃと食べ始め、カフェオレにストローを挿してちゅーちゅーと飲み始める。


現時点では親友より食欲の方が優先事項らしい。

 

飲み食いが終わって、店内のゴミ箱に捨てに行った後で、かなりどうでもよさそうに訊いてくる。


「で、なにがあったん? ま、大体予想はついてるけど」


「……だ、大介先輩に、高見沢くんとデートしてるって思われたです」


「あーやっぱり。で?」


「……大介先輩、葵先輩と一緒だった」


「マジで? ちょ、それkwsk!!」


「ぐすっ絶対面白がってるでしょ。……一緒に買い物に行ったあとでここに寄ったんだって。大介先輩が葵先輩にソフトクリーム買ってあげてた」


「わぉ! マジモンの帰り道デートじゃん! しかも隊長にソフトクリーム奢らせるとか、葵ちゃんもなかなかやるじゃん。今の心境は?」


がばっと顔を上げて結花を睨み付ける。


「悔しいし羨ましいに決まってますよぅ!! ミネコも先輩と帰り道デートしたいし、唐揚げ奢ってもらいたいですよぅ!!」


「……そこ唐揚げなんだ。ってかさっきも言ったけど、うちはこれ以上の援護射撃はせんよ。ネコに援護射撃するなら同じように葵ちゃんにも援護射撃しなきゃ不公平じゃんね。葵ちゃんにも援護射撃していいん?」


「……それは困る」

 

結花が援護射撃したら大介と葵は簡単にくっついてしまいそうな気がする。


「じゃ、どっちも応援しない。ま、振られたら振られたでやけ食いぐらいには付き合ってあげるからさ」


「むぅ~」

 

一見突き放したような言い方だが、それが結花なりの気遣いだと分かるから唸るしかできない。結局のところ、うじうじと悩んだところで自分に出来ることは一つしかないと分かっているのだから。


すなわち、こつこつと大介からの信頼と好感を勝ち得てからストレートに告白するしかないと。その前に葵が素直になって大介に告白してくっついてしまったら諦めるしかないと。

 

美鈴は目元の涙を袖でごしごしっと拭うと、口元に不敵な笑みを浮かべて結花の方に向き直った。


「お、平常営業に戻ってきたじゃん」


「言っとくけどユカちゃん、ミネコのやけ食いに付き合うって言葉を後悔してももう遅いですよ。傷心のミネコは一人で国のエンゲル係数平均上げるつもりだから、しっかり付き合ってもらうですよ?」

 

結花が目を剥く。


「エンゲル係数平均上げるとか、マジありえないしっ!」


「目指せ! 体重メガトン級」


「あんた実は怪獣!? 円谷プロ所属?」


「その時はネコラとユカラって名乗ろうね?」


「それはいやぁぁぁ!! うちはまだ人間でいたいんだぁぁぁ!!」


「人間には諦めも肝心なのです。……さてと、ミネコに付き合わせてすっかり遅くなっちゃったね。もう大丈夫だから帰ろっか?」

 

微妙に引きつった顔の結花を促して席を立つ。


店の外の出ると、あたりはすっかり暗くなり、西の夜空には宵の明星がひときわ明るく輝いていた。


燈り始めた街灯の下を、会社帰りのスーツ姿のサラリーマンたちが疲れた表情で歩いていく。

 

涼風に混じってまだ微かに残っている桜の匂いが鼻腔を刺激する。


「あ、電車来たみたい! 急ごっ!」

 

軋んだブレーキの音を響かせながら近づいてくる電車に気付き、美鈴は結花の手を取って駅に向かって駆け出した。




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