第26話 フラグブレイカー

葵と会話を交わす大介を見ていて、美鈴は胸がきゅっと締め付けられるような気がした。

 

大介先輩、あんな表情、ミネコたちの前では絶対に見せない。

 

美鈴たちの前での大介は、どんな時にも冷静沈着でどんな事態に直面しても決して慌てず、常に理性と論理に基づいて行動している頼もしい先輩だ。だけど葵の前では、困ったような、慌てたような、きまり悪そうな、歳相応の顔を見せる。


それが、二人の間にある幼馴染という、美鈴がどんなに頑張っても望んでも手に入れることが出来ない絆によるものだと思うと、心が折れそうになる。


こんなに好きなのに、その想いは所詮一方通行でしかないとこういう時に思い知らされる。


大介は自分のことをかわいがってくれるし、いろいろと世話を焼いてくれる。でも、そこに一片も恋愛感情が混じっていないことぐらい分かる。

 

人を好きになるって辛い。


それが見込みの薄い恋だったらなおのこと。

 

ミネコは大介先輩のこと、好きにならないで、ただ尊敬する先輩として見れてたらよかったのかな。


でも、冷静に考えてそんなことは無理だと思う。


濁流に呑まれて意識を失って、病院で意識を取り戻して、なぜ自分が助かったのか知ったあの時から、どうしようもなく大介のことばかり考えるようになってしまっていたのだから。

 

美鈴は誰にも気付かれないようにそっとため息をついた。


用件の済んだ葵が部室を出て行ってから、大介が美鈴たちの方に向き直った。


「聞いての通りだ。野良鶏退治の依頼が入った。今週の土曜に決行だ」

 

美鈴の横で結花が真っ先に歓声を上げる。


「やったー! 待ってました」

 

正直、今ははしゃぐ気持ちにはなれなかったけど、結花に落ち込んでいることを悟られないように無理やりはしゃぐ。


「ユカちゃんはこれがもうずっと楽しみだったんだもんね!」


「そういうネコだって楽しみにしてんじゃん」


「だって、いうなれば地鶏でしょ? ブロイラーとは比べるのもおこがましいぐらいに旨味がぎゅうっと凝縮されてるはずだよね! 肉食女子のミネコとしてはこれを食べない選択肢はないね!」


「…………。なんか肉食の意味違うっぽいけど、ま、いいや。見てなさい! うちが師匠直伝のスリングショットで仕留めてやるんだから」

 

スリングショットを構えて撃つまねをする結花。


「わ、ミネコだって負けないよ」


「よし、じゃあ勝負する? どっちがたくさん仕留められるか」

 

メガネの奥で悪戯っぽく輝く結花の瞳。


「う、受けて立つよ! でももし、ユカちゃんが獲れなくてもミネコの鶏肉はちゃんと分けてあげるからね」


「いうじゃん。ネコが獲れなかってもうちの鶏肉を食べさせてあげるから安心しなよ」

 

なんだか売り言葉に買い言葉で訳の分からない内容になってきた会話に、呆れたように一成が釘をさす。


「お前らさぁ、取らぬ狸の皮算用って言葉、いっぺん辞書引いて調べてみな? あと、前にも隊長が言ったと思うが、そんなに甘いもんじゃねえぜ」


「まあ、なんにせよやる気のあることはいいことだ。しかし、決行が今週の土曜となると準備のための時間はほとんど取れないから、これから金曜までは集中的に特訓だな」


「それでどこまで戦力になるかははなはだ疑問だが、まあしねえよりいいだろうな。じゃあ、一年生は射手の狙撃班と狩人のトラップ班に分けるか? 両方中途半端になるより、どちらかに集中した方がいいだろ」


「そうだな。じゃあ、サバイバルキットの製作が終わった順に、射手か狩人のどっちかのところに行って狩りに備えての特訓を受けてもらおう。自分がやりたい方でいい」

 

大介が仮入部員たち全員に向けてそう言うと、結花が待ってましたとばかりに立ち上がる。


「じゃあうち、サバイバルキット完成したから、さっそくスリングショットの練習に行ってきまーす! ほらネコ、行こっ!」


「ちょ、ちょっと待ってよユカちゃん」


急かす結花と、その後を慌てて追おうとした美鈴に大介が声を掛ける。


「二人共、サバイバルキットを忘れている。常に持ってないとせっかく作った意味がないぞ」


「で、ですよね」

 

慌てて取りに戻ったそれをジャージのポケットに突っ込んで再び廊下に出る。

 


二人で階段を降りていく途中で、結花がふいに口を開く。


「……あせる気持ちはわかるけど、急がば回れっていうじゃんね」

 

一瞬、何を言われたのか理解できなかったがすぐにその意図を悟る。


「ユカちゃん、気付いてたですか」


「わからいでか。つーか、従姉と親友の板ばさみになるうちの気持ちにもなれっての」


「葵先輩と、そういう話とかするの?」


「まあ、葵ちゃんってあの通りツンデレだから素直じゃないけど、態度でバレバレじゃんね。あんたのこともかなり気にしてるみたいだし」


「なにか聞かれたの?」


「直接聞かれたわけじゃないけど、あいつ素直じゃないから遠まわしに探りを入れてくるんじゃんね。だからうちもわざと気付かない振りしてすっとぼけた答え返してるんだけど」


悪戯小僧のような人の悪い笑顔を浮かべる結花。


「ユカちゃんはミネコの味方してくれるですか!?」

 

思わず声が弾んだ美鈴に結花は首を横に振る。


「誤解しないでよ。うちはどっちの味方にもつかない。厳正中立ってやつ? うちにとってネコは大切な親友だけど、葵ちゃんも姉妹同然に育ってきた従姉だからどっちかを応援するなんて出来ないじゃんね。やっぱり勝利は努力して勝ち取るものじゃん?」


「……そうだよね」


「……と言いたいとこだけど、この勝負、どう考えてもネコが不利みたいだからちょっとだけ援護射撃したげる。うちの隊長ってさ、あまり感情を表に出さないからちょっと淡白な印象あるけど、見た目割とイケメンで逞しくて背も高くて、面倒見もよくて頼れるから実はすごくもてるんじゃんね」


「うん。大介先輩かっこいい」


「ただ、本人にその自覚がぜんぜんないっていうか、色恋沙汰に関して激ニブっっていうか、そもそも恋愛にあんまり興味ないみたいなんじゃんね」


「うん。それもなんとなく分かる」


「だから、遠まわしに好意を伝えても絶対に伝わらないし、かといってさして好感度の高くない相手がいきなり告白しても……仮に脱いでも、まったく相手にされないのが関の山じゃんね。ちなみに、相手にされなかった女子や僻んだ男子の間で密かに付けられてる二つ名は【フラグブレイカー】」


「ぷっ!」


さすがに堪えきれずに吹きだしてしまった。


そんな美鈴に結花が意味ありげに笑って付け加える。


「だからさ、かなり好感度の高い相手がストレートに告白しない限り隊長が心を動かされることなんてないと思うんじゃんね。で、この場合、葵ちゃんはかなり好感度高いはずなんだけど、葵ちゃんがストレートに告白するとか現時点じゃありえないから。ぶっちゃけ【フラグブレイカー】とツンデレじゃ相性最悪じゃん?」


「た、確かに」

 

葵が「誤解しないでよ! あ、あんたのためじゃないんだからね!」なんてツンデレ発言をしたとしても、大介が平然と「そうか」と答えている様子が容易に想像できてしまう。

 

美鈴はちょっとだけ葵に同情してしまった。


「じゃあ、ミネコがストレートに告白すればいいんだね?」


「いーや。今のネコじゃ好感度足りないからまったく相手にされないね」


「はうっ」

 

悪気はないとは分かっているが、ちょっと今のは効いた。


「だから急がば回れってことじゃん。隊長と葵ちゃんが今すぐどうこうなるなんて思えないからさ。ネコはネコでじっくりと隊長からの信頼を積み上げていけばいいじゃん。ネコが隊長からの好感度を十分上げてから告白したら、もしかしたら隊長もなびくかもしれないし。……ま、それまでに葵ちゃんがデレてストレートに告白しちゃったらそこまでかもしれないけど」


結花のアドバイスに心の底から納得する。


「そっか、分かった。ミネコ、頑張るね!」

 

そんな美鈴の頭を結花ががしっとつかむ。


「ん。諦めたらそこで試合終了じゃんね。でも葵ちゃんに悪いからこれ以上の援護射撃はしないよ」


「十分だよ。ありがとうユカちゃん」


「よしっ。じゃあこの話はここまで。ここからは気持ちを入れ替えて週末の狩りに集中するよ! あー楽しみ楽しみっ!」


「あ、待ってよユカちゃん」

 

今にも小躍りしそうな様子で靴を履き替える結花にちょっと苦笑しつつ、美鈴も急いで靴を履き替え、結花を追って射撃場に向かって走り出した。






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