第25話 依頼
生徒会室の電話は内線専用ではなく、外部との連絡にも使用できる。といっても、外部から直接生徒会室に電話がかかってくることなどそうあることではないが。
だから、電話の液晶画面に一般の市外局番の電話番号が表示された時、葵はちょっと意外な思いを禁じえなかった。
誰かしら? 間違い電話?
とりあえず受話器を取って応対する。
「はい、もしもし? こちら射和高等学校、生徒会室です」
「あー、生徒会長さんかねぇ?」
電話口から流れ出した人懐っこいおばあさんの声に、葵は誰だったかしらと首をかしげる。
「はい。生徒会長の花御堂ですが、どちらさまでしょうか?」
「コハルのおばあだよぉ」
葵の脳裏に小柄でいつもニコニコしているお婆さんの姿が浮かぶ。そういえば、前回訪問した時に生徒会室の電話番号を伝えていた。
「ああ、コハルおばあちゃん。いつもお世話になってます。お元気でしたか?」
「元気だよぉ。今日もねぇ、いつもの用事をお願いしたいと思ってねぇ。生徒会長さんに教えて貰った電話番号を朝から探しててやっと見つけたんだよぉ」
「それは……ご苦労様でした。いつものご依頼ですね? ご都合はいつがいいですか?」
「いつでもいいけど、できれば早い目がいいねぇ。あの子たちは息災かい?」
「連中はいつでも元気ですよ。では、本人たちの都合を聞いて、早目に伺えるように手配しますね?」
「生徒会長さんも来ておくれよぉ? 美味しい茶菓子も準備しておくでなぁ」
「はい、喜んで。では、また訪問の日取りが決まり次第お電話しますね?」
「うん。よろしくなぁ」
コハル婆との会話を終え、葵は立ち上がって窓から中庭を見下ろした。サバ研の連中はすでにそれぞれの活動場所に散ってしまっている。
どうしようかしら? と考える。
放送で呼び出してもいいが、息抜きも兼ねて直接部室に出向くのも悪くない。どうせ、サバ研の部室は一つ上の階だし、そこにいなければ改めて全校放送で呼び出せばいい。
それに、美鈴のことがちょっと、そう、ちょっとだけ気になるし。
よし、そうしよう。
自分の中でそう決定して、葵はさっそくサバ研の部室に向かった。
階段を上ってサバ研の部室に近づくと中からは和気藹々とした話し声が聞こえてきて、その中に大介の声が混じっていたので、葵は無駄足にならなかったと少し安堵した。
しかし、ドアに手を伸ばした瞬間、中から漏れてきた会話の内容に硬直する。
「あれ、ユカっちは結局入れたんだコンドーム」
「まあね。一応あった方が安心じゃん?」
「ミネコは持ってることにちょっと微妙に抵抗があるんだけど。……大介先輩、ミネコも入れといた方がいいです?」
「まあないよりあった方がいいかもしれないが、必ずしも必要でもないだろ。入れるかどうかはネコちゃんが決めることだ」
い、いったい何の話してるのよ!? しかも、必ずしも必要じゃないって、なんて無責任な発言してるのよ!?
「大介ぇ――――!!」
怒鳴りながらドアをばぁんっと開け放つと、部室内にいた全員があっけに取られた様子で一斉に葵に視線を向ける。
「な、なんだ葵? 俺はお前に怒られるようなことは……今回は、していないと思うが」
「このばか大介! あんたは何無責任なこと言ってるわけ!? 女の子のこと、ちょっとは考えなさい!」
「はぁ? 話がまったく読めない。何のこと言ってるんだ?」
「まったく、これだから男ってのは勝手なんだから! 男はその時が良ければいいかもしれないけど、出来ちゃったらどうするのよ!? 責任取れるわけ!?」
「えっと、葵先輩。落ち着いてください?」
「美鈴ちゃんも美鈴ちゃんよっ! こんな大事なことを人任せにしない! もっと自分を大切にしなさいっ!」
「は、はあ」
美鈴もなんで自分が怒られているのかよく分かっていないようだ。
「ちょっと葵ちゃん、いきなりえらい剣幕でなっとしたん?」
ずり落ちかけたメガネを直しながら尋ねてくる従妹もまた、葵がなぜ怒っているのかぜんぜん分かっていない様子だ。
「おい参謀、葵は何を怒ってるんだ? 俺には皆目見当がつかない」
困ったように一成に助けを求める大介の鈍さにますます怒りを募らせる葵だったが、笑いをかみ殺した一成に気勢を削がれた。
「くくくっ。いやぁ葵ちゃんよぉ、確かにこのタイミングだったら勘違いしても仕方ねえと思うぜ。くくくっ。しっかし、このタイミングで来るかぁ?」
「なに言ってるのよ? 一成」
「参謀、なんで葵は怒ってるんだ?」
「くくくっ。お前らさ、葵ちゃんが怒鳴り込んでくる直前の会話を思い出してみな?」
一成に言われるままに、しばしの間思案する大介、美鈴、結花の三人。
「……そういうことか」
「……あっ!」「あー!」
納得顔の大介と、真っ赤になる美鈴と結花。
「何がそういうことか、よ? 大介、だいたいあんたはねー」
「ちょっと待て葵、お前は盛大に勘違いしている」
「はあ?」
大介が机の上に置いてあったコンドームを一つ取る。
「さっきのは、自分用のサバイバルキットにいざという時のために水貯蔵用の容器としてこれを入れるか入れないかの話だ。……その、ひ、避妊をするしないの話じゃない!」
そう言う大介もさすがにきまりが悪いのか、微かに頬が赤くなっている。
そして、それを理解した瞬間、葵は顔から火が出そうになった。
「な、ななななんで、そんなものを水貯蔵用なんかに使うのよぉ!?」
「米軍のサバイバルマニュアルでも水の貯蔵用にコンドームを使うことが薦められてるんだ。俺が考えついたわけじゃない」
「ええいもう、紛らわしいことするんじゃない! このばか大介!」
「お、俺のせいなのか?」
「あーもううるさい! うるさーい!」
完全に照れ隠しで理論も理屈もなにもあったものじゃないが、大介もこの話をあえて続けたいとは思わなかったようで、それ以上追求はせずに話を変えてきた。
「あー分かった分かった。……で、本来の用事はなんだったんだ? 用があったから来たんだろ?」
葵はちょっとほっとしながらうなずいた。
「あ、そうだったわ。さっきコハルおばあちゃんから害鳥駆除の依頼の電話が入ったわ。それを伝えに来たのよ」
「いつだ?」
「いつでもいいって。大介たちの都合は?」
「うーん、正直仮入部員たちはもうちょっとメンタル面を鍛えたいところだが、依頼の電話が来たってことは早ければ早い方が良いんだろう。今週の土曜あたりって所か。どうだ参謀?」
「ま、それでいいんじゃね? 確かに仮入部員たちには時期尚早だとは思うけどよ、いずれは通らないといけねえ関門だしな」
「うん。じゃあ、そういう方向で」
「分かったわ。おばあちゃんにはそう伝えとくわ。あと、今回もあたしが同行するから」
「手伝ってくれるのか?」
「気が向いたらね。一応、あたしはあくまでいつものように顧問の代わりとして、あとおばあちゃんの話し相手として同行するだけだから期待はしないで」
サバ研も部活である以上顧問の先生はいるが、名前を借りているだけで実質的にほとんど活動には関与していない。
射和高校の場合、教師の数よりもクラブの数の方が多いのだから仕方ないと言える。
ただ、校内での活動ではそれで特に問題はないが、校外での活動となれば話は変わってくる。
しかもそれが今回のように多少の危険を伴うものとなればなおのことだ。
このような場合、生徒会役員か新撰組の人間の一人が目付け役として同行することになっているが、サバ研の場合は基本的に葵が同行する。
それは葵が生徒会長に就任する前からそういう風になっている。
だからこそ、サバ研が問題を起こした時に葵が謝ることや、葵がサバ研に怒鳴り込むことを誰もおかしいと思わないのだ。
葵がそう仕向けたからだが、葵がサバ研の顧問代理というのは既成事実として暗黙の了解になっているのだ。
「わかった。今日の夕方にはちゃんとしたプランを上げる。それまで生徒会室にいるか?」
「いいわ。それならあんたが来るまで待っとくから」
そうすれば今日は大介と一緒に帰れるし、という言葉は心の中でだけ付け加える。
「悪いな。用件はそれだけか?」
「それだけよ。じゃまた後でね」
大介との些細な約束にちょっと浮かれ気分になりながら、葵はサバ研の部室を後にした。
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