第24話 サバイバルキット
基礎メニューの筋トレが終わってから、美鈴たち仮入部員全員は一旦部室に集められた。
説明によると、今日はこれからサバイバルキットの製作をするらしい。
しかし、さっき装備担当の【博士】清作が買ってきた、長机の上にどーんと載っているビニール袋はどう見ても百円ショップのそれで、中身もどこか見覚えのある百均商品ばかりだった。
現在、部室内には五人の仮入部員の他、大介、一成、清作の合計八人がいる。
「よーし、全員揃ったな。では、さっきも簡単に説明したが、今日はサバイバルキットの製作をするぞ。詳しい説明は……参謀、任せた」
「あいよ。まずはサバイバルキットってなにかってことだけどな。要するにもしもって事態に巻き込まれた時に、当面の危機を回避するために必要な道具を詰め合わせたものと思えばいい。ほら、自然災害に備えての非常用持ち出し袋ってのがあんだろ? あれも一種のサバイバルキットだな。あれは救援が来るまでの三日間をサバイバルの知識のない人間が持ち堪えられるようにするためのものだ。局所的な自然災害の場合、最初の三日間さえしのげれば大抵は助かるからな」
「じゃあ、今日はそういう持ち出し袋を作るんです?」
「いや、そこまで大掛かりなもんじゃねえ。……っていうかそういうガチなサバイバル用の装備セットはすでに部の備品として準備できてるからな」
一成が指し示した壁際に積んであるいくつかの丈夫なリュックサック。それぞれにサバイバル用の装備がフルセットで収納されており、それが一つあればありとあらゆる状況下でかなりの期間生き延びられる。ただし、それらを正しく使いこなせるだけの知識が必要だが。
「今日作るのは、常に携行できるサイズの必要最低限の装備だけを詰めた物だ。サバイバルキットに必要なものは、救急用品・水の貯蔵容器・火起こしの道具・救難信号用具・食糧確保に役立つ用具・シェルター用具ってところだが、一つの用途じゃなく多目的な用途に使えるアイテムを厳選することでサイズをコンパクトにまとめられるんだ」
「とりあえず実物を見てもらおうか。そうすればどういうものか分かるだろう。参謀と博士のも出してくれ」
「あいよ」「わかった」
大介と一成がポケットからペンケースサイズの金属製のケースを取り出して机の上に置く。
清作も同じようなものを机の上に置くが、清作のそれは若干大きめで弁当箱ぐらいのサイズだった。
「え? こんな小さくていいん?」
一般的な非常用持ち出し袋に比べるとあまりにも小さい。
「ま、これだけで三日間しのげって言われたらさすがにちょっとこころもとないが、それでも出来ないことはない。これでも最低限の装備は入っているからな」
「へえ、中見てもいいです?」
「もちろん。でなきゃ意味がない」
美鈴は大介のサバイバルキットを手に取った。
ケースはアルミ製で、ストッパーが付いているので密封できる構造になっている。ぱちんとストッパーを外して蓋を開けると、蓋の内側は鏡張りになっていて、中には色々な物がぎっしりと詰まっていた。
一つ一つ取り出して机に並べていく。
絆創膏の大小各2枚、養生テープ一巻き、チューブ蜂蜜1本、綿棒2本、安全ピン2本、ソーイングセット、ブドウ糖の錠剤2錠、塩の錠剤2錠、ライター1個、ろうそく1個、片刃かみそり1本、釣具一式、金属ワイヤー1本、コンパス1個、ポケットサイズのウェットティッシュ1個、チャック付き密封袋1枚……とそこで、次の物を取り出そうとした美鈴がぴしっと固まる。
「…………」
「どうしたん、ネコ?」
美鈴の手元を覗き込んだ結花もぴしっと固まる。
「ん? どうしたんだ二人とも?」
結花がソレをつまみ上げて、何か汚らわしいものでも見るような目で大介を見る。
「先輩、なんでこんなものまでサバイバルキットに入ってるわけ?」
ソレは、俗にコンドームと呼ばれている物だった。
美鈴はショックだった。
大介も男だからこういうものを持っていてもおかしくないのかもしれないけど、でも、なにか見たくないものを見せられた気分だった。
他の仮入部員たちもちょっと引いているようだったが、大介はこともなげに答えた。
「それは水の貯蔵用だ」
「は?」
予想外の答えに結花が間抜けな顔になる。
「コンドームには水が1㍑入るんだ。しかも1個ずつ個別に包装されているし、かさ張らないからサバイバルキットに含める水の貯蔵容器としては最適なんだ。米軍のサバイバルマニュアルにも書いてあるんだぞ」
「……それマジな話なん?」
「おう、ちょっと待て。これが米陸軍サバイバルマニュアルの和訳版だが、えーと、確かこの辺に……ほら、ここだ」
大介が本棚から取り出した分厚い本をぱらぱらめくって該当のページを結花に見せ、美鈴も横から覗き込んだ。
「あ、ほんとに書いてある。うちはてっきり……」
結花が決まり悪そうに言葉を濁すが、大介は気にした風もなく続ける。
「こんなふうに本来の用途とは違ってもサバイバルに便利な道具ってのは結構あるんだ。創意工夫しながら自分だけのオリジナルのサバイバルキットを作るのも一つの醍醐味だな」
「サバイバルキットに含めるものは、ある程度の性能があれば高価なものである必要はねえ。その点、百円ショップは便利だぜ。必要なものはだいたい揃うからな」
一成の説明を聞いてやっと美鈴は合点がいった。
「あ、だから百均の袋がここにあるんですね」
「そういうこった。博士のキットは応急処置に重きが置かれているから薬局じゃないと手に入らないものも入っているが、おれや隊長のと同程度のキットだったらここにある百円商品で作れるからな。自分にはどういうものが必要かってことをよく考えながら、おれたちのも参考にしながら自分専用のサバイバルキットの製作を始めてくれ」
一成が机の上に百均の商品を広げ、大介がその中から自分のサバイバルキットの容器と同じものを取り出す。
「サバイバルキットの容器に必要な条件だが、まず防水性、丈夫さ、十分な大きさ、簡単に持ち運びできることの四つが挙げられる。で、その条件を満たすものとして、このアルミ合金製のオカズ入れが優秀だから今日はこいつを使ってもらおう」
幅10㌢×長さ15㌢×厚み4㌢ぐらいの長方形のアルミ合金容器。
ストッパーで密封できる蓋が付いていて汁物を入れてもこぼれないようになっているそれを、美鈴たちは一つずつ自分の前に置いた。
「じゃまず、蓋を取って、その蓋の裏側にこれを貼り付ける」
「え、これってケータイ用の鏡シールじゃんね?」
「ああ。これを貼っておけばその蓋は発光信号を送るのに使える。で、ここに俺が作ったモールス信号表が人数分あるから、これを容器の底に敷いておけばいざという時に活用できる」
「……ふ、蓋まで使うんだ」
「容器本体だっていざという時は煮炊き用にも皿としても使えるぞ。そのためにアルミ合金容器にしてあるんだ。これで、容器だけで収納、信号用鏡、鍋、食器の四つの役割をこなせるようになったわけだ」
「すごいです。これが多目的に使えるアイテムで無駄を省くってことなんですね」
「そういうことだ。とりあえずそれぞれ適当にアイテムを選んで作ってみるといい。俺たちはそれからアドバイスをしよう」
「よーし!」
美鈴は俄然燃えてきた。
ここですごいサバイバルキットを作って大介に褒めてもらおうと意気込んで、まずは、自分が遭遇しそうな状況を想像してみる。
やっぱり、転んで怪我することですかね? あと、ナイフで指を切るとか。
となると、やはり消毒液のミニボトルと軟膏、絆創膏は欠かせない。
傷口の血や汚れを拭くためのウェットティッシュも。
でも、絆創膏じゃ追いつかない怪我だったら、滅菌ガーゼと養生テープもいる。
それと包帯も。
もし、服とか破れちゃったら仮止めに安全ピンはいるよね。
ソーイングセットもあった方が安心かな?
あ、もしもジーパンの下に大きな傷があって、デニム地を破らなくちゃいけなかったとしたら、素手じゃ無理だからかみそりがあった方が役に立つかも。
そんなことを考えている美鈴に大介から声がかかる。
「おい、ネコちゃん」
「は、はい! なんです?」
「怪我への対処を考えてるのはよく分かるが、それ、容器に入りきるか?」
「はっ!」
気が付けば手元にはちょっとした山が出来ていた。
とてもじゃないが容器に入りきる量じゃない。
「それに、それでは内容が救急に偏りすぎているから、それ以外の状況に直面した時にはあまり役に立たない。常に持っておくのなら、一つの状況に特化したものではなく、あらゆる状況に役立つ汎用性の高いものにした方がいい」
「はい……」
しゅんとなってしまった美鈴の頭に大介がぽんと大きな手を置く。
「ちゃんとした目的に沿ってアイテムを選んだのは素人にしちゃ上出来だ。じゃあネコちゃんのサバイバルキットを、あくまで救急重視で他の状況にもある程度対処できるってコンセプトで一緒に作っていくとするか」
大介が手伝ってくれる! 美鈴はたちまち満面の笑みになってうなずいた。
「はいっ! お願いしますです!」
最終的に美鈴のサバイバルキットの中身は、大小の絆創膏各3枚、養生テープ一巻き、包帯一巻き、消毒と気付けと燃料を兼ねたエタノールのミニボトル1本、軟膏と即効性エネルギー源を兼ねるチューブ入り蜂蜜1本、ポケットサイズのウェットティッシュ1個、ソーイングセット1個、ライター1個で落ち着いたのだった。
【作者コメント】
すまぬ。オッサンJK漂流記の方で公開してしまっていた
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