第21話 宣戦布告

玄関で靴を替えて外に出る。


茜色に染まった空。校舎の長い影。部活帰りの生徒たちが何人か集まってだべっている姿もちらほら見受けられる。

 

正門に近づくと、門柱にもたれるようにして立っていた女生徒がぴょんと跳ねるようにして二人の前に飛び出してきた。栗色の柔らかそうな髪をツーサイドアップにした大きな目の可愛い女の子。小柄だったので一瞬中学生かなとも思ったが、校章の色で新入生だと分かった。


「大介せーんぱいっ」

 

誰? と葵は自分の表情がこわばるのを自覚した。


「なんだ、美鈴ちゃんか。どうしたんだ? 誰かと待ち合わせか?」


「えへへ~」

 

大介の問いに美鈴と呼ばれた少女は、はにかんだように笑いながらあいまいに誤魔化す。葵は知らず知らずのうちに手のひらをぎゅっと握り締めていた。


「大介、このとはどういう知り合いなの?」


その時になって葵の存在に気づいたらしい美鈴の笑顔が固まる。


「……あ、あれぇ? 生徒会長さんです?」


「ああ。もう知ってるだろうが、生徒会長の花御堂葵だ。俺と参謀とは小学生からの幼馴染だって話はしたっけか?」


「そう……ですか。あ、あの初めまして! 一年の峰湖美鈴です。今日、サバ研に仮入部しました」


「サバ研に?」

 

美鈴本人ではなく大介に聞き返すと、大介は嬉しそうにうなずく。


「ああ。なかなか前途有望な新人だぞ。この子ともう一人、葵の従妹の結花ちゃんも仮入部してくれたんだ」


「結花までっ!?」

 

予想外の情報に声が裏返る。でも、従妹の性格を考えるとありえないことではないと納得してしまった。


アイツ筋肉好きだし。

 

とりあえず、どういう経緯でサバ研に入るなんて行動に至ったのか、今夜にでもチャットで聞いてみようと心に決める。


葵はひどく複雑な気持ちで美鈴に向き直った。


「美鈴さんといったかしら。あなたが選んだのなら、あたしが口出しするようなことではないのだけれど、サバ研は女の子にはちょっと酷な環境じゃないかしら?」


「大丈夫ですっ! ミネコはやる気だけはありますから! 中学生の頃から絶対にサバ研に入るって決めてたんです!」

 

これが、大介の言う冷やかしではない人間なんだろう。ならきっと彼女は仮入部期間を耐え切ってサバ研に正式に加入するに違いない。

 

葵の生徒会長としての理性的な部分は、サバ研に有望な新人が入ることはいいことだと理解している。でも、一人の女としての本能的な部分が警鐘を鳴らしている。

 

だってこの娘、きっと大介のことが……。

 

鈍い大介は気づいていないだろうが、美鈴の態度には大介への好意が明らかに表れている。そんな女の子がそばにいて、大介の気持ちがこの娘に傾かない保証はない。


出来ることなら止めたい。でも、そんなこと口が裂けたって言えるわけがない。


「生徒会長として言えることは一つしかないわ。頑張ってね」

 

本心を押し隠して、笑顔で激励を送ることしかできない。例えそれが敵に塩を送る結果になると分かっていても。


美鈴が満面の笑みでうなずき、次いでちょっと首をかしげる。


「はいっ。頑張るです! ……でも、ちょっと意外です。ユカちゃんから花御堂先輩は大介先輩を目の敵にしてるって聞いてたから、てっきり仲が悪いと思ってたです。……お二人は、その、お付き合いしてるんです?」

 

葵の心臓がどきんと跳ね上がる。が、次の瞬間――


「いや。あくまでただの幼馴染の友だちだ。な、葵?」


「……」

 

一瞬も迷う素振りもなく、それはもう清々しいまでに断言する大介に、それは確かにその通りではあるのだけれど無性に腹が立って、葵は大介の足をめいっぱい体重を込めて踏みつけた。


「ぎゃっ!? な、なにをする葵!?」


「足が滑ったわ」


「いや、明らかにわざとだろう」


「うるさい、ばか大介」


「何がそんなに気に喰わないんだ? 幼馴染の友達ってところか?」


「分かってるなら聞かないでよ、ばか」


「………………友達すら否定か」

 

ややあって大介が呟いた言葉の意味を掴みかねて聞き返そうとすると、美鈴が吹き出してけらけらと笑う。


「……ぷっ! あははははっ。なんとなく分かったです」


「なにが分かったんだ?」

 

ドキンッと葵の心臓が跳ね上がる。美鈴がそんな葵を見て意味ありげに笑う。


「えへへ~。真面目でお堅いって噂の生徒会長が、本当はすごく可愛い女の子だってことです。葵先輩、これからよろしくお願いします」

 

苗字ではなく名前で葵に呼びかける美鈴。葵には分かった。これは宣戦布告だ。なら、受けて立とうじゃない。


「よろしくね、美鈴ちゃん。このばかが部長だと色々苦労するでしょうけど、お互い頑張りましょ?」

 

葵が完璧な笑顔で差し出した右手を美鈴がしっかりと握り返す。


「はいっ! 正々堂々頑張ります」

 

ただ一人空気の読めていない大介が頬をぽりっと掻きながら呟く。


「……正々堂々もなにも、うちはそういうスポ根なクラブじゃないんだけどな」




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