第22話 生徒会長の憂鬱
新入生たちもだいたい仮入部を終え、これからは現在掛け持ちしている仮入部中のクラブ・同好会の中のどれに正式に所属するか、絞り込むための見極めがメインになる。当然、勧誘する側の二、三年生たちにとってはここからが本当の戦いであり、仮入部員を引き止めるために各部が様々なクラブ挙げてのキャンペーンを展開し始めるのもこの時期である。
まともなキャンペーンの例を挙げれば、体育系はだいたいこの時期に他校との交流試合を行うし、文化系も活動成果の発表のための場を設けたりする。
まともじゃないキャンペーンも無論ある。
クラブ間の裏協定程度ならまだ可愛いほうで、過去においては、対立するクラブのネガティブキャンペーンから乱闘騒ぎに発展した例や、美形の先輩による
とりわけ、ボーダーライン上にいるクラブや同好会にそのようななりふりかまわない行動に出る者が出やすい。今年も、すでに二つのクラブが勧誘規約違反でペナルティを受けており、さらに幾つかのクラブ・同好会にも規約違反の疑惑がかかっている。
生徒会長の執務机の前には揃いのはっぴに身を包んだ男たちが整列していた。白地に浅葱色の段染めがなされ、背中に生徒会の三文字が黒字で染め抜かれている。
彼らこそが、生徒会直属の校内治安維持組織・生徒会執行部。通称"新撰組"のメンバーであった。そして、その執行部への命令権は代々生徒会長が有している。
「……以上の調査結果から、この二つのクラブによる規約違反の疑いがますます強まりました。生徒会長の権限において、執行部による立ち入り調査を実施します。これが執行命令書です。近藤君、よろしくお願いします」
「お任せください」
葵の署名がされた執行命令書を受け取った執行部長の
厳しい表情で彼らを見送った葵は、ふうっと密かにため息をついた。規約違反の取り締まりなんて正直気が滅入る仕事だ。
自業自得とはいえ、規約違反が発覚したクラブはまず間違いなく同好会に格下げになるし、同好会はだいたい解散となる。規約違反が所属クラブ・同好会を愛するが故の行き過ぎた行動であるのは分かっているので同情はする。
しかし、だからといって気づいていながら見逃すわけにはいかない。
もしこれを放置して黙認するなら、それが既成事実となって勧誘規約そのものが有名無実化してしまう。最悪の場合、生徒会の信頼そのものが失われ、学校が無法地帯と化してしまうことも考えられる。
民衆の支持を失った政府がどうなるか、過去の人間の歴史を紐解けば明らかだ。
そうなってしまえば、生徒の自主性を尊重するという学校の方針そのものが見直されることになりかねない。歴代の先輩たちがこつこつ積み上げてきた信頼によって勝ち取ってきた自由を、こんなことで失うわけにはいかない。
違反が発覚してペナルティを受けたクラブ・同好会はきっと自分と新撰組を恨むことだろう。そのことを思うと憂鬱になる。それでも、日和ったり逃げることは許されない。歴代の生徒会長と執行部は皆この茨の道を通って来たのだから。
もう一度ため息をついてから葵は立ち上がり、窓のそばまで歩いた。
北校舎の二階にある生徒会室の窓からは中庭の様子が見て取れる。今日、そこではサバ研が基礎体力作りのトレーニングを行なっていた。
なにかと問題行動の多いサバ研ではあるが、勧誘規約の違反の心配だけはしなくて済むのがせめてもの救いだった。
なにしろ、優先勧誘権がありながら勧誘祭を堂々とボイコットするような連中だ。
先日の大介の言葉が脳裏によみがえってきて、葵はくすりと思い出し笑いをこぼした。
中庭には、揃いのサバ研のユニフォームに混じって何人かの学校指定ジャージ姿の仮入部員の姿が見える。その中にはあの小生意気な美鈴と従妹の結花の姿もあった。
二人とも楽しそうな様子で体を動かしており、葵はちょっと羨ましさを感じる反面、冷静に観察して、仮入部員たちの中で最後まで残るのはこの二人だけだろうななどと思ったりもした。
他の仮入部員たちは明らかにやっつけな様子で基礎トレーニングを行っている。この日課である基礎トレーニング程度を渋々こなしているようでは、あの悪名高いサバ研の入部試験を耐えられるわけがない。
生徒会役員は中立の立場を保つためにクラブ活動には参加しない。葵は一年生の時から生徒会に籍を置いているのでクラブ活動の経験はほとんどない。
もし、生徒会じゃなかったら、あたしも大介たちと一緒にサバ研にいたのかしら。
一瞬頭によぎりかけた考えを軽く頭を振って追い払う。今更そんなことを考えても仕方がない。
あたしにはあたしにしか出来ないことがある。大介と一成がサバ研を立ち上げた時に決めたんだ。あたしは生徒会長になって何かと叩かれやすいあいつらの盾になるって。
実際なってみると、生徒会長というのは結構不自由な立場で、サバ研にさほど便宜を図れるわけではなかったけど、サバ研が何か不祥事を起こした時に代わりに頭を下げることは出来る。
その後で自分がサバ研に直接文句を言いに行くことで、生徒会長が問題行動を叱責し、サバ研が謝罪するという図式が成り立ち、サバ研に向かうはずの非難を回避することが出来ている。
……ま、あのばかがあたしの行動の真意に気づいてるなんて欠片も期待してないけどね。
伊達に何年も幼馴染をしているわけではないから大介の鈍さは百も承知しているし、別に感謝して欲しくてやっているわけじゃないから葵の真意に大介が気づかなくても別にかまわない。
軽く肩をすくめてから、葵は執務机に向き直った。山積みになった生徒会長の決裁待ちの書類。まだまだ仕事はたくさんある。
「さて、もうひと頑張りしよっと」
椅子に腰掛け、机の引き出しから大介からもらったジャーキーを一枚取り出して口に咥え、書類に目を通し始める。
葵はふと、あの小生意気な美鈴のことを思い出した。
去年の夏、発足したばかりのサバ研にとってのターニングポイントになった事件。大介と一成が遭遇した水難事故で二人が助けた少女が美鈴だったという話は結花から聞いた。二人から命を助けられた美鈴がサバ研に入る為だけに射和高校を受験したという話も。
そんな経緯があったなら、美鈴が大介に憧れるのは仕方ないと思う。でも、どうせなら一成のことを好きになってくれてたら素直に応援できたのにとも思う。
大介のことを別にすれば、葵は美鈴に対してさして悪い印象は持っていない。
むしろ、いくら大介が好きだからって女の身で、しかも体格に恵まれていないにもかかわらずあのサバ研に飛び込んだ度胸とやる気と純粋さはすごいと思う。それに、彼女と結花がサバ研に残ってくれたら大介たち現在の二年生メンバーが引退してもサバ研を潰さずに済む。
大介はサバ研が潰れても気にしないかもしれないが、葵としては出来る限り存続させたいし、サバ研に引導を渡すなんて損な役回りは正直したくなかった。
だから、葵はある意味美鈴に期待している。
「ま、だからって大介は渡さないけどね」
ジャーキーを口に咥えたままそう独り言ち、葵は再び書類に目を落とした。
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