第20話 本心

生徒会長は忙しい。


それが学校挙げての一大イベント【勧誘祭】の初日ともなればなおのことだ。

 

山岳部へのてこ入れも含め、昇格降格のボーダーライン上にあるクラブ・同好会の代表との面談をしたり、新規同好会の立ち上げ申請書をチェックしたり、校内における警察的役割を担う生徒会執行部と今後の課題を協議したり、さまざまな書類仕事を片付けたりしているうちにすっかり日は傾いている。


「あ~もう、やること多すぎ」

 

ようやく書類仕事がひと段落ついた葵は、大きく伸びをしてから軽くストレッチをして体をほぐした。

 

生徒会の他の役員たちはすでに下校し、生徒会室には葵だけが残っている。生徒会室のドアがノックされたのはそんな時だった。


「どうぞ。開いているわ」

 

ドアを開けて入ってきたのは大介だった。頬にはまだ葵によるビンタの痕が生々しく残っている。


「おう、葵。忙しいのに悪いな」

 

昼の出来事などまったく気にした様子もないいつもどおりの大介に、葵はちょっとホッとした反面、多少の物足りなさも感じる。


「なんだ大介だったの。なにか用? ……ってか、そういえばあんたたち、優先勧誘権あったくせに今日の勧誘祭に来てなかったわよね?」


「ああ、忘れてた」


「わ、忘れてたって……」

 

学校三大行事の一つを忘れてたと言い切る大介に葵は絶句する。しかし、大介はにっと笑って肩を竦めてみせた。


「……まぁ忘れてたというより、気に留めてなかったと言う方が正確だな。そもそも俺たちは他のクラブみたいに部員獲得のためにがっつく必要がないから最初から勧誘祭に積極的に参加するつもりはなかったし、当然、優先勧誘権を行使する気もなかったからな。それに、うちの場合、ただの冷やかし程度ならまず耐えられないだろうしな」


「ま、そうかもね。仮入部の子が入ってもいつもの・・・・試練で振るいにかけるんでしょ?」


「もちろん。あの洗礼を乗り越えないかぎり正式な入部を認めないのはうちのルールだからな」


「有望な新人が入るといいわね。で、何の用だったの?」

 

改めて葵が尋ねると、大介は手に持っていた新聞紙の包みを生徒会長の執務机の上に置いた。


「出来上がったばかりだ。今回もいい出来だぞ」

 

それが何かと聞く必要はなかった。その包みそのものから香ばしい煙の匂いが立ち上っているのだから。

 

思わずごくりと喉を鳴らし、緩みそうになる顔を引き締めてなんとか平静さを装う。


「あら? 贈賄のつもり?」


「お前は賄賂で動くようなチョロい奴じゃないだろ。まぁそうだな、いつも迷惑をかけている生徒会長への感謝と詫びってところだ」


「そ。じゃまあ、ありがたくいただいておくわ。で、結局、用件はジャーキーの購買への卸しの許可と販売告知の依頼ということでいいの?」


「ああ、明日の昼休みに販売してもらいたい。明日の朝一で放送を頼む」


「わかったわ。……はい、これ生徒会長の承認。商品と一緒にこれを購買の顧問に提出して」

 

会話しながらサインした書類を大介に渡す。


「悪いな。ところで葵、お前も今日は終わりか?」


「急ぎの用件は大体済んだかしら。やるべきことはたくさんあるけど、正直きりがないし」


「ん。じゃあ今日はひさしぶりに一緒に帰るか?」


「うんっ!」

 

思わず即答してしまってから、慌てて言い繕う。


「……あ、その別に、深い意味とかないんだからねっ! たまには腐れ縁の幼馴染と帰るのも悪くないってだけで、どうせ方向も一緒だしっ!」


「そうだな」

 

あまりにもあっさりした大介の反応に葵はちょっとムッとした。


自分が素直じゃないのは自覚しているが、それでも、こうもあっさり言葉通りに受け止められるとそれはそれで腹が立つ。

 

ちょっとぐらい、あたしの言葉の裏にある本当の気持ちを察してくれてもいいのにと思う。そして、ちょっとぐらいあたしの女としての自尊心を満足させてくれるような行動をしてくれたら、そうすればあたしだってもうちょっと素直になれるのに。

 

これまで、山岳部長の武井を始めとして両手の指でも数え切れないぐらいの男たちが葵に告白してきた。


でも、たった一人の葵の好きな男は告白どころか、いつも飄々としていて、葵に特別な感情を抱いている様子など微塵も覗かせない。


そんな大介の態度が葵には不満で、不安にもさせる。


大介が自分のことをどう思っているのか分からないから、彼に対する自分の想いを前面に出すことが怖い。だから葵は意地っ張りの仮面をはずすことが出来ない。


「難しい顔してどうした? 悩み事でもあるのか?」

 

ムスッと黙り込んでしまった葵の顔を大介が心配そうに覗きこんでくる。


日焼けした浅黒い肌、多少のあどけなさの残る精悍な整った顔立ち、すべてを見透かすような澄んだ瞳が間近に迫り、葵は自分の顔が上気するのを感じた。


「な、なんでもないわ! てゆうか顔が近いっ!」

 

狼狽する葵から何事もなかったように離れる大介。


「……ま、なんでもないってんならいいけどな。でも、悩み事があるなら相談ぐらいにならいつでも乗るから遠慮するなよ」

 

誰のせいであたしがこんなに悩んでると思ってんのよ! このフラグブレイカー!

 

心の中で悪態をつきつつも、大介が自分のことを心配してくれていることは素直に嬉しい。葵は口を尖らせて、大介に聞こえないぐらいの小声でつぶやいた。


「……ばか大介」


「ん? なんか言ったか?」


「なんでもないわ」


そう言いながら生徒会長席から立ち上がり、大介と並んで歩き出す。

 

「……あ、そういえば今日、山岳部の武井先輩がそっちに行かなかった?」


「おう、来襲したぞ。いつもどおりかわしたけどな。あの【大猪】はまあ、相変わらずだな。あの猪突猛進ぶりはいずれ痛い目に遭うぞ」


「大介を将来、自分の探検隊の副隊長にするつもりらしいわよ?」

 

大介がものすごく厭な顔をする。いつも穏やかで感情をあまり表に出さない大介がこういう顔をするのはあまりない。


本当に厭なのだ。


「死んでもごめんだ。そもそも俺は、自分の命を粗末にする探検家って職業が嫌いだ。武井先輩も苦手だし」

 

大介の気持ちはよく分かるから葵は思わずくすっと笑いをこぼした。


「でも、その割にはサバ研って結構山岳部と合同で活動してない?」


「ああ。山岳部の前部長との約束があるからな」


「約束?」


「今でこそサバ研は実績も知名度もあるが、立ち上げたばかりの頃は備品を購入する金も無かったし、研究成果の実用性を証明する機会もほとんどなかった。そんな時に協力してくれたのが前の山岳部長だったんだ。インターハイの山岳競技で俺たちが開発したサバイバルキットを実際に使って意見を聞かせてくれたり、登山用の道具類を必要に応じて貸し出してくれたり、買い換える時に古いものを譲ってくれたりもした。だから、山岳部から正式に応援を求められたら協力するという約束をしたんだ。……といっても合併吸収に甘んじるほど強制力のある約束じゃないけどな」


「卒業した先輩との約束を守り続けるなんてあいかわらず律儀なことね」


「まあ、サバ研にとってもいい実地訓練の場になるから、まったくメリットがないわけじゃないしな。持ちつ持たれつってわけだ」


「ふぅん」

 

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