第17話 既視感
しばらく射撃練習をしているうちに日が傾き、下校時間が迫ってくる。
サバ研は下校時間前に一旦それぞれの活動場所から部室に集合し、その日の活動内容の報告及び翌日の活動内容を決めてから解散することを常としているとのことで、美鈴と結花も、部室に戻る先輩たち三人のあとに付いて北校舎の階段を上っていた。
美鈴は右手が痺れて上げられない。
隣の結花はと見れば、彼女も同じように右腕をだらりと力なく下げていた。
「あう~、右手の指の感覚がないです。右手全体がじんじん痺れてます」
情けない声で訴えると、振り返った一成が呆れたような表情を浮かべた。
「まったく、二人ともはしゃぎすぎだぜ。そんな状態になる前にやめろよな」
「だって、だんだん的に当たるようになったから面白かったんじゃんね」
「まあ、その気持ちは分かるけどよ」
口を尖らせる結花に対して一成が軽く肩をすくめてみせる。
「二人とも、今日はゆっくり風呂につかって肩から手首まで揉み解しておいた方がいいぞ。慣れない筋肉を急に酷使したから相当筋肉痛がくるはずだ」
大介の忠告に美鈴は素直にうなずいた。
「りょーかいなのです」
スリングショットや弾を入れてあるボストンバックを肩に担ぎ、ずっとにこにこと柔和な笑みを浮かべているジンバに結花が尋ねる。
「師匠、うちら見込みありそう?」
ジンバは笑みを崩すことなくうなずく。
「二人とも筋は悪くねえでやすよ。最後の方はほとんどダンボールには当てれるようになってやしたからね」
「ターゲットマークには当てれんかったけどね」
ちょっと悔しそうな結花の頭にジンバがぽんと大きな手のひらを置く。
「あせらずゆっくりやればいいんでやすよ。向上心のある人間の努力が報われねえなんてことはおてんとさんが許すはずがねえでやす」
「大介先輩、ミネコ、明日もスリングショットの練習してもいいです?」
美鈴が大介を見上げて尋ねると、大介は口元に優しい笑みが浮かべてうなずいた。
「いいとも。サバ研の普段の活動は、最初に全員参加の基礎メニューをこなしたあとは当番以外は自由だからな。仮入部員の君たちには当番はないからスリングショットの練習をするのもありだ」
それを聞いて美鈴は俄然やる気になった。
「よーし、早く上達して鶏肉でバーベキューです!」
「はは。まあ、ほどほどに頑張れよ」
「明日はあっしと隊長の兄ぃがスモーカーの当番でやすから、お嬢さん方が練習をするつもりなら、部室に寄ってこのボストンバックを持っていくのを忘れねえようにしてくだせえよ」
「うちらだけでやってもええの?」
「んー、さすがに二人だけで練習させるわけにはいかないな。参謀、一緒に行って監督してやってくれるか?」
「あいよ」
そんな会話をしているうちに階段を上りきり、サバ研の部室の前に到着した。
さっき大介はドアに施錠してから窓から逃げ出したはずだったが、今は鍵が開いていてドアも少し隙間が開いていた。
「……っ!」
妙な既視感を感じて美鈴が顔を上げて見れば、案の定ドアの隙間に黒板消しが挟まっていた。
大介が手を伸ばして黒板消しを外してからドアを開ける。
足元にはやはり目立たない細い糸が張ってある。
さっき大介が仕掛けていたのとまったく同じ二段構えのブービートラップ。
いったい誰が? と美鈴が考えると同時に、足元のトラップを解除しながら大介がため息混じりに正解を口に出す。
「忍者だな。こういう真似をするのは」
「あらん。ばれちゃいましたぁ? まったく用心深いんだからぁ。疑り深い男は嫌われるわよぅ」
部室の中から長い茶髪の少女が出てきて、可愛らしいしぐさで頬を膨らませてみせる。
「え? 誰なん?」
「……」
結花の問いには答えずに、大介はいきなりその髪をむんずと掴んで力任せに引っ張った。
「ひっ!?」
少女の頭がごっそり外れて美鈴は悲鳴を上げたが、よく見ればそれはかつらだった。
大介はかつらを投げ捨て、カーゴパンツのポケットから取り出したタオルハンカチで少女? の顔をガシガシと乱暴にこする。
無理やり剥がされた化粧の下から現れたのは……。
「顔がひりひりするのだが?」
「くだらないことをするからだ。気色悪い」
「やれやれ、我としては隊長が自分の仕掛けたのと同じトラップに引っかかる姿を見てみたかったのだがな」
『…………』
目の前で起きたことに頭の処理速度が追いつかずに美鈴はフリーズした。
「くくっすげぇだろ。忍者はこの無駄に高い変装技術を駆使してあっちこっちに潜り込んで情報を収集してくるってわけだ」
ニヤニヤ笑いの一成の説明でようやく解凍した美鈴は呆然としながら首を振った。
「ふわぁ、すごいです。忍者先輩すごく可愛かったです」
「こいつのことだ。情報収集とか称して女子更衣室に紛れ込んでるかもしれねぇから気をつけろよ」
「ちょ、マジで信じそうになるからやめてよ、そういう冗談」
厭な顔をする結花と平然と応じる忍。
「まったくだ。女子更衣室に忍び込むのは簡単だが、我にも一応常識はあるからそこまではしないし、情報収集のためだったらそんなことする必要もない。出来るからといってそれを本当に実行に移すのとでは天と地ほど違いがある」
一拍おいて、一成と結花が同時にツッコむ。
「「……出来るんかいっ!?」」
「だから、しないと言っておるではないか」
「ところで忍者、博士はもう戻ってきているか?」
話を強引に軌道修正した感がある大介の問いに忍がうなずく。
「うむ。すでに中にいる。仮入部員のことも我が伝えておいた。おそらく湿布薬が必要になるであろうということも含めて」
「あいかわらず手回しがいいな。おかげで手間が省けた。……美鈴ちゃん、結花ちゃん、最後のメンバーを紹介するから中に入ってくれ」
そう言いながら中に入っていく大介の後を追って部室に入った美鈴は顔が引きつるのを感じた。
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