第14話 サバ研の狩りについて

武道館は体育館に隣接しており、そこでは柔道部と剣道部と女子薙刀部と弓道部が主に活動している。またサバ研も弓道部の練習場の一部を射撃場として使わせてもらっている。

 

当面の大猪の危機は去ったが、せっかくだからと美鈴は、結花と一緒に大介と一成に連れられて射撃場に向かっていた。


「部活案内のパンフに射撃場って書いてあるのを見たときは、てっきり先輩たちの冗談やって思ってたのに」

 

釈然としない様子の結花。美鈴もまさか本当に射撃場があるとは思っていなかった。


「……参謀先輩、ナイフは使ってもいいって分かったですけど、さすがに銃は駄目ですよねー?」


「あたりまえだ。高校生が銃を持てるようになったらこの日本もいよいよ終わりだぜ」


「じゃあ、射撃って何を撃つんです? エアガンです?」


「いーや。スリングショットだ」


「すりんぐしょっと?」

 

一成の口から飛び出した聞きなれない単語に美鈴は首をひねった。


大介が説明を補足してくれた。


「ゴムで小石を飛ばすパチンコって道具は知ってるか? スリングショットはそれの狩猟用だ。空気銃や弓は“特定猟具”として規制の対象になってるから一般人は使えないがスリングショットには規制はないからな」

 

結花はすぐにピンときたようだ。


「パチンコってアレ? Y字形の木の枝にゴムをつけた玩具の?」


「ああ、そうだ。ちゃちなイメージがあるだろうが、狩猟用スリングショットは小動物なら一撃で仕留められるぐらい強力なんだぞ」


「うっそぉ?」


「マジだぜ。ちなみに自称自然保護団体のシーシェパードが日本の捕鯨船に対して、酸の入ったガラス瓶を強力なスリングショットで発射して攻撃してる動画が前にYouTubeにアップされてたな。今も見れるかは知らねぇが、中にゃあそれぐらい強力なやつもあるってことさ」


「でも、そのスリングショットを使って何をするんです?」

 

なによりも気になった疑問をぶつけると、大介がこともなげに答えた。


「もちろん、狩猟だ」


「えー!? 本当に狩りをするんです?」


「ああ。だいたい月に一回ぐらい出かけているぞ。君たちも仮入部期間に確実に一回は参加することになる」


「でも、いったい何を狩るんです?」


「鶏だ」


「ニワトリ? でも、それって狩りっていうんです?」

 

鶏なんかわざわざ狩る対象とも思えず美鈴が首をかしげると、一成がにやっと笑って言った。


「ネコちゃん、鶏舎で飼われているようなニワトリを想像してんだろ? そんな生易しい連中じゃねえぜ。敵は農家泣かせの害鳥、野良鶏のらけいだ。養鶏場で飼われていた白色レグホン共が逃げ出して野生化したものだが、足は速いわ、凶暴だわ、空も飛ぶわ、畑の作物を荒らしまくるわで、この近辺の農家に散々迷惑をかけてんだ」


「その野良鶏退治の依頼を俺たちサバ研が引き受けている。仕留めた鶏の数に応じて農家が賞金をくれるし、鶏肉は自分たちでバーベキューにしてもいいし、燻製にして売ればまあそれなりの収入にもなる。生肉を料理部が買い上げてくれることもある。なかなかできない狩猟の実地訓練にもなるから、サバ研にとってもメリットが大きい」

 

バーベキューという単語に美鈴の咽喉がごくりと鳴る。


「依頼する農家にとっても、安い手間賃で定期的に害鳥を駆除してくれる上にその死骸も片付けてくれるからおれたちサバ研はありがたい存在だしな。ま、持ちつ持たれつってやつさ」

 

しばらく黙って話を聞いていた結花がそこで不意に割り込んできた。


「素朴な疑問なんだけど、サバ研って活動実績上位クラブだから、部費って結構貰ってるんじゃんね? その上、燻製なんかも売ってて、農家から賞金も貰って、その稼いだお金ってどうしてるん?」

 

一成が楽しそうに笑う。


「くっくっくっ、いやー、結花ちゃんは聞きにくいことを結構遠慮なく聞いてくるな。でもおれはそういうところ嫌いじゃねぇぜ」


「……それはどうも」


「ちなみに部費はクラブの備品の購入、燻製と鶏肉の売上金は個人装備の購入にあててるぜ。詳しく知りたかったら、あとで部室にある帳簿を見てもいい」


「もうちょっと説明を加えると、俺たちが着ているユニフォーム、このカーゴパンツとシャツ、およびナイフは個人装備ということで燻製と鶏肉の売上金で賄っている。仮入部期間は学校のジャージ着用だが、正式に入部したら自分用ユニフォームとナイフが支給される」


「普通、クラブのユニフォームっつったら部員の自己負担が当たり前だけどよ、おれたちサバ研は結構潤ってるからこういうことも出来るわけだ。あとは、仕留めた鶏の賞金だが、これは仕留めた奴の取り分になる」

 

結花の目がキラリと光るのが美鈴にも分かった。


「え、マジ!? うちが鶏を仕留めたら、その賞金はうちが貰えるん?」


「おー。つっても一羽につき300円だけどな」


「ってことは10羽で3000円!」

 

目が¥マークになっている結花に大介が釘を刺す。


「……まあそうだが、そんなに甘いもんじゃないぞ。俺たちでも一人で10羽仕留めるなんてまずないしな。狩は拘束時間が長いから時給換算したら本当に微々たるもんだぞ」

 

美鈴は、結花の身体が昔のアニメの効果のように炎をまとっているような錯覚を感じた。


もし効果音をつけるならゴゴゴゴゴ……ってところだろう。


「うっふふふふ。燃えてきたぁぁぁ! 先輩、うちにスリングショットの使い方教えて! 今すぐ!」


「……おいおい、すげぇやる気だな。普通、女の子は狩猟なんて野蛮だと敬遠するもんじゃねえか?」


若干呆れ気味の一成にメガネをくいっと押し上げながら結花が熱弁を振るう。


「だって! こんなリアルモンハン体験なんてそうそうできるもんじゃないじゃん! しかも、賞金まで貰えるなんてやる気が出ない方がおかしいじゃん!」


「……ユカちゃんはそうゆうの好きですよね」


「あー、そういやぁ、さっき忍者が結花ちゃんの好きなゲームはモンハンとか言ってたっけか」


「そういえば言ってたな。なんにせよやる気があるのはいいことだ。とりあえずスリングショットを実際に体験してもらうとするか。すべてはそれからだ」


「そうゆうこったな」

 





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