第13話 忍者

「……とまあ、こういうわけだから、もし大猪がこっちに襲撃をかけてきたらなんとかうまくやり過ごしてくれ」

 

状況を説明した大介に哲平がびしっと敬礼する。


「了解であります!」


「隊長殿、イノシシ用のトラップを仕掛けてもよいかの?」

 

再び偽装服を着こんで緑色の塊となった遼が金属ワイヤーを手に期待を込めて尋ねてくるが、大介は首を横に振った。


「やめとけ。また無関係な人間を巻き込んだらまずい。それにおまえなら気配を隠してやり過ごすぐらい簡単だろう」


「それはそうなんじゃが」


「俺たちの目的は奴を捕獲することじゃない。……むしろ捕まえたらそっちのほうが厄介だ」


「ま、そうじゃの。じゃあわしはそろそろ隠れることにする」


「うん、そうしてくれ。俺たちは射手にもこの情報を伝えに行くから、ここは軍曹と狩人の二人に任せる。博士と忍者がもし戻ってきたらこのことを伝えておいてくれ」


「……その必要はない」

 

ふいに背後からかけられた声に大介が振り向くと、これといって特徴のない影の薄い少年が校舎に背中を預けて立っていた。


「【忍者】か。いつからそこにいたんだ?」


「今来たところだが、だいたい事情は把握している」


「そうか。この二人は仮入部員なんだが」


「ああ。調理科1年の花御堂結花。生徒会長の従妹でうちの得意先のイタリアンレストラン【カーサヴィアンカ】の一人娘。趣味は料理と少年漫画、特にスポ根系と異能バトル系が好きだな。好きなゲームはモンハン。外見に似合わずサバサバとした性格で人気があり、男女問わず友人は多い。親友の峰湖美鈴とは中学からの付き合い。熱い男の友情は大好きだが腐女子ではないのでBL嗜好はない。……まあこんなところか」


「なっ!? なんでそんなことまで!?」


「普通科特別進学コース1年の峰湖美鈴。頭の回転が速く、抜群の記憶力で中学時代の成績は常に学校トップクラスだった秀才。県内有名進学校を志望していたが、隊長と参謀に助けられたあと進路変更して射和高校に入学。当人は実年齢より幼く見られることがコンプレックスで、周りから愛玩動物のように扱われることに不満がある。ちなみに肉食」


「あれぇ~? なんでミネコの中学時代の成績まで知ってるんです?」

 

戸惑いを隠せない様子の結花と美鈴に、大介は苦笑しつつ忍者を紹介した。


「こいつが【忍者】こと藤林ふじばやし しのぶだ。このとおり、情報収集能力がとんでもなく高いから、何か知りたいことがあったらこいつに聞けばたいてい教えてくれるぞ」


「藤林だ。よろしく」


「まったく相変わらず恐ろしい奴だな。そんな個人情報、どっから仕入れてくんだよ?」

 

呆れたように尋ねる一成に忍はこともなげに答える。


「情報網は広げ方にコツがあるのだ。それはともかく、武井は山岳部に戻っていったから危機は去ったと見ていいぞ」


「そうなのか? 今回はずいぶんと諦めがいいじゃないか」

 

忍の情報が正確なのは分かっているが、それでも意外な思いで聞き返すと、忍が詳しい情報を補足した。


「武井が我々の部室の前で陣取っていた時にもう一人入部希望者が来た。武井はそいつを山岳部に勧誘して連れて行った。ちなみに、生徒会長が出した山岳部存続の条件は、勧誘祭期間中にもう一人部員を確保することだったから、とりあえず武井がサバ研の合併吸収を急ぐ理由がなくなった」


「……そうか。だが、俺たちの代わりにそのサバ研の入部希望者が犠牲になったっていうのは釈然としないな」


「ちなみに高見沢という奴だが、本人が納得して武井についていったから特に問題はない。それに、奴はかなりの粗忽者で相当なお調子者だ。我は奴がサバ研に来なくてよかったと思っている。ついでに、昼休みに窓を開けっぱなしにしてあの騒ぎの元凶となったのもどうやら奴らしい」

 

それを聞いて、大介は頬のもみじ痣に思わず指を伸ばしていた。


正直な話、さっきの葵のビンタはかなり効いた。大介はそれでもほんの一瞬だけ迷い、結局日和ることにした。


「…………そうか。じゃあ、ま、とにかくこれで一件落着ということにしておくか」


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