第11話 軍曹と狩人
いくつものドラム缶スモーカーが並んだ北校舎の裏庭。
あたり一面に煙の匂いが立ちこめ、スモーカーは今も白煙を吐き出し続けている。
スモーカーのそばで、空手かなにかだろうか? 突きや蹴りといった武道の型練習をしていた角刈り頭で鋭い目つきの精悍な男子生徒がこちらに気づき、直立不動の体勢になってびしっと敬礼する。
大介たちと同じ濃緑色のカーゴパンツと黒のシャツ。
胸元で揺れるドッグタグがやけに似合っている。
「隊長、参謀! こちらは異常無しでありまぁす!」
なんか、軍人さんみたいだと美鈴が思っていると、大介が美鈴たちの方に向き直った。
「紹介しよう。
「あのカエル型宇宙人です?」
軍曹という単語からケロ○軍曹を連想した美鈴の発言に大介が苦笑気味にうなずく。
「そういうことだ。だがしゃべり方だけじゃなく、今見ての通り空手とあと柔道でも黒帯、剣道有段者の武闘派だ。去年、駅前のコンビニにナイフ強盗が立て篭もるって事件があったんだが知ってるか?」
急に問われて記憶の糸を手繰る。
「……そういえば、そんなことがあったですね。確か、連続殺人で指名手配されてた犯人が客を人質にしたんですよね。あ、でも、人質の中に武道の心得のある人がいて犯人を逆に返り討ちにして捕まえちゃったんですよね?」
「そのとおり。よく覚えていたな。で、そのナイフを持った殺人犯を素手で返り討ちにして捕まえたのが、ここにいる軍曹ってわけだ」
理解できるまで一瞬の間があった。
「すごいのです!! 軍曹先輩って強いですね!!」
「いや、自分なんかまだまだ修行不足であります」
淡々と謙虚に首を横に振る哲平。
そんな哲平に大介が今度は美鈴たちを指し示す。
「それで軍曹、この二人は仮入部員だ。こっちのメガネの娘が花御堂結花ちゃん、葵の従妹だそうだ。で、こっちのちっちゃい娘が峰湖美鈴ちゃんだ」
ぬな――――っ!? と、大介の聞き捨てならない紹介に美鈴は思わず目を剥いた。
「ち、ちっちゃいはひどいです!! ミネコだって気にしてるですよ!!」
ショックを受けた美鈴に、哲平は気にした様子もなく敬礼する。
「改めまして、自分は山口哲平であります。どうぞ、お見知りおきを」
「み、峰湖美鈴なのです。お世話になるですっ!」
「あ、こちらこそよろしくお願いします。うちは花御堂結花ですっ!」
哲平に釣られて思わず美鈴と結花も敬礼してしまった。
「で、軍曹、他の連中はいねーのか? 部室に来てねえからここにいると思ってたんだが」
一成に問われて哲平があたりをきょろきょろ見回す。
「えーと、【狩人】はたぶんそのへんにいるはずでありますが……。【博士】は畑の薬草の様子を見に、【忍者】は気になることがあるとかでどっかへ行ったであります。あと、【射手】はいつもどおり射撃場であります」
「まったく、相変わらずマイペースな連中だぜ。おーい、狩人。いんのかぁ?」
「…………ここじゃ」
「ひゃっ!? お化け!?」
「うわっなんなんこれ!?」
裏の竹林からのっそり出てきた緑色の物体に美鈴は悲鳴を上げて大介の後ろに隠れた。結花は興味津々な様子でメガネをくいっと押し上げる。
「おいおい、素人相手に
「……じゃがのう参謀殿、わしはこの格好が一番落ち着くんじゃ」
大量の小枝や草で偽装している狩人はぱっと見では人間には見えない。まんま等身大の蓑虫だ。目の部分だけがくり抜かれ、そこからくりくりっとした双眸が覗いている。
「その姿じゃ自己紹介もないだろう。とりあえず偽装を脱いでくれ」
大介の発言に、等身大蓑虫の目がいたずらっぽく輝く。
「隊長殿、脱げとはまた大胆じゃのう」
「…………そのままロープですまきにして川に投げ込んでやろうか?」
押し殺した大介の声には冗談では済まされない凄みがあり、その過剰ともいえる反応に美鈴はびくっとなった。
「すまぬ、冗談じゃ! だからそんな怖い顔をするでない」
狩人があわてて平謝りに謝りながら、わたわたとお手製の偽装服を脱ぐ。
中から出てきたのは、くりくりっとしたどんぐり眼が印象的な中肉中背の少年だった。
一成がにやにやしながら美鈴と結花に囁く。
「大介はよ、普段は温厚すぎるぐらい温厚なんだが、BLネタでからかわれるとあの通りけっこうマジで怒るから気をつけろよ」
「なにかあったんです?」
「同人部が運営してる腐女子向けの学校裏サイトっつーか半ば公認なサイトがあるんだが、そこのBL小説の人気シリーズに『まーくんとだいちゃん』っつぅのがあってな。早い話がワンダーフォーゲル部のガチムチまーくんとアウトドア同好会の細マッチョだいちゃんによる男同士の度を過ぎた友情の話だが、このキャラ設定が誰かさんと被るわけだ」
「……参謀ぅぅぅぅ?」
大介が目がまったく笑っていない笑顔でゆっくりと振り向き、一成が慌てて話題を変える。
「あー、そういうわけで、こいつが【狩人】こと
「参謀殿、その紹介はどうかと思うんじゃが?」
「付け加えるなら、たくさんの人間の中にいるのは苦手じゃっつってすぐにコソコソと隠れちまう人間関係引きこもりな暗い奴だ。部室にも素の姿では滅多に現れねぇからこうして中身が見れるのは結構レアだぜ」
「レアって……。ゲームの隠れキャラみたいじゃんね」
「いーや、せいぜいバグってとこだろうぜ」
「参謀殿、わし、何気にすごくひどいことを言われている気がするんじゃが?」
遼が悲しそうなまなざしで一成を見る。
「ミネコ、さっき参謀先輩にもうちょっと言葉をオブラートで包めって言われた気が……」
「はっはっは。そんなことも言ったっけか?」
すっとぼける一成に大介がひとつため息をついた。
「それはともかく、ここに来た用件だがな……」
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