第17話

こうして、あけぼの市の危機は去った。

一晩あけて、避難命令が解除され、市民が帰り始めている。


さて、これから市長であるウエダは、日本政府や市民への納得のいく説明と、マスコミの追及吊し上げに立ち向かわなければならないのだが、

今のウエダなら大丈夫だろうと、この事件に関わった多くの関係者が信じていた。


少なくとも、もう外圧に屈して守るべき市民を見捨てたりはしない。

彼も、この戦いで一皮剥けたのだ。




………そんな中、ここはあけぼの市立病院。

その、入院患者の為の病室。


瑛進輝エイシン・アキラは静かに、病室のベッドで上体を起こし、窓から見える夏の景色を楽しんでいた。


医師曰く、各部の骨が折れていたが、回復はするとの事。

猟師の仕事も、問題なく続けられるらしい。


医師も「あんな事をしておきながら、一体何故無事でいられるのか」と頭を抱えていたが、

アキラも「俺が聞きたいよ」と返すしかなかった。



「………失礼します」

「どうぞ、鍵は空いてるよ」



そんなアキラの病室に、ノックと共に入ってきたのは………。



「………派手にやられたようだね」

「ええ、まあ………」



昨日頬に咲いた真っ赤な紅葉が、一晩明けても取れないアズマであった。


アズマを呼んだのは、他でもないアキラだ。


彼のベッドの前に座るアズマの姿は、まるで一緒にあのバケモノロックキングと戦ったとは思えない程、小さく、幼く、そしてか弱い。


………だからこそ、アキラには言わなければならない事が二つある。



「まずは第一に、俺を助けてくれた事には感謝する、こうして生きているのは君のお陰だ」



まずは、自分を助けてくれた事に対して。


アズマは、アキラを救う為にあの巨大なロックキングに立ち向かった。

いくら強化されたニクスバーンV2に乗っていたとはいえ、その時は5mのニクスバーンに対して、ロックキングは10倍の50m。


そんな相手に臆する事なく、誰かを助けたいという善意で挑みかかるなど、並大抵の人間に出来る事ではない。



「そして第二に………まあ、昨日君がスカーレット女史に言われた事と、内容は大体同じかな」

「………はい」



そして、無茶をした事への叱責である。



「確かに、私を助けてくれたのは事実だ、けれども君が自分の命を軽視したのもまた事実………無茶をした俺が言うのも何だが、それは誉められる事じゃない、勇気と無謀は違うんだ」



そう、特効自爆がかっこいいなんて言うのは、90年代のOVAの中だけの価値観だ。

死は、ただ死だ。

そこに尊いも醜いもない。


命をかけて誰かを助けたとして、それで自分が死んでしまっては意味がない。

ましてや、未来のある中学生のアズマだ。

それが命を散らす事など、あってはならぬ。


大人として、そして猟師という職業上いくつか「前例」を知っているアキラだからこそ、これは言わなければならない。



「それに………君が傷付いて、悲しむ人がいる事も忘れないで欲しい、そのビンタの跡が、何よりの証拠だ」



今まで暴力を受けた事は何度もある。

それらとスカーレットのそれが違うのは、本当の意味でアズマの事を想っての行動という事。

アズマを死なせたくないという、心の底からの愛の証だ。



「それと………俺はね、今回の一件でテイカーと猟師は近いと考えた、その上で聞いてくれ」

「………はい」

「………一流になるんだ、一流の狩人ハンターというのは、必ず生きて帰るものだ」

「………はい!」



それは、狩人の先輩としてのエールであり、激励でもある。

50年戦い続けた男の言葉は、重く、それでいて暖かかった。






………………






「魔法適応人類?」

『はい、都市伝説とかで「マギウス」って言われてます』



あけぼの市立病院の前で、スカーレットはDフォン越しにジローと話をしていた。

内容は、あの時アズマとニクスバーンに起きた、奇跡としか言えない現象について。


言う間でもなく、モンスターの放つ炎を吸収してパワーアップするなど、魔法の広まった現代においても「ありえない」事だ。


なら、あの時起きたのは一体何なのか。

何が原因になっているのか。



『元より才能があった事を考えると、僕にはそうとしか思えないんです………まあ、憶測でしか無いんですけどね』



そこで出てきたのが、都市伝説で語られる「マギウス」なる存在についてだ。


それは、魔法技術が世間に広まると同時に語られるようになった存在で、一言で説明すると「魔法により適応した新人類」。

今のように装備に頼らずとも、よりスムーズに、より制度の高い魔法を操るという。


聞いてみると、アズマに当てはまる点が出てくる。


現に、スカーレットと初めて出会った時………見よう見まねで魔法を使っていた時も、杖も無しに難易度の高い回復魔法を使っていた。

それに今回の件も合わせて、アズマはマギウスの可能性が高い。


………まあ、都市伝説で語られる程度の物なので、信憑性は不安定だが。



『いずれにせよ、アズマ君の事をよく見ておいてください、こちらも色々調べてみますので』

「ありがとう、助かるわ」



それを最後に、スカーレットとジローの通信は終わる。

通信が切られると同時に、病院からアズマが出てきた。



「話は終わった?」

「ええ」

「そっか、じゃあこれ」



スカーレットは、ジローから預かったある物をアズマに渡す。

それは、古いタイプのDフォンであるが、所々に原型にはないパーツが取り付けられた改造品。

色も赤く塗られており、側面には「バーンブレス」と英語で書かれている。



「あの巨大ロボットが、この中にいるんですね………」

「まあ要領食うから、それ以外何も入れられないけどね」



あの時、50mの巨大ロボットへと変貌したニクスバーン。

流石に、あれをゴールド重工に置いておく訳にもいかず、ニクスバーンはスカーレット達はみだしテイカーズが、半ば押し付けられるような形で預かる事になった。


この「バーンブレス」は、その為にキンノスケが作った物。

大きすぎるニクスバーンはスカーレット達のDフォンには入りきらないので、キンノスケが他のDフォンを改造して作った、専用の格納アイテム。


この中にデータ化されたニクスバーンが入っており、アズマの任意で呼び出す事が出来るのだ。

また、内部のニクスバーンの情報は、インターネットを通じて常時ゴールド重工に送られる。

V3に変貌したニクスバーンについて、詳しく調べる為だ。

今後、何か変異が起きた際の対策を考える為でもある。



「………じゃあ、行こっか」

「はい!」



アズマはバーンブレスを、Dフォンとは逆の腕に巻く。

そして病院に駐車してあったタンデムバイク・バルチャー号にスカーレットと共に乗ると、町の外を目指して走る。


たしかに、あけぼの市を救ったのは彼等はみだしテイカーズだ。

しかし、巨大ロボットニクスバーンを操るといった摩訶不思議現象を起こした故に、事態を嗅ぎ付けてきたマスコミから逃げなければならず、あまり長居はできない。


その辺は、キンノスケ達大人が上手い事誤魔化してくれるとも言っていた。

なんとも、ありがたい話である。



「………ねぇ、アズマ君」

「はい、スカーレットさん」



あけぼの市が遠く離れてゆく中、バルチャー号のハンドルを握るスカーレットは、いつになく真面目な面持ちだ。



「約束して欲しいの………もう、あんな無茶はしないで」

「………はい」



頬はまだ僅かにヒリヒリするが、アズマはそこに確かな「愛」を感じていた。

そして誓う。

二度と、自分の命を粗末には………スカーレットを悲しませるような真似はしないと。


2人乗りで密着する、アズマとスカーレット。

それはまるで、二度と離れないようにと寄り添い合うようにも見えた。


2030年の、夏の出来事である。

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