第15話

「………う、そ………」



スカーレットは、まるで傀儡の糸が切れたかのように、その場に崩れ落ちた。

眼前では、ロックキングが口から吐き出した炎により、燃えて融解してゆく山の景色。


………そして、その炎の中心には、アズマがいる………。



「あ………あああ………!!」



それが意味する事は、スカーレットにとっては受け入れがたい事。


わなわなと震え、スカーレットは、通信機能を起動した手元のDフォンに向かい狂ったように叫ぶ。



「アズマくん!!応答なさい!!答えなさいアズマ!!秋山東アキヤマ・アズマぁ!!!」



どれだけ叫ぼうと、ザーザーというノイズ以外何も帰ってこない。

それが何を意味するかは、スカーレットにだって解る。



「私達の冒険はまだ始まったばかりなのよ?!これから色んな所を回って!沢山の思い出を作って!はみだしテイカーズの輝かしい伝説を作るんでしょ?!こんな幕引きなんて絶対に認めないわ!!」



だが、彼女の心はそれを理解するのを拒んだ。


アズマは生きている。

まあまあボロボロになって「死ぬかと思いました~」と泣きべそかきながら帰ってくるのだ。

そしたら、二度とこんな事をしないように叱ってやるのだ。



「私は嫌………嫌よ………はみだしテイカーズのエンディングが、こんな最悪のバッドエンドなんて………」



しかし、そんな彼女の願いを嘲笑うように、ロックキングの吐き出す炎は山を焼き、地を溶かす。

燃える炎は、ここまで近づいてきている。



「ひ、火が!」

「おい!逃げろ!」



逃げ出す猟師達。

けれどもスカーレットは、その場から動けずにいた。

アズマを失ったというショックは、それだけ大きかったのだ。

それこそ、ここで自分も後を追おうとまで、考える程に。



「解ってるなら………答えなさいよ………答えなさいよぉ………!!」



炎が迫ってくる。

スカーレットの装備でも耐えられないような、ドラゴンの炎が。



「この………バカ弟子ぃッッ!!!」



慟哭が。

それまで、炎の魔女とさえ呼ばれた女の慟哭が、燃える炎の中に響く。


だが、変わらない。

どうにもならない。

業火の中に消えた若い命は、もう帰ってこないのだ。


小麦色の頬を濡らす涙が、滴り落ちる前に炎の熱で蒸発する。

残念、はみだしテイカーズの冒険は、ここで終わってしまった………






………………






………はず、だった。






………………






「………えっ?」



失意の中、スカーレットは異変に気付いた。

炎の「動き」がおかしいのだ。

最初は僅かな違和感であったが、すぐにそれは視覚的に明らかになった。



「お、おい見ろ!」

「炎が動いてる………?!」



猟師達も気付いた。


燃え盛る炎が、燃え広がっていた方向とは逆の方へと向かってゆく。

空を舞う火の粉も、一点を目指して集まってゆく。

溶けた溶岩も、熱を失い冷え固まる。


炎が、熱が、ある一点に向かい集まっているのだ。

その、一点とは。



ギシャ………?



怒りに任せ、炎を吐き続けたロックキングもようやく気がついた。


自身を中心に燃え広がった炎。

それが、自分の吐きかけている先に………跡形もなくなった筈のニクスバーンアズマの所へと集まってきている。


そして、自分の吐いている炎も。



ガルルッ!



自分の炎が利用されていると知ったロックキングはすぐに火炎放射を止め、口を閉じる。

だが、彼の判断は遅すぎた。


何故なら、炎は。

ロックキングが火炎放射をしなくとも、辺り一面にあったのだから。



「………炎が………集まってゆく………」



山火事の炎も、溶けた山肌の炎も、この場にある全ての炎が、その一点に向けて集まってくる。

山を焼き、その被害をあけぼの町にも及ぼそうとした破壊の炎が大本とは思えぬほど、それは幻想的に見える。

まるで、空を駆け抜けてゆく流星群のようにも、闇に舞うホタルの群れのように見えた。



………やがて、集中した炎は巨大な塊となり、徐々にその姿を形作っていく。


大地に立つ、太く強靭な足。

空を切り裂く、長く逞しい腕。

海の果てを見渡す、大きな頭。



「………巨人?」



そう、それはまさしく、炎の巨人。

集中した炎は、ロックキングとも並び立つ、50mの巨大な人型になろうとしていた。

そして。



「違う………あれはッ!!」



市役所の最上階から一部始終を見ていたキンノスケが、確信し叫ぶと同時に、人型の形を取った炎の「まゆ」が四散。

その、真の姿が明らかになる。



燃える炎の中から生まれた為か、その装甲は燃えるように赤く、頑丈。


袖のようになった腕と、袴のように膨らんだ足と、まるで古代日本の武者サムライのような印象を与える。


背中には、畳まれているものの一対の翼のような機関が見え、それを繋ぐように、鳥類の頭を思わせるようなパーツが見える。


赤いヘルメットに白いマスクの頭部には、ライトグリーンのデュアル・アイと、具足の兜を思わせる一対の角と、目に見てわかるヒロイックなデザイン。



岩石の巨龍・ロックキングの前に立ちはだかった、巨大な人型。


その姿はまさに、正義の戦士。

怪獣から町を守るために現れた、かつて存在したテレビアニメやゲームの中から飛び出してきたような、スーパーロボット。


それは、紛れもなく。



「………ニクスバーンだぁぁ!!!!」



興奮し、叫ぶキンノスケ。

作ったから、いわば親でもあるから解るのだ。

姿形こそ大きく変わってしまったが、あの巨大ロボットは紛れもなくニクスバーン。


原理こそ不明だが、ロックキングが放った炎を逆に吸収し、新たな姿へとパワーアップしたのだ。


まさしくそれは、キンノスケが若き日より夢想していた、スーパーロボットそのものの姿。

リモコン操作の鉄人や、空にそびえるくろがねの城と並ぶ、人々の自由と幸福の為に戦う正義のスーパーロボット。


それまでのパターンに従い名付けるなら、「ニクスバーンV3」といった所か。



「ニクスバーン………あれが………?」



興奮気味なキンノスケの歓喜は、他の猟師のDフォンを通じてスカーレットの所にも聞こえていた。


あの巨大なロボットは、ニクスバーン。

だとしたら。

あの、中には。



「………ッッ!!」



悲しみと絶望の海に、僅かな希望が灯った。


あれがニクスバーンなら、その中には。



「アズマくん?!応答なさい!アズマくん!!」



もう一度、スカーレットはDフォンを握りしめ、波長をニクスバーンに合わせ、呼び掛ける。

そこに、アズマがいると。

アズマが生きていると、信じて。






………………






はっきり言って、アズマは死んだかと思った。

確かに、脳は死んだと認識したのだろう。


視界一杯に広がる炎と、照りつけるような熱を認識した途端、アズマの意識は途切れた。

ああ、自分は死ぬんだなという悟りと共に。



『………くん………アズマくん………』



が、Dフォンから響くスカーレットの声が、アズマの意識を引き戻す。


そこでアズマは、自分がまだ死んでいない事を理解する。

身体に感じる痛みもない。



「………えっ?!」



自分が五体満足で生きているのもそうだが、周囲の激変っぷりにアズマは驚いた。



いかにも2000年代に作られたような、機械の集合体染みたコックピット。

それが、全体的に流線的なデザインへと代わり、各部にゲーミングチェアのように発光するラインのある、サイバーな雰囲気を醸し出している。



レバー型の操縦桿は、同じくうっすらと光る、球体型の物に変わっていた。

我々の世界に例えると、ファンタジー系のロボットアニメでよく見るアレだ。


サイコ・コントローラーのゴーグルは、無くなっていた。

その代わり操縦席から、アズマの頭を左右から囲むように発光パーツが配置されている。

サイコ・コントローラーと繋がった感覚は、まだある。

おそらく、これに変化したのだろう。



外部を映すモニターも、以前は小型のテレビぐらいだった物が、なんと360度の全天モニターになっている。


けれども各部に機械部品が見えており、某ロボットアニメの二作目と言うよりは、初代と二作目の間のOVAに出てきたようなアレに近い。


………が、ニクスバーンは目に見えてわかるスーパー系であり、ここは「アーク」と言うべきだろうか。



「………っと」



眼前には、呆然と立ち尽くしているロックキング。

コックピット越しの風景は相手の顔と並んでおり、今ニクスバーンは50mほど巨大化しているという事が、なんとなく解る。



『アズマ君!応答して!アズマ君!!』



そんな事を考えていて、アズマはDフォンから自分を呼び掛けるスカーレットの声に、ようやく気付いた。



「す、スカーレットさん!?」

『アズマ君!!無事なのね?!生きてるのね?!』

「は、はい!生きてます!五体満足です!」

『そう………よかった、よかったぁぁ………』



通信の向こうで、スカーレットが声を挙げて泣いている。

その様に、自分の愚行で心配をかけてしまったと、アズマの心が痛む。


だが、バカな自分に反省を促すのは、今は後だ。

まずは眼前のロックキングを片付け、今回の騒動を完全に終わらせなければならない。



「さあ………リベンジだ!!」



サイコ・コントローラー越しに感じるマシンの躍動が、アズマに確信を抱かせる。

今のニクスバーンは、ロックキングと十分に渡り合える、と。

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