第14話

アキラからすれば、その結果も計算内だった。


目を潰されたロックキングが、ジープを振り回す事も解っていた。

そもそも、自分が生きて帰る事は計算には入れてないのだ。


だが、計算外の事は起こりうるもので。



「………なんで生きてんだ」



アキラは、全身を打ち付けられるような痛みの中で、目を覚ました。


幸運は三つ。


一つは、ジープが引っ張られた瞬間車外へ放り出された為に、高高度まで飛ばされずに済んだ事。


一つは、落下した先は林になっており、木々や草がクッション代わりになってくれた事。


一つは、年老いたとはいえ鍛えられたアキラの身体は頑丈であり、この程度の高さからの落下では命までは奪えなかった事。



「………いづっ」



とはいえ、五体満足という訳にもいかなかった。

骨折したらしく、左足を動かすと激痛が走る。

歩く事はおろか、立ち上がる事も難しい。



ギシャアアッ!!



そして、それを見逃す相手ではない。

ズシンズシンと地響きを響かせて、ロックキングが迫ってくる。

その顔は憎悪に歪んだように見える。

当然だろう、相手は自分の目を潰した相手なのだから。



「はっ………いいぞ、もっと怒れ、こっちに来い………!」



眼前に死が迫ってきているというのに、アキラは冷静だった。

死ぬのが怖くないと言うよりは、もう生きる事に未練が無いと言った方が正しいだろう。


走馬灯のように、アキラはこれまでの事を思い出す。


長年連れ添った妻は、去年眠るように息を引き取った。

「貴方と居られて幸せだった」が、妻の最後の言葉だった。


そんな妻との間に産まれた一人娘も、立派に育ち、今では孫を連れて時々会いに来てくれる。


猟友会を守る為に全力を尽くし、ほぼ「棚ぼた」だったとはいえ銃の所有許可も取り戻した。

後を任せるに相応しい後進も育てた。


もう未練はない。

やるべき事は十分にやった。



「町を守って死ぬのも………中々にかっこいいだろう?」



眼前に迫るロックキングに、アキラはそう語りかける。

それを理解したかどうかは解らないが、ロックキングはアキラを踏み潰すべく、歩行速度を挙げる。



「………今、そっちに行くぞ」



妻が迎えてくれると信じて、アキラはゆっくりと目を閉じた。

その、次の瞬間。



『させるかぁぁぁ!!!』



少年の叫びと共に、ガキンッ!という金属音が響いた。

驚いたアキラが目を開けると、そこには横から飛んできた「それ」の一撃を受け、よろよろとふらつくロックキングの姿。


そして、ロックキングに一撃を食らわせた………。



「キンの所のロボット!乗っているのは………あのテイカーの坊やか!」



エクスカリバーを振り回す、ニクスバーン。

乗っているのがアズマである事は、アキラも知っている。

何をしようとしているのかも、想像がつく。



「やめろ!子供がこんな事に付き合うんじゃない!ジジイが助かっても仕方ないだろ!!」



叫ぶアキラだが、肉声ではニクスバーンの中にいるアズマには届かない。

いや、届いていたとしても、アズマがやる事は変わらなかっただろう。



「このォォォ!!」


ギシャアアアアアッ!!



必死にロックキングの頭にしがみつき、エクスカリバーを何度も叩きつけるニクスバーン。

そんなニクスバーンを振り落とそうと、ブンブンと頭を振り回すロックキング。



『何やってるのアズマくん!!』



そんな時、ニクスバーンの通信越しに響く、スカーレットの悲痛な怒号。



『今からでも間に合うわ!早く逃げて!』

「できませんよそんな事!目の前で人が死のうとしてるんですよ?!」

『あなたがそんな事までする必要はないわ!!私達はヒーローじゃないでしょ!!』



そこから離れて逃げろ。

そう呼び掛けるスカーレットではあるが、ニクスバーンは離れようとせず、一向にロックキングの頭をエクスカリバーで殴り続ける。



「それでも僕は………目の前で死にそうな人を見捨てる事はできない!!」



それが、彼の本心から来る善意だったのか。

はたまた、力を得て気が大きくなった事による増長だったのか。

あるいは、その両方なのか。


それは解らなかったが、流石にここまでの無茶を幸運で助けられる程の余裕は、神様にも無かったようで。



………ばきゃあっ



エクスカリバーが、折れた。

折れる程叩きつけても、ロックキングの体表を破るには至らなかった。



「うわっ?!」

ギシャアアッ!!



その隙を付かれ、バランスを崩したニクスバーンは、ロックキングの手中に捕まってしまう。


50mの体躯を持つロックキングにとって、5mしかないニクスバーンはまさに、手の中の玩具である。

そしてロックキングは、それこそ乳幼児が玩具を投げ捨てるかのように、ニクスバーンを付近の山肌向けて叩きつけた!



どがしゃあああっ!!


「うわあああ!!」



土煙が舞い上がり、オークの骨格で作られた四肢のフレームがひしゃげ、装甲は破れ、砕ける。



「あぐっ………ううっ………」



コックピット周りも相当なダメージを受けたのだろう。

モニターにはノイズが走り、千切れた配線からは火花が散っている。



『逃………ア………マ………』



ザザザ、というノイズ混じりに聞こえるスカーレットの声。

ぼやける視界の中目を開いたアズマが見たのは、こちらを見下ろし、睨み付けるロックキングの姿。



グルルル………ッ!



その口が、唸り声と共にゆっくりと開く。

ロックキングの喉の奥には、まるで溶岩のような光がぼんやりと灯っていた。

それは次第に、肥大化するように大きく、明るくなってゆく。


目に見えてわかる。

ロックキングは、ニクスバーンを完全に破壊する為のエネルギーを溜めているのだ。


レバーを動かしてみるも、操作もイカれてしまった為か、ニクスバーンに反応はない。

コックピットも、ひしゃげて開かない。


そうしている間にも、ロックキングはエネルギーを充填させてゆく。

万事休すだ。



「………落とし前は命かぁ………」



光が広がる直前、アズマは皮肉るように呟いた。

そして悟った。


誰かを助けたいという善意のつもりだったが、それは身の程を知らない自分バカの愚行に過ぎなかったと。

今から殺されるのは、そんな自分バカへの落とし前なのだと。



………ボウォオオオッッ!!



ロックキングの口が大きく開かれ、充填された魔力が炎となって吐き出される。

ドラゴンの全てが持つ、口から放つ攻撃魔法の中でも最もポピュラーな「火炎放射ファイヤーブレス」だ。


ただ、他のモンスターと比較して違うのは、その威力と攻撃範囲。

ニクスバーンに着弾すると同時に、その周囲100mを焼き付くした。


ただ、焼くだけではない。

高温によって地面が溶け、溶岩のようになって流れ出る。

炎が届いていない場所にあった木々も、熱波によって引火。

山火事が発生している。


これが、ドラゴンが最強のモンスターとして恐れられる所以。

地上のありとあらゆる物を焼き付くす、まさに地獄の業火。


………そのターゲットにされ、それをまともに食らってしまったニクスバーンが、そのコックピットにいたアズマがどうなったか。

確認せずとも、想像せずとも、眼前に広がる灼熱地獄を見れば誰もが理解できた。

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