第12話
なんとなく、斬りつけた時の表皮の質感で、スカーレットはそれがオークロードなのだと察した。
ロードといっても、通常より強い上位互換。
群れのボスがそうである場合が多いが、ボスでなくともオークロードはいるし、オーク全体で見ても特に珍しいモンスターという訳ではない。
少なくとも、スカーレットからすれば少し強いモンスターだ。
ブゴ………ブゴォ
そしてそれも、最早風前の灯。
たしかにこのオークロードは、群れでも一目置かれる程の強者であった。
が、それを知る者は最早おらず、目の前の
他者より強いと、少しだけ威張っていたこのオークロードであったが、ここでようやく思い知った。
上には上がいる、と。
自分は、井の中の蛙に過ぎなかった、と。
「楽しかったわよ………仔豚さん!」
ジャララ、と蛇腹状に伸びた刃が唸る。
それは地を這う蛇がごとく、満身創痍のオークロードに向かい迫る。
野生の本能から、命の危機を感じ取ったオークロードであったが、何もかもが遅すぎた。
退却しようと後ろを向いたが、そこには既に回り込んだ刃の姿。
オークロードは、既にこの刃の篭の中に捕らわれていた。
「食らいなさい………ヴァイパーホールドッッ!!」
瞬間、蛇腹の包囲網はオークロードを締め上げるように締まり、瞬間オークロードはバラバラに弾けた。
断末魔も挙げる間も無く、一瞬で。
………ヴァイパーホールド。
ヴァイパーダンスを使っていた際に思いつき、産み出した派生技。
蛇腹状に伸びたイフリートの刃で相手を締め上げる。
やられた相手は当然バラバラに吹き飛ぶし、そうでなくても身体を這う刃によって全身を傷だらけにされる。
いわゆる「魅せ技」であり、動画配信の際に派手な演出としてやる事が多く、今回の………あけぼの市防衛作戦のような所で使う事はまずない。
が、今のスカーレットは、久々に多くのモンスターを屠り、気分が高揚していた。
故に、最後は派手にシメようと、格好をつけてみたのだ。
「ひゃあ………」
「こええ………」
が、端から見ればサイコにも程がある光景。
鼻の下を伸ばしていた猟師達も、これにはドン引き………
「でもおっぱいでけぇよなぁ」
「ああ、ケツもでけぇよなぁ」
「ああ、眼福かな、眼福かな………」
………訂正、世の中には救いようのない
………………
スカーレットがオークロードを倒したのを最期に、オークの進撃はピタリと止んだ。
倒されたオークの数は、30体ほど。
そして奇跡的に、防衛部隊側は怪我人は出たが、死人は一人も出なかった。
かつて人類は、エミューとの戦争に敗北した。
だが、二回目となる対異種を相手にした戦争には勝利したのだ。
それもこれも、この戦いに協力した猟友会や、ゴールド重工。
そしてスカーレットとアズマの、はみだしテイカーズのお陰だ。
………もっとも、正式な軍隊が戦った訳ではないので、戦争として後世に語り継がれる事はないだろうが。
とはいえ、ダンジョンの周囲を埋め尽くすおびただしい数のオークの死体は、ビジュアル的にはとても「俺達の勝利だ!」と喜べるような様ではない。
この絵面を、自然保護団体やマスコミに見つかっては大変だ。
猟師達は、あからじめ配られていた中古品のDフォンを使い、オークの死体を魔力に変換して片付けてゆく。
「これで貯まった魔力って、市役所で換金して貰えるんだろ?」
「ああ、一日で出来るのに上限はあるみたいだけどな」
貯まった魔力は、報酬として猟師やゴールド重工の社員達に与えられる事となった。
換金で得られる値段を考えると過剰な報酬だと思えてしまうが、それだけの事を彼等はやってのけたのだ。
そうでなくとも、崇金主義め!と説教が飛んできそうだが、説教好きに見つからないようにやってしまえば問題はない。
………それに、あまり多く換金すると、税金でほとんどが持っていかれていしまう。
その辺は、海外から来たスカーレットも事前に知っていて、機会がある毎に少しずつ換金するようにしているのだ。
「いっそ副業でテイカー始めようかな?」
「そりゃいい!スカーレットさんみたいなでけーおっぱいのねーちゃんとお近づきになれるかもだしな!」
「はははは!」
猟師達が、そんな男ばかりの集団特有の下品な会話を繰り広げる中、ただ一人神妙な面持ちの男が一人。
猟友会会長・
彼等のリーダーとしてしっかりしなければならない事や、そもそんな下品な話題があまり好きではない事を考えれば、この態度も頷ける。
けれども、彼の面持ちはそうした緊張感だけでなく、どこか不安さを抱えているようにも見えた。
「………どうかしました?」
「ん、ああ………」
一人の勘のいい若い猟師が、そんなアキラを心配し、声をかけた。
「………ほんの、気のせいだと思うんだがな」
一人で不安をかかえる事を辛く感じたのか、アキラはその若い猟師に、自身の中にひっかかる「気がかり」について、話す事にした。
少なくとも、この頃はまだ「嫌な予感」としか思っていなかったから。
「何か、不安要素でも?」
「ああ………昨日の晩、ゴールド重工の若い衆から聞いたんだが………」
………それは、作戦開始の前日。
人数分のマジックガンの納品の為に、アキラがゴールド重工を訪れていた時の事。
ふとアキラに、ゴールド重工にいた一人の男が話しかけてきた。
何度か顔は見たが特に面識もなく、話すのも今回が初めてのアキラは、マジックガンについて何かあるのではと思った。
が、実際は、アキラが猟師………つまり、ある程度生物について詳しい人間であるが故の理由であった。
ジローは生き物にそこまで詳しくない為、専門家の意見を問いたいとの事だった。
それは、今回の事件の事の発端について。
今回のオークの大襲来の原因は、三日前にあけぼの市に現れた三体のオークによる物。
そのオークを追って、群れのオークがダンジョンから大挙して押し寄せた。
では、三体のオークは何故町に現れたのか?
そもそも、ある程度強いモンスターになると、よほどの事がない限りはダンジョンから出てくる事はない。
過ごし易い環境で、天敵に襲われる事もないのだ。
ジローは仮説として、二つの理由を挙げた。
一つは、何らかの理由でダンジョン内の環境が激変した事。
ダンジョン内がオークに適した環境が無くなったので、過ごし易い環境を求めて地上に出てきた。
もう一つは、オーク以上のモンスターがダンジョンに現れた事。
上記のある程度強いモンスターではない、ゴブリン等の「雑魚」と呼ばれるようなモンスターは、天敵から逃げる為にダンジョンから出てくる事がある。
それが、オークに起こったという説。
………………
その時、少し話をしたジローとアキラであったが、憶測の域を出なかった事や時間の問題から、その時はそれ以上話は進まなかった。
そして、事態が収まって余裕が出てきたが故に、ふと思い出したのだ。
「多分、前者じゃないですか?」
「そうか?」
「少なくとも、後者じゃありませんよ、日本にそんなモンスターは居ませんって」
若い猟師は、楽観とさえ言える態度だった。
だが彼の言うように、いくら手付かずのダンジョンが多い日本でも、そこまで強いモンスターは見つかっていない。
そう考えるのが普通だ。
「そう………だろうか………」
けれども、アキラの不安は晴れなかった。
何十年も、猟師という動物と向かい合う仕事をしてきたアキラだから解る。
あの時のオーク達は、群れの仲間を探しにきたというのもそうだが、それだけでないようにも感じた。
まるで、何かから逃げているかのようだった。
それは何か?
オークという、強いモンスターが群れ単位で逃げ出すような相手。
そんなモンスターが、いるとしたら………。
「………ん?」
その時、お茶を飲んで休憩しようとした他の猟師が、異変に気付いた。
水筒から覗くコップ。
その表面が、僅かに揺れたのだ。
「………なッ!?」
気のせいかと思ったが、直後に来た地面の揺れが、それが気のせいではないと気づかせる。
パラパラと山肌が崩れ、岩が転げ落ちてくる。
「崩れるぞ!逃げろ!」
「じ、地震か?!」
逃げ惑う猟師達。
そんな中、アキラの脳裏には、昔父親から聞いたある言葉が過った。
………悪い予感ほど、よく当たるものだ。
ず ど お ッ ッ !!
その、直後であった。
岩の山肌を突き破り、彼等の前にその巨大な、あまりに巨大な影が顔を出したのは。
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