第9話

オーク襲撃から、一日が過ぎた。

オーク再襲撃まで、二日を切った。


市民の避難と、戦いの準備は各地で進む。

そしてここ、ゴールド重工においても。



戦列には、ニクスバーンも加わる事になった。

たしかにオークとの戦いでは負けてしまったが、対モンスターにおける人型ロボットの有効性は充分に実証されたからだ。



しかし、問題点が三つ浮上している。



一つは、右腕と左足を失っている事。

人型ロボットの利点は、四肢が全て揃っている状態で初めて発揮される。

それが、片足が無く自立できない状態では、戦力にすらならない。


なら修理すればいいではないかという意見も出るだろうが、物事はそう簡単に上手くは回らない。



一つは、修理ができないという事。

ニクスバーンが作られたのは2002年。

つまりは28年も前だ。

使われているパーツも古く、とても完全な状態には戻せない。



一つは、パイロットがいないという事。

そも、操縦経験のある人物も、訓練を受けた人物も、今までキンノスケただ一人。

それなのに、今のキンノスケは怪我をしてしまい、ニクスバーンに乗れない状況にある。


ゴールド重工の社員達も、乗ろうとは思わなかったが故に、代理はいない。

当然だ、ニクスバーンは車や重機とは訳が違う。

誰だって乗るのは不安だ。



だが、そこはこのご時世に小さな町工場で食っているゴールド重工。

こういう時の創意工夫に関しては、お手のものだ。



「次、24番のコード」

「これか?」

「OK」



今のニクスバーンは、左腕と右足も外した、いわばダルマの状態。

そこに、新しい四肢が繋がれ、いくつものコードを接続されてゆく。


………言うまでもなく、高価な上に古いニクスバーンの予備パーツなど、そうそう見つかる訳がない。


オリジナルと別物を使うにしても、あの強度としなやかさを持った機械のパーツなど、見つかってもゴールド重工に買う余裕はない。

かといって、手にはいるパーツを使えば、性能は下がってしまう。


なら、これは何なのか?

それは………。



「に、しても………モンスターの腕をパーツに使うなんて、そんな上手くいくのか?」



驚くことなかれ。

表面こそ装甲やコードに覆われてはいるものの、これはあの時スカーレット達が倒したオークの腕だ。



「大丈夫だって、モンスターの死体の加工なんて、前例ありまくりだろ?あれの応用だよ」



ダンジョン資源………とくにモンスターから得られる物は、世界の様々な分野で活用されている。

食肉は勿論の事、テイカー装備の素材や、様々なライフライン等々。


修理に当たっていた社員が言ったのは、同じように大型モンスターの腕を流用して作った、ショベルカーの事。

それと同じように、オークの腕に機械を埋め込んでサイボーグ化し、ニクスバーンに取り付けているのだ。


普通の機械ならそうもいかないが、生物であるオークの腕なら、変わらぬしなやかな動きが出来る。

加えて、強度に関しても問題ない。

いや、両方今まで以上にパワーアップしているかも知れない。


………まともに動けば、の話であるが。



「両手足、接続完了しました」

「よーし、じゃあ動作テストだ」



動作テストは、サイコ・コントローラーを外したコックピットで行われる。

少し動かすだけなら、無しで十分なのだ。


で、外されたサイコ・コントローラーはどこに言ったかというと………。






………………






視界には、3DCGで作られたモンスター達。

思念を込めて操縦桿を握り、アズマはバーチャルのモンスター達に立ち向かう。



「このっ………そこっ………!」



アズマの頭にはめられているのは、サイコ・コントローラー用のヘッドギア。

だがここは、ニクスバーンのコックピットではない。


サイココントローラーと、ロボット物のゲームの筐体を組み合わせて作った、ニクスバーンの操縦訓練装置。


キンノスケが訓練用に作ったが、サイココントローラーが一つしか無く、訓練の度に取り外さなければならない事。

そもそも、誰もニクスバーンの操縦をやりたがらないが為に今まで埃を被っていたが、この度倉庫から引っ張り出されてきた。



「流石は魔法使い!いい腕してんじゃねーか坊主!」

「あ、僧侶アコライトです………」

「はははっ!どっちも同じよォ!」



アズマの操縦訓練を、外から見守るキンノスケ。

今までニクスバーンに関わり、動かしてきたキンノスケから見ても、アズマの操縦の筋はいいように見えた。



さて、ニクスバーンの代打パイロットがアズマになったのは、キンノスケが直々に頼んだからだ。


と、いうのも、サイコ・コントローラーは、脳波を読み取り操縦に反映する。

魔法も同じように、脳で情報を処理する事で発動する。


アズマの職業ジョブである僧侶アコライト等の魔法使い系は、魔法を中心とした戦いをする訳だから、当然通常より脳を使用する。

故に、脳の扱いに慣れたアズマなら、サイコ・コントローラーもすぐ扱えると、キンノスケは考えたのだ。


脳科学に関しては専門外であるキンノスケの、当てずっぽうな勘にも似た考えであった。

が、あながち間違いでも無かったようで、アズマは早くもサイコ・コントローラーを使いこなしている。



「次!お願いします!」

「あいよぉ!レベル10だ!」



自分が言い出した上に緊急事態とはいえ、子供を戦わせようとしている自分を、キンノスケは恥じた。

が、生身でオークの群れに放り出されるよりも、何発かは攻撃に耐えたニクスバーンの中にいる方が安全だとも考えていた。


何とも言えぬ考えの元、訓練は続く………。






………………






新しい四肢。

新しいパイロット。

これだけ新しい要素が加われば、ソフトウェア………つまり、ニクスバーンを動かす為のAI周りにも、アップデートが必要になる。

それも、かなり。


そんな、ソフトウェア面を担当するのが。



「スカーレットさんのデータがあって助かりました、これを応用すれば制御AIは完成します」

「それはどうも」



カタカタとパソコンのキーボードを打ち、プログラムを組み上げてゆく、こちらの幕井目次郎マクイメ・ジロー氏。


ギーグなのは見た目だけではないようで、パソコンに繋いだスカーレットのDフォンから、記録されたデータを読み取り、制御AIを組み上げてゆく。

新しい動作プログラムに、彼女の動きを応用しようと言うのだ。



「新兵器の為にも、スカーレットさんの持つ剣士ソーディアンのデータが役立ちます、助かりました」



その「新兵器」の話は、一先ず置いておく。


スカーレットはAIやプログラミングについてはからっきしだが、今ジローがやっている事が凄い事なのは、十分解る。

こんな………言っては失礼だが、片田舎の町工場に収まるレベルではない事も。



「それだけの技術がありながら、どうしてこんな所の………あっ」



思わず、考えている事が漏れてしまった。

失言だったと、口を閉じるスカーレット。



「ははっ、気にしないでください………」



だがスカーレットが謝るよりも早く、ジローは笑って許してくれた。

だがその声色は、どこか憂いを帯びて、悲しげだった。



「………評価されないんですよ」

「えっ?」

「いくら能力があったって、僕みたいなキモオタじゃダメなんです」



身をもって味わった、ジローだから言える事。

就活生時代、何社も何社も面接を受け、落とされ続けたからこそ言える事だ。



「アメリカの人にはちょっとピンと来ないかもですけど、声がハキハキしてないとか、清潔感が無いとか………そういう人は面接の段階で落とされます、就職さえさせて貰えません」



日本では当然と言うか、当たり前の事だ。

面接官の気に入るような、明るく元気な人材が優先され、そうでない者はつま弾きにされる。


誰も何も、疑う事もなく、日本の常識として認識されている事。



「何よそれ………ルッキズムじゃないの」



実力よりも第一印象………言ってしまえば見た目を重視するそれは、スカーレットからしたらそうとしか思えない。



「………僕もそう思います」



ジローから見ても、感想は同じだ。

学生時代の、ジローのようなオタクを見下してバカにしている連中のような、幼稚なルッキズム。


それが、自分の人生にマイナスになる事を知っているジローであるが、

英語の話せないジローには、デメリットを背負いつつもここで生きてゆくしかないのだ。



「社長は、そんな僕でも雇ってくれました、生きていけるだけの給料もくれます、だから………」



言い方を変えれば、よりビッグになれる可能性を捨てて、現状に満足するという事でもある。

だがジローには、それで言いと言える程の、キンノスケへの感謝と忠義がある。



「………僕は、社長についていくだけです」



振り向いたその瞳に、我慢も、嘘偽りもない。

スカーレットは何も言わず、それ以上の干渉はしなかった。

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