第8話
その日から、キンノスケの言う「戦争」に向けた準備が始まった。
まずは、市内に住む人々の避難だ。
特に、オークが現れると予想されるダンジョンの周囲は、念入りに避難が進められた。
だが避難というのは、言ってみれば人々の生活を根こそぎ捨てさせる事。
オーク襲撃を信じない人々も多く、避難は難航した。
それでも、やらねばならない。
市の、そして避難を呼び掛ける県警の使命は、人々の財産と命を守る事だからだ。
たとえ、どれだけ罵倒を投げ掛けられようとも。
そして、罵倒を投げ掛けられる覚悟の者は、ここにも………。
………………
あけぼの市の片隅。
ある山に面した場所に、古い建物があった。
木造の、それでもしっかりしたこの建物は、地元の猟友会の詰所だ。
そこに、ある物が運び込まれていた。
それは。
「へぇ、これがテイカーのビームライフルってやつか」
猟師の一人が、興味深そうに一丁の銃を見つめている。
職業柄、銃はよく見てきたが、彼の知るどの銃とも、それは違っていた。
「ちげーよ、ビームライフルじゃなくてマジックライフルだって」
「いや、俺はリリカルライフルって聞いたぞ」
「んなお前魔法少女じゃねーんだから」
「何だっていいよ、ビーム出るならビームライフルだろ」
実はこの銃、テイカー用の装備の一つ。
カテゴリー名を「マジックガン」と言う。
魔法の杖の開発仮定で生まれた装備であり、魔力を圧縮して固めた弾丸を打ち出す物。
猟師の言った通り「魔力ビームライフル」とでも言うべき装備だ。
原理としては、魔法の杖の応用のような物。
あらかじめ、一種類の攻撃魔法(火属性である事が多い)をプログラムしたメモリを装填し、引き金を引く事で魔力弾丸として撃ち出す、といったシステムだ。
剣や魔法よりも銃に慣れたという人は多く、テイカーで最も多く使われている装備と言っていいだろう。
また、従来の実弾銃と比べると、性能や整備性、コストパフォーマンスも優れており、今まで猟師達が使っていた猟銃と比べると、何もかもが優れている。
「すげーなぁ、昔の映画にこんなん無かったか?」
「映画って、どんな?」
「ほらアレだよ、宇宙人が出てくるヤツ」
「それいっぱいありすぎて特定できねーよ!」
「いや、俺には小さい頃見たヒーローに出てきたやつに………」
いくつになっても、男はこういう物に憧れるもの。
猟師達は、まるで玩具を物色する子供のように、マジックガンを見て目を輝かせていた。
………詰所の奥にいる、二人を除いて。
「どうか!このあけぼの市を救う為に協力してください!!」
市長の、権力的にはここより上のハズのウエダが、まるでどこぞの逆転ドラマのように土下座をしてまで物事を頼む相手。
その先にいるのは、ウエダよりも歳を取った、壮年の男性。
年老いてはいるものの、常人よりも強い筋肉のついた身体を持ち、ガタイだけ見ればスポーツ部にいる健康な高校生でも通じる。
髭を蓄えたロマンスグレーで、その眼光は獲物を狙う猛禽か狼のように鋭い。
よく漫画に出てくる、剣の道を極めた剣道師範とか、そんな感じの男だ。
ただ違うのは、握るのは竹刀でも木刀でもなく、猟銃という所。
名を「
猟友会の会長であり、ここの猟師達のトップ。
この道50年の超ベテランであり、軍のスナイパー並みの腕前を持つ。
「銃の所持許可も再許可しますので!どうか!どうかっ………!」
そして………以前、市街地に現れた熊を射殺した事で、銃の所持許可を取り上げられた猟師達。
その、代表である。
これで、ウエダが土下座している意味も、解るだろう。
一部の団体の抗議に負けて切り捨てた相手に、自分達の為に戦ってくれと言っているのだ。
たしかに、オークと戦うに至って、はみだしテイカーズ以外のテイカーの助力が望めない以上、
テイカーでなくともモンスター………ようは生物と戦い、仕留める経験のある彼らを頼るしかない。
「………なあ」
「は、はい!」
「あんた、自分の立場解ってるのか?」
とはいえ、そんな虫のいい話に納得するアキラではない。
たしかに、銃の所持許可の取り消しに対して抗議をしていたが、ただ取り消せばいい話ではないのだ。
「え、はい、だからこうして………」
「そういう話じゃねえよ」
アキラは、声を荒げる事は無かったが、その言葉の節々から怒りを感じる事は容易である。
「あんたは市長だろ………市民を守る立場だ、それが訳のわからん団体に折れて、あろう事か俺達を切り捨てた………!」
そして、そこにあるのは怒りだけではない。
もう一つの感情は、ウエダへの………ひいては、このあけぼの市の上層部に対する、失望である。
「あんたは二重で裏切ったんだ………俺達が害獣から守っている市民と、市長としてあんたが守るべきだった俺達を!」
それが、町が危機だからと助けを求めてきたとして、どんなに甘い餌をぶら下がられたとしてもOKは出せない。
一市民としても、自分のように銃を取り上げられた猟師の代表としても。
ウエダは、何も言い返す事が出来なかった。
アキラの言っている事に、何一つもの間違いはなく、過失があるのは自分だから。
過去の自分の愚かな判断を悔いながら、土下座をしたまま固まるしかなかった。
「失礼しま~す」
そこに、気が抜けたような挨拶と共に入ってきた男が一人。
「説得は順調………じゃ、なさそうねぇ」
「お前は、サイトウ………」
「よぉ、久しぶりアキラくん」
市民の避難を終えて帰路につくついでに、詰所に立ち寄ったサイトウだ。
どうやら、アキラとも知り合いの模様。
「俺からもさあ、頼めない?あけぼの市の危機なんだよ」
「いくらアキラくんの頼みでも聞けん、こっちはそれだけの事をされたんだ」
それなら説得できるかと夢見たウエダだったが、当てはすぐに外れた。
それだけ、アキラの怒りと失望は深いのだ。
「………所でさ」
しかし、サイトウは黙らなかった。
町を守る警察官としてもだが、アキラに動いて欲しい理由がもう一つある。
「………町に出たモンスターと戦ったの、誰だと思う?」
「ああ、キンの所のロボットだろう、ニュースで見た」
学生時代の、科学オタクでロボットマニアだったキンノスケの姿を思い出すアキラ。
まあ、やりそうではあるなと。
「それだけじゃないよ、テイカーの二人組」
「ああ、そういや………」
「あれ、片方中学生だよ」
「………何だと?」
その報告に、アキラがぴくりと反応した。
流石に、大戦を経験してきた世代ではないアキラだが、子供が戦場に立つ事がどれだけ危険かは理解しているつもりだ。
「それだけじゃない、女の人の方は25かそこら辺………解る?俺達よりずっと若い世代が、町を守る為に戦おうとしてんのよ」
アキラの心に、揺らぎが生じた。
たしかに、調子のいい事を言っている市に協力するのはシャクだ。
「………大人がしっかりしないで、どうすんのさ」
けれども、それ以前に人として成さなければならない事がある。
それは、人道的な問題でもあるのだ。
「………勘違いするな、俺達は市に協力してやる訳ではない」
「おお!ならば………」
「気は乗らんが、協力してやる」
人として、大人として、先陣に立つ若者達に全てを背負わせる訳にはいかない。
故にアキラは、再び銃を握る。
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