第7話

スカーレットとアズマの、はみだしテイカーズ。

そして、ニクスバーンを動かしていたキンノスケは、警察に拘束される事になった。

理由は、街中で武器を振るい、人々を危険に晒した罪。


………それがいかに馬鹿げた事かは、少し考えれば誰にでもわかる事。

もしスカーレット達が戦わなければ、もっと被害が出ていただろう。


けれども、世間のテイカーに対する反感が、それを許さなかった。

世間には、町を壊したオークも、それから町を守ったスカーレット達も、同じに見えていたのだ。



「まぁ、そうムスッとしなさんなってお嬢さん」



取調室の机の上。

明らかに機嫌の悪いスカーレットを宥めるのは、中年のくたびれた感じの警察官「斎藤サイトウ」。


飄々としているがいかにもプロであり、それはスカーレットもテイカーとしての感で察する事が出来る。


そして。



「別に警戒する事ないよ、少し話したら出られる」

「………本当?」

「本当だとも~、実際町を救ったのは君達でしょ?その辺はおじさん達も解ってるのよ」



一応、善人であった。

自分の点数稼ぎの為にスカーレット達を罪人にする事よりも、彼女達がオークから町を救った事を評価する事にしたのだ。



「………じゃあ、聞いて欲しい事があるの」

「ん?」



だから、スカーレットは思った。

サイトウなら、話を聞いてくれると。



「………このままじゃ、あけぼの市は地図から消える!」



スカーレットは知っていた。

時間は、もう無い事も。






………………






モンスター・オークについて、少し話をしよう。


オークは、その醜悪な外見に反して、非常に同族意識の強いモンスターで、数十頭の群れで行動している。

そして群れの中で誰かがはぐれた場合、全員で探しに行くのだ。


これだけ聞くと単なるいい話だが、人間からすると厄介な話でもある。

その事を表す、ある事件の話をしよう。



時は、西暦2015年。

アメリカはカリフォルニア州の田舎町にある、とあるダンジョンで、地元のテイカー集団パーティーが、ある物を見つけた。


産まれたばかりのオークの赤ん坊だ。

普通、母親にしっかり捕まって離れないのだが、どうやら何かの拍子に落ちてしまったらしい。


モンスターの研究材料は常に不足しており、テイカー達はこれを持ち帰り、政府の研究機関に売ろうと考えた。


………これが、いけなかった。

先も言ったが、オークは同族意識の強いモンスター。

ましてや赤ん坊が居なくなったとして、そのままのハズがない。


三日後。

ダンジョンの奥地に潜んでいた、オーク30体の群れが、赤ん坊を取り替えそうと村に殺到した。

突然のモンスターの襲来により、村は成す術もなく蹂躙され、破壊され尽くした。


SOSを受けた州警察と他のテイカー達が駆けつけた時には、あるのは廃墟と死体だけだったという。

これが、オークの手で一つの村が地図から消えた「オークベイビー事件」だ。



………さて、状況に差異はあれど、実は似たような状況になっている所が、この日本にある。

子供が拐われたか、迷い混んだ個体を殺したかの違いはあれど、オーク達の襲来が予見される場所。



「それが………この町で起きると?!」

「ええ、確実に」



あけぼの市、市役所、市長室。


取り調べを終えたスカーレットとアズマ、そして彼らを連れてきたサイトウを前に、あけぼの市市長「上田ウエダ」は、顔から冷や汗をだらだら垂らして答えた。


そりゃあそうだ。

自分の担当する町が、三日後に滅びると聞かされたのだから。



「だ………だが群れが来ると決まった訳では………!」

「いえ、必ず来ます」



僅かな希望的憶測から、オークはあの三体だけなのでは?と考えたウエダであったが、その考えはスカーレットによりぴしゃりと否定された。



「そんな………!」

「あのオークの見た目は、そういう事です」



当たり前の事だが、オークがいたという事は、このあけぼの市にあるダンジョンのどれかが、オークが生きていける環境があるという事。


オークの生体から考えても、餌を独り占めしてあの三体だけ大きくなった、という訳はない。

つまり、あけぼの市はオークの群れを呼び込むフラグを、役満で揃えているという事。



「なんて事だ………あけぼの市が地図から消えるだなんて………!」



そして、オークベイビー事件が再び繰り返される事が、確定してしまっているのだ。

頭を抱え、ウエダは狼狽える。

このままでは、数えきれない程の犠牲が出る。



「だ………大体貴様らが悪いんだ!!バカなテイカー共め!!」



スカーレットは、この件について建設的な話をしたかった。

だが、ウエダの背後にいた副市長のヒステリックな叫びが、それを台無しにする。



「大体お前達がモンスターを攻撃したからだ!そのせいでこんな事に!」

「あれは仕方がなかったんですよ、オーク達は興奮状態にあって………」

「うるさい!何もかもが貴様らのせいだ!!謝れ!!土下座しろ非国民め!!」

「ちょいちょい、非国民はまずいでしょ副市長サン」

「うるさい!!税金泥棒め!!大体貴様らが………!」



サイトウがなだめても、聞く様子はない。

ウエダも、相変わらず頭を抱えている。

必死に話を軌道修正しようとするスカーレットに、これでもかと罵声を飛ばす副市長。


あ、これダメなパターンだ。

アズマでさえ、場をどうにかするのを諦めようとした、その時。



「大の大人がみっともなく騒いでんじゃねえッッッ!!!」



一喝、とはこういう事を言うのだろう。

混沌を極めていた市長室は、一人の男の怒声により、状況がリセットされる。

その、怒声の主は。



「………あ、キンちゃん」

「おう、夏祭り以来だなサイトーちゃん」



骨折した右腕にギプスを巻いてやってきた、どうやらサイトウとも知り合いらしい、ニクスバーンのパイロットをしていた船根金之助フネ・キンノスケだ。

その傍らには、心配そうに見つめるジローの姿もある。



「そこのデカチチのねーちゃんがやろうとしてる事は俺にも解る!その為に、ニクスバーンが必要になる事もな!」

「デカチチて………」

「おう!剣の方は直しといたぜ!デカパイのねーちゃん!」

「言い方変えりゃいいって事じゃなくて………」



流れるようなセクハラもあったが、どうやらスカーレットの思った通りに事は進んでくれている様子。



「それじゃ、これから何をするべきか、市長さんに教えて?」

「へへっ!任せな………!」



スカーレットから煽られ、キンノスケがウエダの座る市長の机の前にやってくる。



「ひ………っ!」



その、あまりにも堂々とした態度に、思わず怖じ気づくウエダ。

そんなウエダの感情を知ってか知らずか、啖呵を切るように、キンノスケは口を開いた。



「三日だ!」

「み、三日………?!」

「そうだ、過去の例からして、あのブタゴリラの群れがやってくるまで三日の有余がある!それまでにあけぼの市の市民を出来るだけ避難させろ!」



ここまでは、当然の事。

オークが襲ってくるのであれば、町の人々を逃がさなければならないのは誰にも解る。



「それと、俺が今から言う物資をなんとしても揃えろ!」

「えっ………?!」

「猟友会の連中を土下座してでも連れてこい!ハンティングと銃に慣れた戦力が少しでも要る!」



だが、これがウエダには解らなかった。

物資だとか、何故猟友会が出てくるのか。


いつも、道徳の授業で誉められるような事をして育ったウエダには、アウトローとも言えるキンノスケの言っている事が理解できなかった。



「船根さん、あなた何をしようとしているんだ………?!」

「へっ、決まってんだろ………」



日本人として、これを楽しみそうに笑う事は、あってはいけない事だ。

けれどもキンノスケには、自身の最高傑作であるニクスバーンに活躍の場を与えられると思うと、笑わずにはいられない。


それに、警察に拘束されている最中に浮かんだ、ニクスバーンの改修プランもある。



「………戦争だよ!」



あけぼの市とオーク。

どちらが生存いきるか滅亡くたばるか。


オーストラリアのエミュー戦争以来となる対人外の戦いに、

キンノスケの顔は、少年のように輝く、マッドサイエンティストの歪んだ笑みを浮かべていた。

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