第3話

眼前の変人じいちゃんこと、船根金之助フネ・キンノスケが、ゴールド重工の社長と知り、スカーレットは不安を感じて苦笑いを浮かべていた。


当然だ。

今から自分の愛剣たる炎剣・イフリートの修理を頼む相手の代表なのだ。

それがこんな変人では、修理を頼む方としては不安にもなる。


こんな変人に、任せて大丈夫なのか?と。



「キンノスケ………ニクスバーン………?」



一方のアズマはと言うと、キンノスケの名前を聞いた事で、何かを思い出そうとしていた。

そうだ、たしか歴史の授業で見せられた、古いニュース番組で………。



「………ああ!対モンスター用の兵器開発やってた!!」

「おお!知ってたかい坊っちゃん!」



キンノスケの反応から見ても、正解のようだ。

しかし、スカーレットだけは何が何なのか解らないような表情を浮かべている。



「………どゆこと?アズマくん」

「えっと、この人はテイカーが生まれる前に、対モンスター用の戦力を開発しようとした人です」



遡ること、2000年代。

1999年アンゴルモア・ショック以降、世界は混乱に包まれていた。


今でこそ、危険なモンスターは基本的にダンジョンの奥にしか居ない。

が、当時はまだダンジョンが少なかった事もあり、地上を闊歩している種も多く居た。


軍隊ですら手こずり、猛獣より恐ろしい、より身近で危険な驚異としてモンスターは人々を脅かしていた。


世界中で、対モンスター用の戦力の開発が急がれた。

そんな中、日本が試作した対モンスター戦力は、とことん日本らしい物だった。


当時、日本科学省に勤める、世界有数の天才科学者として名を馳せたキンノスケの開発した、有人搭乗型対モンスター用パワードスーツ。

アニメのような、搭乗型ロボットである。

それこそが。



「この、ニクスバーン………」



型式番号MJR-X-002、ニクスバーン。

手足を覆う装置と、ヘッドギアを通して脳から電気信号を受信し、訓練なしの素人でも扱える「5mまで拡張された身体」。

体操選手のようにしなやかで、

フレームだけでも戦車以上の強度を誇り、

ブルドーザー以上のパワーを発揮する。


アズマが見た姿は、そのフレームだけの骸骨のような姿だった。

眼前のニクスバーンは、その上から装甲を取り付けたのだろう。

よく見れば、パーツの接続部等から内部フレームが見えている。


人類より強大なモンスターを相手にするには、十分すぎる戦力だ。

このまま開発が進めば、キンノスケが幼少に憧れたアニメのロボット達のように、人々を守る鋼の守護神となっていただろう。


………このまま、開発が進んでいたのなら。



「あの時横槍さえ入らなけりゃ………ニクスバーンは………くううっ!」



政府のお偉いさんの集まった、ニクスバーンの披露宴。

概ねが好評価を見せる中、ある人物が意義を唱えた。


それニクスバーンは、人類には過ぎた力なのではないか?」と。


発言したのは、科学公害規制委員会の会長。

政府公認の組織ではないものの、発言力の強さからゲストとして呼ばれた人物。


そして「科学の暴走を止める」として日本の様々な新技術にケチをつける、技術者からしたら唾棄すべき団体の、会長だ。


………運が悪い事は、二つ。


一つは、日本が海外と比べてモンスター被害が少なく、ましてや雲の上の存在である権力者には、その危険性や危機感を感じられなかった事。

一つは、科学公害規制委員会の発言力が、キンノスケの思う以上に強大だった事。


たちまち、ニクスバーンに感動していた政府の重鎮達の声は「そうだ、あれは危険すぎる」「あれを許したら、終わらない争いに落ちてしまう」と、ニクスバーンの危険性を疑う空気へと変わっていった。


キンノスケがいくら弁明しようにも、周囲の人々には「危険な技術を使うマッドサイエンティスト」としか見られなかった。


こうして、日本はニクスバーンの研究費用を打ちきり、世界中で進められていた対モンスター戦力の開発競争を自ら降りた。


それから、我々の知るテイカーが生まれ、

ニクスバーンが戦うハズだったモンスターの多くがダンジョン=巨大ロボットが活躍できない狭所へと潜った事で、

ニクスバーンは日の目を見る事なく埋もれていった。


キンノスケも、危険なマッドサイエンティストの烙印を押され、学会から追放同然に追い出され、今に至る。


アメリカのとある科学者は、ニクスバーンの資料映像を見て、こうコメントしている。

「もしもニクスバーンが世に出ていれば、テイカーの姿も今とは大分違った物になっていただろう」と。


が、今となっては何もかもが後の祭りである。

ニクスバーンも、時代遅れの大型パワードスーツでしかないのだ。



「あの時、あのバカが頓珍漢な事を言わなければ………くううっ!」

「あっ、す、すいません………その」



悔し涙を浮かべるキンノスケに、嫌な事を思い出させてしまったと詫びるアズマ。

自らが自信を持って送り出した最高傑作を、何の理解もない部外者の一声により否定されては、悔し涙も出るというものだ。



「………で、装備修理の件についてですが」

「意外とドライね、アナタ………」



そんな状況においてもビジネスの話ができるジローを、スカーレットは内心尊敬していた。

まあ、こんな状況はゴールド重工においては日常茶飯事なのだろう。






………………






イフリートの修理は、請け負ってくれるとの事。

しかし、内部構造の複雑さ等から、修理には数日かかるとの事。


その間、武器はどうするかと言うと。



「こいつを握るのも久しぶりね」



スカーレットの腕には、イフリートとは別の剣が握られていた。


大きさや形状こそイフリートに近いが宝玉のような装飾はなく、

素材である特殊カーボンまんまの黒い刀身と、特殊ゴムでコーティングされた黒い握り手の、無骨なデザイン。

無論、イフリートの蛇腹剣モードのような機能はない、純粋な剣である。


そして、かつて神沢ロックホールで不良テイカーが持っていた剣と、何処か似ている。


これはスカーレットのかつてザ・ブレイブ時代の契約先であるアイアンステーク社が販売している、オーソドックスな大剣タイプの剣。

ちなみに商品名は「ソードL」。


スカーレットがイフリートを手に入れる前に使っていた武器だ。

予備用としてDフォンに入れていたが、これを握るのはもう何年ぶりだろう。


ともかく、イフリートの修理が終わるまでは、これを武器にしてテイカー活動をしていくつもりだ。


その一時の愛剣をDフォンに仕舞い、スカーレットはアズマと共にバルチャー号に乗り込む。



「それじゃ、修理が終わったら連絡しますので、よい旅を!」

「こちらこそ、修理受けてくれてありがとう、それじゃあまた!」



ブルルン、とエンジンを吹かせて走り去ってゆくバルチャー号。

スカーレットとアズマの二人乗りタンデム姿を見て「自分もあんな青春を過ごしたかったな」と、永遠に叶わぬ羨望に思いを馳せるジローなのだった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る