待ち人来られり
鐘の音が教室に響く、本当の時計が正午を告げた。窓の水滴も消えはっきりとした色で教室内を照らす。生徒は外なり留まるなりへと昼食を始め、教室に残った者達で談笑という名の喧騒に充満された。
シモンはいつものパンを取り出して食べた。畑で食べるよりどうも教室で食べると味が落ちるのは気のせいだろうかと、毎週感じる違和感も合わせて噛み締める。
「クロエまだ来てないの? 」
本日二回目の会話、同じ内容に少しうんざりするが顔を上げてみると、クロエとよく話している女の子が立っていた。栗色の髪と目を持つどこかふわふわした、どこか優しそうな女の子。手には何故か隠すように弁当の包みを持っている。
「まだ来てないよ」
「そっかぁ 、ありがとう」
クロエと一緒に弁当を食べたかったのだろうか、ふと昨日クロエが言ってた事を思い出した。どうしようかと少し悩む、クロエと仲が良い子なら大丈夫なのかなと自身に問うた。
「あ、クロ……え? 」
今しがた教室に到達したクロエ、入り口にいたグループが『お姫様、お早い後壇上で』とか戯けて茶化そうと口を開こうとした。が、後ろに達つ男の子が視線に入りつい言葉が詰まり押し黙った。沈黙が入り口から伝播した。伝播してゆく生徒は談笑を押し潰す震源を確認しまた伝言ゲームの様に無言が奥へと伝えられ、瞬く間に喧騒が鎮まる。重厚な空気が教室全体を覆った。
シモンも見た。見たが誰だか知らない。ただ言い淀んだ女の子の反応、その男の子の目が不思議と修行中の魔兎の目と同じに感じて危険な存在である事はなんとはなしに理解した。
とりあえず気にしないでいよう。とりあえずはクロエが来た。それだけで良かった。
「クロエ来たね 」
「そ、そうね」
クロエはどこ吹く風という様に、いつもの様に、いつもの席へと歩いてゆく。男の子もクロエについて行く様にこっちに来る。逃げる様に何人かの生徒が教室を出てゆく。目の前の女の子もそうしたいのかしら? とシモンは訝しむ。
「アンナどうしたの? 」
「なんでもないわ 」
女の子はアンナという名前らしい。シモンの席に誰かいる事が不思議だったのだろうか、クロエは少しニヤニヤしながらアンナに問う。アンナは強がる様に最大限の文字数で答えた。元来悪戯が好きなのだろうかシモンの中の無邪気な嗜虐心が顔を覗かせる。
「クロエとご飯食べようとしてたみたいだよ」
「そうなの?」
「あぁまぁそうね、違わないけど今日はちょっと遠慮しとくわ 」
女の子は恨めしそうにシモンを一瞥し、しどろもどろに話を切り上げてそそくさと教室を出ていった。
「もう少し遅れた方が良かったかしら 」
「十分遅いよ。先生が話があるって言ってたよ 」
「後で行くわ。ところでシモン君。今日は君に紹介したい方がいるのだよ 」
本の中の貴族が言うみたいにすまし顔でクロエは言い、付いてきた男の子の背中をあてがいシモンの方へ推しやった。途端、男の子は眉間に皺を寄せ、なされるがままにシモンに近づいた。
「彼はカレヴィ、面白い子だから仲良くしてやってくれないかね 」
簡単で適当な紹介。クロエはそれで事は成したと思ったのかシモンとカレヴィと言われる男の子の手を掴み、互いの手を交わらせた。
「よし。じゃあ、先生の所行ってくるね 」
クロエはそれだけを言い残し教室を出ていった。
混乱という沈黙がシモンを包んだ。
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