待ち人来ず
日の光がステンドグラスの窓を刺す。霧のせいか一層に乱反射され、細切れが一層細かく儚げに教室を赤に青にと多色に滲ませる。石レンガに石タイル、石で作られたこの教室は霧を生み出しているのは部屋の中では無いかと疑わせる程陰湿な空気が充満している。
ヤルム村はオズ王国建国以前、森のエルフが統べる土地だった。エルフは長命故なのか、何百年と経った今でも建物は綻びも少なく残る。故に村にはエルフ統治時代の物が多くこの教室いやスヴァイン邸もまた然りである。シモンの家は人によって建てられており、故にこの古びた教室に入ると湿気と暗く押し潰されそうに感じるのは仕方が無いのかもしれない。
誰も居ない教室、誰も来ない時間。この時限が一番楽に感じる。この時間に来れないならば学校へ行きたくないとさえ感じる。
一度一番遅くなる様に教室に入った事がある。教室のタイルを勇気をもって踏んだ足が妬ましかった。もう一度勇気を震わせ回れ右して帰りたかった。ランタンはカラカラと牛の首輪みたいにヨク響いた。ガラスみたいな目が一斉に自分に向いた。あの冷たい感覚は味わいたくない。だからこの時間じゃないとダメなのだ。
シモンはいつもの席へ、教室の一番端っこ、入り口からも黒板からも一番遠い場所へ壁にランタンを掛け、3人掛けの長机へ突っ伏す。スヴァイン先生が入室して教壇に立ち、一つの咳払いで教室内が鎮まり各々が席に収まり朝礼が始まる、いつもの様に。
ーー 来月末王宮の使者が来る。各々粗相が無い様に。
先生の咳払いはとうに済み、既に連絡事項を話し出している。寝過ごしてしまったシモンは雨後のカタツムリが殻から身を這い出す様にゆっくりと頭を上げた。隣を見た。いつも座る人間の絵心無い落書きが日光に照らされていた。落書きした本人は未だ来ていない。落書きをした本人は未だ来ていない様だ。
「結局、来ないじゃん」
絞り機の中の葡萄がどうしようも無く隙間から体液を滴らせる様にシモンはつい言葉を漏らした。丁度、先生が大きく咳払いをしていつもの様に朝礼は終わった。
各々は決められたペアで勉強を始める。教科書を開き朗読しあって質問しあう。実験用の器具や動物へ対し魔法を詠唱し採点する。それぞれがそれぞれなりに自身に必要な学習をしている。この教室では先生が教える事は少ない。カツーン、カツーンと時計が時を刻む様に規則的な靴音を鳴らしながら机の間を縫って廻る。危険な場合もしくはペアで解決出来ない問題が出た時のみ教鞭をとる方式だ。
シモンのペアは未だ来ない。仕方が無いからメモ用の黒板を磨き独りで教科書を開き、出てきた問題を解く、こんな事なら家でやっても同じだろうと悶々と考えながら問題を解いていった。
「クロエは未だ来ていないのかね? 」
静かな声がふと聞こえた。規則的な時計の音は消え、手を後ろに組んだ時計が隣に立っていた。
「まだ来てないです。来るって言ってたけど 」
「困ったものだな…… では来たら私の所に来るように伝えてもらえるかね 」
それだけを伝えてまた時は動き出した。
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