狩人の届け物

 夜の帳に執着する太陽が追い出される様に空へ登る。

申し訳程度に揺蕩う雲は黄金に燃え、眼下の木々は呼応する様に緑に萌える。

今日もいい天気だ。

 ヤムル村の東境には森がある。その麓には畑が広がり深い緑色を宿した麦が広がる。風が吹く毎に麦の天を突く如く伸びた髭がサラサラと流れる。シモンとエンゾは畑に居る。親子の周りには無数の切り株が点在し元々一体であったであろう無数の幹たちが端っこに積まれている。日陰者の蔦と苔達が屋根を剥ぎ取られ焼けるように佇最後の余生と心得て佇んでいた。

 サクッと小君良い音が聞こえた。また聞こえた。延々と聞こえる。音の主は切り株の根元に振り下ろす鍬、鍬を扱うはエンゾ、エンゾは黙々と振り上げては振り下ろす動作をする。と思えば切り株の根元に鍬を差し込み捏ねる。切り株は地面から離れ幹達と同じ様に横たわった。

 

 「シモン!こっちも頼む 」

 「わかったぁ! 」


 シモンは同じ様に倒されただろう切り株を汗を吹きながら引っ張っていた。切り株の胴体に綱が巻かれブーツの半分を苔で濡らしながら弓の様に体を伸ばし綱を引く。切り株は徐々にだが苔の上を滑りながら、苔を削りながら徐々に引っ張られていく。


 切り株も全て地面から離れ横たわる。満足した様にエンゾは腰につけた水筒から水を一口分喉へ流した。空が青い。日も南中にいよいよ近づいてきた。森の上には時たま飛沫の様に鳥達が吹き出す様に遊んでいる。この時間にはすでに狩人からモノが渡されているのだが、今日はまだ来ない。エンゾは森へ視線を投げた。森は闇に魅了され天気良くとも黒が強い。普段と変わりが無いか注意深く見ているとちょうど森の奥が蛍の様に光った。


 「 ……珍しいね。シモン、クロエが来たぞ」


 毎日エンゾの元へモノを届けてくれる狩人の娘であるクロエ。普段は何かと理由をつけては家の手伝いをサボってる。

 切り株を並べられた幹の所へ引っ張っていたシモンは父から馴染みの名前を聞き少し訝しみながらも汗が入らぬ様に伏せた目を凝らした。汗を拭いながら蛍の主を見ても誰かは解らない。

 蛍の主は徐々に近づく。視線に気付いたのか大きく手を振る。痩せた少女が朧げに見えてきた。月の様に灰色の髪を邪魔にならない様に一つに束ねられている。腰の左右には矢筒と短剣そして赤色の年季の入った皮袋、背には弓が弦を付けたまま背負う。こちらの視線に気付いたのか、『おーい』と大きく手を振っている。確かにクロエだ。シモンは漸く理解した。


 「エンゾさん。ちょっと遅くなりました」


 クロエは皮袋を腰から外す。


 「どちらに放しますか? 」

 「あぁ、あっちの柵にお願い出来る? 」


  エンゾは少し奥まった所にある畑の中に円形に囲った柵を指さした。クロエは何事も無い様に「はーい」と軽いトーンで答えながら、皮袋の口を解きつつ切り株が散乱した道を器用に歩む。


 「今日は何か有ったのかい? 」


 普段は来ない人物。そして普段にしては遅れての配達に心配そうにエンゾは先行くクロエに問いかけた。少女は後ろからも分かるように少し顔が赤らみ、それを隠すように首に手を当てた。

 

 「久々にちょっと家の手伝いでもしちゃおうかなって思って、父の変わりにやってみたんですが、久々すぎちゃって全然コイツらを袋に入れれなくて…… それで遅れちゃっただけですよ」

 

 柵の前についたクロエは皮袋の中身を柵の中に落とす様に口を下に、全体を揺らした。


 「柵の中に入ってから解放しないと…… 」


 エンゾの指摘は間に合わなかった。皮袋に入ってたモノは外界に放たれた途端、暴れながら飛び出した。モノ達は柵の中に収まったモノと柵から漏れ外へ出たモノへと別れてしまった。

 モノは兎の様な獣だった。耳は長くフワフワした毛並みに覆われたどこから見ても兎だ。ただ眉間に一本の角が生え、毛は赤い。兎に似たこの獣は魔兎(マト)と呼ばれ角に魔力を溜め攻撃を放つ。

 皮袋の体積以上に放たれた魔兎は大半が柵内に収まったものの、何匹かは柵から漏れた。

 クロエは小さくアッと息を漏らし、エンゾは漏れた魔兎達の耳を掴んだ。


 「シモン! 捕まえろ! 」


 エンゾの声は森の中深くまで響いたのか森の至る所から鳥が噴水の様に吹き出した。エンゾは数匹取り逃がし、森へ帰ろうとする魔兎をシモンへ任せた。

 森に入れば免れると知る魔兎、立ち塞がるシモン。シモンはエンゾの動きには及ばないながら、フワリと動き逃げる魔兎をまずは一匹。逃げる魔兎は残り一匹。シモンの3歩先に居る魔兎は、角に魔力を充電しはじめた。角が赤く光る。属性は火。シモンは跳躍し、角の照準が追ってくる。空気が熱くなり陽炎が見えた、シモンへ火の玉が迫る。体をくねらせ絶妙に火の玉を回避したシモンは着地しながら耳を掴んだ。


 エンゾとシモンは両手に持った哀れな魔兎を柵の中に丁寧に落とした。事なきを得てクロエは申し訳なさそうに首を触り謝った。


 「数は合っているかい? 」

 「そうですね、20匹丁度いるので大丈夫です」


普段明るい人間の申し訳なさそうな態度は心に響く、哀れに思ったのかエンゾはため息を一つ吐いた。


 「ならいいさ。親父さんには黙っておくよ」

 「ありがとうございます。 」

 「僕は言っちゃうかも」


 シモンは普段お姉さんぶるクロエが赤面し困っているのが面白いのか茶化す様にボソッとつぶやいた。クロエは首を少し掻いた。エンゾはギロリと威圧する様にシモンを見る。父の冗談の通じない顔に少し尻込みし、冗談だよと付け足した。

 もう一度ため息を吐いたエンゾ。


 「父さんはもう少し作業するからクロエと先に休憩してなさい 」


 二人は承知しシモンに促される様に休憩場所としている木陰へ向かった。クロエはエンゾに見えない所まで来たのを確認した。

 木陰へ着いた時シモンはさっきのお返しの性なのか少し頭をさすっていた。

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