持たざる者
グシャガジ
帰り道
オズ王国ヤムル村、この村ではランタンが売れない。村人は滅多にランタンを使わない。村の外へ出向く時しか使わない。村の道は村人が通れば足元を照らすからランタンを使わない。村以外の道は人が通った所で光らない。村人以外が村の道を通った所で光らない。
ランタンを持った少年が居る。所々焦げ、泥が付いた野良着を来たいかにも農民な少年。ただ靴だけ何故か上等な闇に溶けるような革のブーツを履いた少年。日も暮れ村人が家路を急ぐ様に農具を担いで或いは動物を引いてゆく。その道が1日の中で一番混雑する時間に農民達が同じ様に歩いて行く。少年はそんな人々の足元を村で唯一の肉屋の前で手持ち無沙汰にボーッと眺めていた。
「いいなぁ…… 」
少年の頭程あるランタン。ランタンを吊った大きな杖は少年の2倍ほどの長さだ。まるで街頭を常に持っている様な少年は、皆の手荷物が自身より少ない事にため息を吐いた。
少年と同じ歳ぐらいの塊が足元を光らせながら戯れ合う子犬みたいに目の前を通る。塊の中の一つが少年と目があった。無邪気な笑顔を浮かべ共に塊を作る一員へ目線を戻し”鬼火”とか”ランタンブーツ”とかとか指差しさえずり、過ぎていった。
少年にとっては当たり前なのだろうか、聞こえた風も見せず表情も変わらず雑踏を見ていた。ただ視線はその一塊には焦点を合わせることは無かった。
「シモン、帰ろうか 」
ちょうど肉屋から出てきた男。少年と同じく泥で汚れた野良着を着て紐で縛った袋を肩にかけている。農民の衣装がどこかチグハグなのだ。腰には剣を履き使い古された袋は滲んだ様に赤黒く染まっている。だが立て掛けてあった何度も研がれて刃先がチビった鍬を取る所を見るとやはり農民で間違いはない。
ちょっと変わった男に言われシモンと呼ばれた少年は杖を持つ手に力を入れた、ブーツは石畳をゆっくりと引っ掻いた。シモンは既に路の雑踏へ消えていきそうな男の前へ行き、自身と同じく光らない二人の足元を照らす様に歩いてゆく。
「……何かあったのか? 」
雑踏は、ランタンで道を照らす二人の為に申し訳程度の空間を作る。日中夏特有の猛暑の為か村の植物から放たれた水分が空中に留まり蒸すような雑踏、二人は空間の核の様に一方向へ道を進む。シモンがいつもの様に道を照らしてゆく。男はそんなシモンのどこを見たのか少し哀しそうな声音を発した。
「 ……別に何もないよ」
シモンは変な質問をされ正解を頭の中で探すために幼い眉を寄せ皺を作ったが回答を見出すことはできなかった。
「…… そうか」
男は杞憂であったかと認識したのかまた沈黙に戻り黙々と進む。雑踏は歩む毎に別れ密度を落とし今では雑踏とも呼べぬ程となった。ポツンポツンと蛍の様に道は光る。シモンは歩き疲れたせいなのか、眠気からか自身すら既に諦めてた思いがつい口から無自覚の内に溢れた。
「道が光ってくれたらなぁ」
「……シモンはランタンが嫌いか? 」
「そりゃあ嫌いだ。重たいし手が塞がるしいい事ないもん」
「そうか、いい事ないか。けどシモンが照らしてくれているおかげで父さんは道を踏み外さず歩けるんだ。父さんはそれがいい事だと思うけどなぁ」
「そんなの道が照らせば解決じゃないか」
「そうじゃないんだよ。シモンがシモンの意思で父さんの為にしていることが良いんだ」
父という男は怪訝な顔で振り返った少年の頭を優しく撫でた。シモンは少しむず痒そうにまた前へ向き直した。
「よくわかんないんだけど……」
「いずれ解るさ、道が照らすのは無自覚に村人が持つ魔力がしているからだ。無自覚は意味が無い事なのだ。自身の意思で何かをするってことが大事なんだ」
「出来れば自分の意思で道を照らしたいんだけど」
「……それは難しいなぁ」
男は少し困った様に言葉を詰まらせて頭を掻いた。
「シモン。無いものねだりで父親を困らすものじゃないぞ」
ふと、静かだがよく通る声が響いた。シモンは聞き慣れたその声にビクッと後ろを振り返った。男は目線を後ろに流し相手を認識して体毎振り返った。親子の後ろには足元を昼間の様に光らせひょろりと伸びた体に上品に纏めたローブを羽織り幅広の帯で留めた男が立っていた。毎日櫛をかけているのだろうか、つむじから乱れる事が無い様に均一な髪の流れと眉間にある計画的に区分けされた様な皺から神経質な男。肉体労働者では無い事が一目で解る。
「せ、せんせ……」
「ここは学校じゃ無いからスヴァインで良い」
さっきまで少し気だるそうにしていたシモン。声を聞いた途端に背筋が伸びていた。さっきまで父にジャレついていたのを見られ少し毛恥ずかしい様だ。
「どうしたんだい君も帰りかい? 」
「いや村の見廻りをしている所だ。この時期は色目付く子供が多くなってかなわん」
「村の代表も大変だな。けど少しは多めに見てやっても良いかと思うんだけど 」
「健全で有ればな。健全である事は無いだろうがもしそうであればそうする」
そう言うスヴァインは疲れた様に大きなため息を漏らした。目線は大きく男から外れてシモンの足元に落とした。剣山の一本一本の先端を満遍なく見る様に一瞬目を細めたスヴァインは何もないようにまた視線を男へ戻す。
「君と旅してた時が懐かしいよ。エンゾ」
「まぁなぁ、丁度帰り所だし愚痴なら聞いてやるから夕食を食べていかないか? 」
色々と溜まっているだろう旧友を労いたかったのか、エンゾと呼ばれた男は優しくスヴァインに促した。スヴァインは柔らかい仕草で首を大きく横に振った。
「ありがたいがもうちょっと見廻りをしたいのでね。近々王宮から人が来るし色々と忙しいんだ。また暇な時に伺う事にするよ」
「あぁ、もうそんな時期か」
「まぁな、もうそんな時期だ」
エンゾとスヴァインの間に束の間の沈黙が流れた。シモンの背筋はすでに丸くなっており、首は時たまカクンと折れた。
「……ところでシモン。君に合う靴が余っているんだ。次の学校の時持って帰るといい」
「ふぁ、はい、ありがとうございます」
荒れた海原を漕ぐ様に大きく首を揺らしてたシモンは急に話を振られ寝ぼけた様に答えてしまった。スヴァインとエンゾは目を細め気が抜けたようだ。
「ありがとうスヴァイン。とりあえず今日は帰るとするよ」
「ああそうだな。また近々」
親子は進みだし、スヴァインは戻るように各々歩き出した。先ほどまでチラホラいた蛍達はもう居ない、スヴァインの足元とシモンのランタンのみが夜の道を照らしていた。
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