勇気を出してみた

@TripProject

あさ、目が覚めると、また始まる今日に絶望しました。

7/31 6:00

カーテンから漏れ出るオレンジの光が僕の顔を照らしてくる。僕は顔を顰め鬱陶しい光を遮るように布団を頭から被った。まだ夢の中に居たいのに、いつも起こしてくる光に僕はいつも心の内から湧いてくるドス黒いドロドロしたものに身を委ねた。


7:00

廊下からの足音で、目を覚ました。ベットから起き上がり、しぱしぱする目を擦る。部屋をノックする音がしてガチャりと母さんがエプロンを着けたまま部屋に入ってきた。

「あら、珍しい起きてたの?ご飯できてるから食べちゃいなさい」

「、、、うん」


7:15

リビングにいくと、朝のニュースに、父さんが新聞を読むのをやめて釘付けになっている。

『○○県× × 市にて火災が発生。近所の住人による通報で火は12時頃に消された模様。また、住宅が全焼し、住民である、、、』

「放火か。この近くだな。」

「、、、」

「最近物騒ね。ほら通り魔もまだ捕まってないって言うじゃない。歩夢《あゆむ》も気をつけなさいよ」

母さんと父さんが心配そうに俺を見ている。

半年前から続く連続通り魔事件。今では模倣犯だと思われる犯行を含め、日本中に被害が拡がっている。その犯人はまだ捕まっていない。

死亡者も出ているが今ではそれが日常になっている。正直狂っていると思うが、それが続くと人はそれが日常になってしまうのだろう。

小学生は集団登校が義務されたり外出制限がかけられたり、警察の巡回が増えたりしたが、被害が減らなければ意味などないだろう。

「、、、気をつけるのは、そっちの方でしょ」

「あら?一丁前に言うようになったじゃないか?かけるのお兄ちゃんになったんだもんな」

「別に、、、」

産まれたばかりの弟の翔は今はベビーベッドでぐっすりしている事だろう。羨ましい事だ。いや、なすすべがないという点では不運と言うべきか?

「歩夢?どうしたの?元気ないみたいだけど、風邪かしら、、、」

母さんが僕のおでこを触る。

「熱は無いみたいだけど、、、」

やけに過保護な母さんに僕は微笑ましくなって少し笑った。

「大丈夫だよ」

「でも、顔色悪いわ」

「今日は休むか?少しぐらい休んでも構わんぞ。」

「大丈夫だって、心配しすぎ」

「そう?」

「それよりご飯食べたい。お腹空いたよ」

いつも通り僕は笑った。


7:30

母さんはラズベリーにハマっている。ラズベリージャムに香水。

もちろん朝食にもトーストの付け合せとしてでる。

ソーセージに卵、ごく一般的なご飯。何回目のご飯か、もう数えてないなぁ。


8:00

朝食をとり終わった僕は玄関を開けた。

そこには潰れた黒いランドセルを背負った、僕と同い年の友達、一颯いっさが呼び鈴を押そうとしていた。

「あーゆむー!来たぞっ!て、8時ピッタリだと!」

とても驚いて僕を見る一颯はありえないものを見る目で僕を見る。

「僕が早く出たらそんなにおかしい?」

「ん〜!そんなことないぜ!学校行こう!」

目が泳いでいる。図星だな。けど、昨日まで学校に行くのを嫌がっていたやつが平然と出てくるんだからそれもそうだろう。

「いつもありがとうね一颯君。歩夢のことお願いね」

後ろから、母さんが翔を抱いて、見送りに来た。

「あっ!歩夢の母さんと翔!おはようございます!」

「ほら、早く行こう。それじゃ行ってきます」

「行ってらっしゃい」

「あぅぅ」

母さんが微笑みながら手を振る。それを目に焼き付けながら僕は家を出た。


8:05

「、、、そろそろか」

「ん?なんか言ったか?」

「いや、なんでも?」

赤信号を待ってる間、僕は一颯の話を聞く。昨日のサッカーの中継の話で盛り上がっている。学校に着く頃には今日の宿題をやってなかったと騒ぐことだ。

青になると一颯と信号を渡る。

今日の予定を考えをめぐらせているとエンジン音の唸り声で猛スピードでこちらに突っ込んでくるバイクに、気づいた振りをした僕は一颯の方を掴んだ。

それと同時に、野良猫が走って僕の隣から飛び出して、バイクと衝突した。

「は?」

一颯の声が、静まり返った場に、響く。

バイクは転倒し電信柱に突っ込んだ、猫はアスファルトと自身の毛を赤く染め、横たわっている。

辺りは一瞬で騒がしくなって電話で救急車を呼んでいる人、スマホで写真を撮る人で賑わう。

「猫が、」

一颯の声に誰も耳を傾けない。

信号無視をしたとはいえ、事故をおこし、足が向いてはいけない方向に向いてるんだ。猫と人の命なら助ける優先順位は明白だ。

僕は血まみれの猫を抱き上げた。しっとりとした物が僕の手を伝う。

それを見た一颯が、ありえないものを見る目で僕を見る。

「ここにいたら可哀想だよ。学校まではまだ時間もあるし埋めてあげよう」

「えっ、でも病院とか」

「首の骨が折れてる、もう死んでるよ」

「、、、」

じっと一颯は、目を見開いて、ショックを受けたようだ。でも、僕はそれに気づかない振りをした。

「、、でも、良かった」

「、、、何がだ?」

まっすぐ一颯が、僕を見つめる。

「一颯が無事で、ね?それに、、」

「それに?」

口が滑ってしまったけど、まぁいいか。今回は運要素が高い。

僕は抱き上げた生暖かい猫をじっと見つめる。

「猫。即死だ首の骨が折れてる。少なくとも、苦しくはなかったんじゃないかな?」

「そっか」

そうして僕達は、一緒に猫を埋めた。

手を合わせて、心の中でごめんなさいをした。

いつまで経ってもこの気持ちはなくならない。


近場にあった水道で手を洗うけど、両手からは、血の匂いがなかなか消えなかった。仕方なかったし、諦める事にしよう。

それから僕達はいつも通りに戻って登校した。一颯が明るく話をしてくれて、僕が相槌を打つ。そんな日常だ。


8:30

「ヤバい!宿題やってくるの忘れた!」

「仕方ないなぁ、僕の見せてあげるよ」

「ありがとうー!歩夢!」

筋書き通り、一颯は宿題をやってなかったことを僕に伝える。それに予め予定しておいた返答をする。

おっと、危ない。僕はこれから来る衝撃に耐えれるようにまた、不自然に見えないよう身がまえた。

すると首が衝撃を受て、視界がぶれる。

「おい俺らにも見せろよ」

「あぶないだろうが!」

僕の首を必要以上の力で殴ってきたのが、いつも僕をいじめていた佐伯さえきだ。数人の取り巻きたちを引き連れている。そんな奴らに一颯が怒鳴る。

「いいよ」

けれど僕は一颯の間に立つように二つ返事で答えた。

ここで見せておかないと、休み時間に階段から落とされることになる。予定通りにことを進めるには余計なことはしないことが僕が学んだことだ。


3:10

下校途中、一颯と一緒にこの時間は公園でサッカーをする。

この時間だけが楽しい。

君だけは僕を殺さない。でも、油断はしない。

ボールを蹴り合いながら、僕達は話をした。

「なんで、あいつらに見せたんだよっ!」

一颯が不機嫌そうに言う。ボールもひねくれた軌道を描きながら僕の利き足じゃない方に飛んでくる。

「逆らったら余計面倒になるからだよっ!」

僕の蹴ったボールはすっぽりと一颯の足に納められた。

「けどさぁ、」

今度はへにゃりとしたボールがゆっくりと転がってくる。

「そんなに言うんだったら、もう宿題見せてあげないよっ!」

「げっ!それは勘弁!」

「ダメ。ちゃんとやりなよっと!」

じゃれるように僕達はボールを蹴り続けた。


4:00

「歩夢!お前昨日より強くなってないか!?コントロール上がってるだろ!」

「、、一颯といつも蹴ってるんだから、上手くなるでしょ?」

僕は誤魔化す。笑って言ったら、一颯はキラキラした顔でえへんと胸を張る。

「そりゃ、この俺が一緒なんだから!当たり前だな!」

調子がいいな、と思いながら、そんなことをおくびにださず、僕は笑顔だ。

「4時だし、そろそろ帰るよ」

「えーもうかよ?」

「早く帰らないと母さん達に怒られるでしょ?」

そうだ、早く帰らないと、

「ほら、行くよー」

一颯を引きずるようにして公園を出る。

公園にはブランコで遊んでいる家族連れの親子がいた。それを見て僕は、また、心の中でごめんなさいをした。


仕方がない。仕方がない。あの時間に帰らないと、僕達はバラバラにされちゃうんだから。


ずっとベンチで座っていた男の人に。


4:30

家には誰もいない。

父さんと母さんは、まだ会社にいる時間だ。

家にしっかり鍵をかけてチェーンもつける。

ボーッと玄関に座っていると、チャイムの音がした。

出ない。

もう1回、チャイムの音が響く。薄暗い家の中を不気味に飾り立てる。

出ない。

コンコンと、音がする。

扉をノックする音だ。

ドンドンドンドンドンと、音がする。

扉を殴る音がする。

しばらくして、音がやんだ。けど足音はしない。

まだ扉の前にいる。

なんだかしつこくて、しつこくて。

面倒になった僕はそのまま部屋に戻った。


11:30

この時間家族は全員眠っている。

いつも通りのご飯を食べて、お風呂に入った。

入浴剤すらラズベリーで、父さんはちょっと呆れていた。

二階に上がってベランダに出る。

そこは母さんが趣味で育てている小さな花畑がある。ラズベリーにブルベリー。ベリーの甘い匂いが充満しる。その中で鉢植えに入ったミントを手に取る。2階から下をのぞき込むと、マッチかライターか、日を持った怪しい人影を見つけた。

「前回の原因はあいつか」

そう、前回。

家中に煙が充満して。一酸化炭素中毒死だった。

せっかく終わると思ったのに!

せっかくおわれると思ったのに!

あいつのせいで!あいつのせいで!

手に持ったプランターをあいつ目掛けて落とす。

ガシャンと音がした。

プランターは、人影の真横に落下した。

それを見て、怖気付いたのか、走り去る音と共に、あいつはいなくなった。

「お前たちと違って、僕は殺さないよ」


11:55

お休みの時間。こんなに繰り返したのに、数える程しか入ったことがなかった布団の中。

やっと眠れる!明日が来る!終われる!

何回目かのまた明日。

君と交した夕焼けの公園の約束。

『また明日』の約束を守れる。


初めの7/31日。

その日僕の机の上に奇妙な手紙が置いてあった。

ミッション:今日を生き残れ

これが僕に課せられた呪だ。

たったそれだけ。それだけの事なのに僕はすり減ってすり減って。薄くなって。

怖くて痛くて寂しくて悲しくて死にたくなって生きたくて生きれなくて死ねなくて。

臆病だった僕は、いなくなった。

それも今日でおわれる。

ベットに潜り込んで、時計をじっと見る。

1分が長い。


11:56

1秒を数えるのももどかしい。

11:57

行けると思ったその時に廊下から嫌な音がした。

これまで学んできただろ。僕。分かってる。分かってた。最後の最後まで、油断なんてしちゃダメだって。

嫌な音は、着実に忍び寄る、足音。死の音。


11:58

扉に手をかけたやつは。しっかりと僕の前に立ち止まる。

動けず固まる僕の体に言い聞かせる。

逃げようこのままベランダから落ちれば骨折だけで済む。明日を迎えることが出来る。

明日になっても、やつが僕を殺すことには変わりない。もし、このまま明日になって殺されても、今日を僕は迎えることができるの?

ここまで来たら。笑えるね。笑えないよ。

ここまで来たら、何を感じる?

絶望?そんなのし飽きたよ。

恐怖?そんなの慣れたよ。

それは、臆病だった僕にはなかった勇気怒りだった。

死ぬ前に見る。僕を殺す誰かを。何度も刺された熱でお腹が熱い。身体中が熱い。でも見る。

布団から這い出す。驚いたような息遣いがする。

血が足りなくて目が霞む。

くそったれと、僕は力を振り絞る。

でも、子供は大人に叶わない。押さえつけられて。何度も刺される。目はもう潰された。

どんな些細な情報でもいい。相手の特徴を知りたかった。

次に勝つことができるように。

相手を掴む。こんなことじゃ分からない。

声なんて相手は出していない。

部屋に響くのは、僕の悲鳴だけ。

最後は残った嗅覚だけ。

それでも薄れた意識の中。

嗅ぎなれた匂いがした。


ラズベリーの甘い匂いが。



6:00


あさ、目が覚めると、また始まる今日に絶望しました。

どっちだ。どっちが僕を殺した?

ああ、大切だったのに。大事な宝物だったのに。

いくら歳を重ねてもこの一線だけは踏み外していなかった。

何百何千繰り返しても、超えてはならない境界線でうずくまってた。

これはおかしくなった僕の唯一の砦だった足枷だったのに。

それを、よりにもよって、家族に向けるのか。

でも、仕方ないよね。

今日僕は、自分の意思で足枷を足ごと切り捨てた。


「どっちかなんて、どうでもいいか」


8:05

ラズベリー。らずべりー。

甘い匂いがいいアクセント。

真っ赤な血潮は洗い流して、ラズベリーを被りました。

君はいない。今回は一緒にいたくなかった。

でも少し変えると変になる。

鬱陶しいあいついる。

絡んできて、面倒で、でも、いいことを思いついて。

いつも可哀想な猫の代わりになってもらった。

白が赤く染色された。

僕も赤くなっちゃったけど、とてもスッキリした。

でもこのままじゃ学校にいけないから、仕方なく家に戻った。

ふと目に入ったラベンダー畑。白いしっぽが目に付いた。


8:30

家中に、赤ん坊の鳴き声がする。

「うるさいなぁ」

赤ん坊をだっこした。なんでそんなことしたのか聞かれたら、そんな気分だったからだろう。


でも、しばらくしたら泣き止んだ。


真っ赤に濡れた僕に


小さい手を伸ばして笑った


気づけば涙がポロポロ落ちて


弟を、翔を抱きしめていた


2人っきりの家の中


終わりの見えない絶望の中


勇気をだして見た絶望


なんの解決もしていない


何も分からない


それでも決めた


僕はこの子と君と生き残ろう










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