第8話 ムレドラの街


 カウスが東に向かうのは、ムレドラの街に向かうため。

 深い森に接する街ムレドラは、国の北側の冒険者が集まる処で有名とか。

 とは言っても、全ての冒険者が稼げる訳ではない。森の奥深くまで行ける冒険者はそれほど多くはない。

 行ったきり消息不明な者も後を絶たない。

 実力が足りずに思うように稼げない者は、運び屋や、解体屋など副業をして食いつないでいる。

 運が良ければ一攫千金のチャンスが掴める、そんな甘い世界ではない。実力の伴わない者は容赦なくふるい落とされる。

 運がよければ怪我で済み、運にも見放された者は帰らぬ人となる。

 そんな過酷な現場であると、来た者でなければ分からない。話は都合の良い儲けの部分だけが広まっていくのが世の常だ。



「あれがムレドラの街か…… 」


 カウスがつぶやくように口にした街が近づいてくきます。

 私は、彼と組む事になりました。

 ギルドに徒党(パーティ)登録をしました。

 ラギャルドの街のギルドで、登録した時の雰囲気からそうするのが一番だと、職員の女性からも助言されたのもありました。でなければ下手くそな彼の口説き文句を受け入れることはないです。

 だからと言って特に親しくするなんて事もしませんが。

 飽くまでもビジネスパートナー。

 それ以上の期待をされては困ります。

 歳も3つも上なのだから、分別のある大人を示して貰おう。

 でないと困る。

 とにかく困る。

 困る、困る、困る。

 男同士なら別に今まで通り普通で居られたけれど、今、私は女の子だし、下手に打ち解けるのもどうかと思っている最中。

 男同士なら気楽で良かったのに。

 女同士でも何故かちょっと緊張するのは、元が男だからもあると思う。

 と言うか、元々、友達はとても少ない方でしたので。

 そもそも人との付き合い方は、あまり上手くないのが致命傷かと。

 だから、器用に立ち回れる人とか見ると憧れこそすれ、自分がそれにとって代わるなんて夢にも思いません。

 それは私には無理ですから、私は私の出来る範囲だけに留めておきます。

 それで良しと思ってきました。

 この爽やかな獣人族の青年が、キラキラと輝く笑顔を向けてくるたび、私の気持ちは暗く沈んでいくのです。

 どうこたえたるのが正解なのでしょう。

 可愛く見られたいとか、何かしら魂胆でもあるのなら、そうしたかもしれません。

 いや、だとしても出来る自信はないです。

 16年の間、異性と過ごしたのは、おじさんとか、かなり年上の人だけでした。

 こんなに若いの居なかった。

 なんか、カウスは気楽でいいなと思ったりもするのです。

 私はいつも、ドギマギしている。

 魔道士なんだから、杖を持つべきだと言われても、必要ないし、そんな無駄な買い物はしたくない。

 で、これだ。

 私は手に握る杖を見つめる。

 彼が私にプレゼントだと、途中の街で密かに買って来たものだ。

 お金、払えないから受け取れないと断ったら、 "お金はいい" とか、格好いい事言われてしまった。

 "いや、払います" と言うと、

 "いいから、ありがとうって可愛く笑顔で言え" と、注文つけてきた。

 なにかのまじないですか、それ? 

 ひょっとして、これ、口説いてますか?

 自意識過剰とか、言われるのも嫌なのでだまってますけど。

 間違っても "惚れてまうやろ" とは言いませんからね。

 わざとらしく、ニーッとした顔で "ありがとう" と言ったら、可愛げがないとか、減らず口をたたかれまして。

 へし折って返品してやっても構いませんが、そこまでするのも、大人げないかなと。

 なので、仕方なく荷物になるのに杖なんか持ってます。

 杖1本で釣れるほど安い女ではないので、残念ながら今日も無愛想です。

 そして、なんとか、森で稼げると評判の街まで辿りついたと言う次第です。


 乗り合い馬車は街の中へと進みます。

 ここへ来るまで街を3つ渡ってきました。

 カウスは、もっと南から来たそうで、旅慣れている感じでした。

 ムレドラの街に着いたのは既に夕方だったので、まずは宿屋を探します。

 露店で何か買って、そこのおばちゃんに聞くのが1番早くて確実だと、教えて貰った通りでした。

 ただ、この街は宿屋が多いらしく、女の子連れで利用するとなると、森から遠くて冒険者には不人気の宿になるそうです。

 遠いことくらいを気にするより、安全とかもっと大事なことを優先すべきなので、その宿屋に決定です。

 カウスは私に気を遣ってくれる。

 不埒な真似に及んだら、怪我は免れないと悟ったのかは、知らないけど。

 宿屋では別々の部屋をとった。

 いつもそうだ。

 当たり前でしょ。

 打ち合わせとか、用があれば食事のときに言えばいい。

 宿屋では冒険者らしき人は誰も見なかった。

 正直、私はホッとしている。

 杖を持った私が、剣を携えたカウスと歩いていると、たまに絡んで来る輩がいるからだ。

 意外にもそんなときでもカウスは頼りになる。

 一度は、力比べでケリをつけようと腕相撲をして、体格で上回る相手を負かした事もあった。

 獣人族故なのか、見た目に反して力はあるようだ。

 剣も鞘から抜いた剥き身を見せて貰った事もある。

 ちょっと大きいくらいに思っていたが、明らかに普通の両手剣より長くて幅もあった。

 ゲームの主人公にありがちが組み合わせ。

 実際は、あそこまで規格外の大きさではないですよ。

 現実でそんな滅茶苦茶な事は、起こり得ないから。

 その日は、大人しく宿屋で休んだ。

 翌朝、朝食を済ませると、一番にこの街の冒険者ギルドに向かいました。

 ギルドは、洒落にならないくらい混んでいた。

 雑多な冒険者がゴロゴロといた。

 男ばかりではない、女の姿も見る。

 黒いローブを頭から被り、顔も見えない風貌の人は、魔道士だろうか。

 〈魔眼〉で確認したら、やはり魔道士だった。

 エルフ族の男の人だった。

 ドワーフの人もいた。

 初めて見た。

 顔がデカい。

 背が小さい。

 これは間違いなくドワーフだ。

 髪のウエーブは天然なのでしょうか。

 ひょこひょこ歩く姿が愛らしい。

 可愛い。

 持って帰りたい。

 

「ーーて、なあ、聞いてんのか? 」


 私はぐいと腕を掴まれた。

 驚いて振り向くと、大柄な背の高い男と、痩せぎすなキツネ目の男に、私より少し大きい位の小太りな男の3人組だった。

 腕を掴んでいるのは小太りな男だ。


「兄貴が森に連れてってやるって、言ってんだ! 無視してんじゃねぇぞ! 」


「それとも、お家に帰りたくなったのか? 」


「ビビッて小便漏らしたりすんなよ、アハハハ…… 」


 私はキッと3人を睨みつけた。

 口々に私を面白おかしく、からかって笑っている。

 朝だし、少し顔を洗うのもいいかもしれないですね。

 

「朝から何やってんだい!? 」


 ふと、横から女の人の声がした。

 見るとビキニアーマーではないが、革の防具の上に金属製のブラと、パンツの形のプーレトが組み合わされている派手な防具を身につけた女性だった。

 長い髪は赤毛だが、陽の光によって紫色にも見える。

 勝ち気そうな顔は、この人の性格を表しているようにも見えた。


「おい、コラ、暇人3人組、聞こえてんのか? 」


 酷く柄の悪い言葉遣い。

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