第7話 カウス


「身分証がないと、乗れないよ、お嬢ちゃん 」


 困り顔の御者のおじさんに、そう言われました。

 翌朝、東の街へ行こうと、乗り合い馬車があることを知り、それに乗ろうとしたら止められてしまったのです。

 街から街への移動は自由ではなかった。

 商人とか、騎士、傭兵、冒険者、旅芸人、など移動出来る職は限られていた。あとは、特権階級の人たちとか。残念。

 商人なら、商業ギルド、傭兵なら傭兵ギルドなど、それぞれのギルドに所属している事を証明する身分証を提示しないといけないそうです。街によっては入口でいちいち確認しないと、入れない街もあるらしく。

 ここでは乗り合い馬車に乗る際には身分証の提示を求めるとなっているとのこと。

 そんな事は知らなかった。

 ここはお色気作戦発動とか。

 なんちゃって、残念ながら、そんな度胸を私は持ち合わせてません。

 馬車に乗るのを諦めました。

 この街で何かしらのギルドに登録しないと、街から出ることすら叶わないことが分かった。

 可哀そうな私。

 なんて、落ち込む素振りをしていたら、声をかけられました。


「君も東に行くのかい? 」


 あの青年です。

 昨夜の夕食で相席になった冒険者の人。


「身分証がないとだめって…… 」


「何の用で行くの? 」


「魔物、倒しに…… 」


「君も冒険者なのか? 」


  私は頷いた。


「なんで身分証がないんだ? 」


「登録してない…… 」


「ん、 登録してない? 」


 彼は豆鉄砲を食らったような顔をしました。

 少しして、立ち直ったのか、ガリガリと頭を搔きながら、"なら、ギルドで登録してきなよ" と言う。

 私がギルドの場所をきくと、額に手をやって難しい顔をしました。


「ついて来なよ、馬車、行っちゃったし…… 」


 振り向くと馬車は既に、いないかった。

 いつの間にか出発していました。

 彼があの馬車に乗るつもりだったなら、気の毒なことをしてしまった。

 彼の後ろを歩くのは、剣の鞘が左右に揺れて邪魔でした。

 冒険者のギルドは私の知らない道にありました。

 武装した男女が出入りしているので、すぐそれと分かった。

 何と言うか、私は素晴らしく場違いな処に来てしまった感がします。

 入口の扉には大きめのガラスが嵌めてあるので、お金がかかってくるいるのが分かります。

 彼について扉をくぐる。

 教会ほど広くはないが、長椅子が何列か置いてありました。

 その先に地方銀行のようなカウンターがあり、職員らしき人が座っています。その3人がこちらを見ていました。

 

「この娘が、登録したいって…… 」


 彼はカウンターの人にそう告げます。

 私に職員さんの視線が向けられました。


「あなた、幾つなの? 」


「15です…… 」


「そう、なら問題ないわね…… じゃ、これに名前、年、性別、種族、得意な武器とか攻撃手段を書いて…… 」


 手渡されたのはパピルスのような繊維の荒い紙。

 カウンターの端に羽根ペンが用意されているので、そこへ行って書けということらしい。

 彼についてそこへ移ります。

 人が書いてるのをじっと見てる彼をチラと見ました。


「銀貨3枚だからね 」


 登録にはお金もかかるらしい。

 

「………。」


 視線を反らす気がないようなので、仕方なく書き進めます。


「ま、魔族なのか? 」


 魔族は珍しいとか。

 人族にすれば良かっただろうか。

 判断に困ります。

 魔道士も魔法使い位にしとけば良かったかもしれませんね。

 後悔を残しつつ書き上げたパピルスを先程の職員へと持って行きました。


「ん、 ………んん? あなた、魔族なの? 」


 どうやら魔族はレアだったらしく。

 もしくは魔王の手下と思われてるとか。

 良からぬ妄想を膨らませていたら、職員が奥に来るようにと言ってきました。

 私、捕まってしまう?

 カウンターの端にある通路から奥へと案内されます。

 ついた先は、下が土で、木の壁に囲まれた学校の教室ほどの広さの部屋でした。


「あの的に何か魔法を放ってみせて 」


 後から他の職員も来ているのが見えました。

 いわゆる野次馬かな。

 仕事中だと思うけど。

 職員の女性が指さす先には木の板が土に突き刺してあります。

 上の方には炭で丸が描かれてる。

 魔法を放てと。

 これは何かしら審査されるのかと思い、必殺とは言わないまでも、見た目からして迫力ある "プラズマアイスランス" を放ってみせました。

 1mほどある氷の槍が頭上に浮かびます。

 プラズマ放電を纏った槍はジジジ……と、不気味な音をたてている逸品です。

 挙げた右手の手首だけ前へコテンと倒します。

 ボシュ!っと氷の槍は弾かれたように木の板へ突き刺ささるぅ。

 バーンッ!と板は粉々になり、後ろの壁にも穴が空いてしまいました。

 1〜2秒の時間差で建物の外から爆発音がしてきました。近所に何かあったのでしょうか。

 顔色を無くした職員が、私の顔を見てくる。

 

「あなた、一体、何をしたの? 」


「魔法を、放ちました……ケド 」


 "アレスさ〜ん、結界張ってあるんですよねぇ?" と野次馬に向かって職員は聞いているが、誰も首を振るばかりでこたえは返って来ない。


 女性職員は、街から移動したいがために登録だけする冒険者が後を絶たないから審査するようになったのだと、説明してくれました。

 魔道士の登録は少ないが、無いわけではないそう。魔族もこの辺りでは滅多に見ないが、国の西側ではそれ程珍しくもないと言う。

 私の魔法については特に言及しなかったが、身分証を作るのに少し時間がかかると言われたので、合格なのだと分かりました。


「なんか爆発しなかった? 」


 待合室にもどると、長椅子に座って待っていた例の青年が聞いてくる。

 私は "知らない" と首を振りました。

 

「身分証が出来るまで少しかかるって言うから、待つだけなら一人でも大丈夫たから…… 」


「いいよ、 待つよ、他の奴に取られるのはどうもね……」


 他の奴に? 

 見ると待合室にいる他の冒険者の視線を感じます。

 2人組の男達が下衆な笑みを浮かべて私を見ていました。

 近寄ってこそしないものの、なんか嫌な雰囲気。


「あの、 いてくれてもいいと思う 」


「分かればいいよ…… 」


 「メレメ、 俺はカウスだ、19になる剣士 」


 勝手に自己紹介をはじめる青年。

 カウス、年の割に童顔ですね。

 体は鍛えてあるようですが。

 

「獣人族だ…… 」


「え、 獣人族?」


 頭に耳も生えてないし、尻尾もない。

 モフモフのない獣人族なんて、なんと気の毒な。

 ひょっとして爬虫類系とか?

 普通に人にしか見えないけど。


「クオーターだからね、人族みたいだと、よく言われるよ メレメも角とか牙、生えてないんだ? 」


「魔族って、そんな人なの? 」


「いや、普通そうって、聞くけど? 」 


 魔族、魔王の手下説、濃厚です。

 トゲの生えた混紡とか振り回して桃太郎に成敗される系なのかも。

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