第6話 冒険者


「夕飯できた〜!」


 バンバンバンと鍋底を叩く音と共に男の叫ぶ声がしました。

 ゾロゾロと廊下を人が歩く音がします。

 続いてギシギシと階段を降りる音。

 宿の夕食が出来たらしいです。

 荷物は棚におこうかと思いましたが、木戸を閉めてベッドの敷毛布の下に隠しておきました。

 扉の鍵もちゃんと掛けました。

 子供騙しのような鍵ですが、ないよりはマシ。

 食堂に行くと席は既に埋まっていました。

 泊まり客だけでなく、食事だけの客もいるらしいです。

 私は、完全に出遅れたもよう。

 残念ながら、席が空くまで待っててと、あのタメ口娘に言われました。

 客層は商人の男の人や、街娘には見えない武装した女の人などが目につきます。

 仕方なく待ってると、後ろから視線を感じました。

 誰かいる気配が。

 たぶん、私のように出遅れたお客さんだろうと思い、知らぬふりをしました。

 しばらくしてやっと、空いた席に腰掛けます。

 見ると私の後ろに立っていたのは青年でした。

 彼は武装していました。

 騎士のおじさんとは違う革製を基本とした防具。騎士は金属製の防具なのでひと目で違うのが分かります。

 2人掛けのテーブルの反対側の人が食事を終え席を立つと、その青年が私は向かいに座りました。

 何故か料理は2人同時に運ばれてきました。

 

「きみ、この辺の娘なの? 」


「………。」


 いきなり話かけられます。

 私は料理を口に運ぶ青年の顔をじっと見ました。

 この辺の娘が宿屋に泊まる訳がないと思う。

 実際、この辺の娘なのだけど。


「あなたは? 」


 こたえる代わりに聞いてみました。


「南の街から来た、もう少し東に行けば仕事が沢山あるからね 」


「仕事? 」


「見て分かるだろ、冒険者だよ 」


「冒険者? 」


「知らないのかい? 」


「………。」


 私は黙って首を振る。

 また聞いてみました。


「仕事って? 」


「魔物を狩るのさ、 いい金になる 」


「魔物って? 」


「フォレストウルフや、クローベアー、ボアにファイヤーバックなんかもいる深い森があるらしいよ 」


 話をまとめると、冒険者と言う職業は、森に行って魔物を狩る仕事らしいです。

 それでは、まんまラノベの世界ではないか。

 剣と魔法がある時点で薄々感じてはいたが、現実となると、驚きにも実感が伴います。

 そんな世界に小娘が独りで生きていくのだから、そりゃ心配されて当然。

 自分でも心配になります。

 けど、私には魔法がある。

 心配は3割引ぐらいには、なりそうですね。

 

「髪、きれいだね 」


「え? 」


 何をいきなり。

 私の髪は光の加減で金髪にも見える薄い茶髪です。金髪だったらいいのに、そう何度思ったことか。

 褒められたのは初めてでした。

 肩にかかる程度には伸ばしてます。

 首の後ろが暑くなると、ポニーテールにしたり、してました。

 

「………。」


 おかげで料理の味など覚えていません。

 ドキドキしながら料理を口に押し込むと、すぐに席を立って部屋に戻りました。

 あれはきっと、あれだ。

 誰にでもああ言う人種。

 もしくは、恋愛詐欺師とかに決まってます。

 単なる営業、単なる営業。

 人が金にしか見えない連中です。

 取り敢えず無視しよう。

 避けて避けて避けまくろう。

 私は部屋を出て湯浴み場へと向かいました。

 ここも凄く混んでます。

 入るのやめようかと思うほどに。

 少し待っていれば空くだろうと思っていたら、全然、そうはなりません。

 湿気に混じって生臭い人の体臭が鼻について堪りません。

 時間が、もったいない気がしてきます。

 気持ち空いたかと思ったので、勇気を出して入ってみました。

 脱衣所には脱いだ服を入れるカゴが棚に置いてあるります。

 空いてるカゴが一つもない。

 洗い場は推して知るべしと言ったところ。

 諦めて部屋に戻りました。

 木戸を開けて夕焼けに染まった空を眺めます。

 日没直前の空は見る見る間に色を失い暗くなっていきました。

 もっと東に行くと森は深くなるとは知りませんでした。

 深くなれば、色々な魔物が出てくるのも道理。

 お金になるなら。

 青年の言葉が耳に残っていました。

 お金になるなら魔物を狩って、ひと稼ぎするのも悪くないかな。

 このまま宿屋住まいだといずれ金は底をつくのは明白です。

 その前に仕事を見つけないと大変なのは分っています。

 何処かの商人や大きな屋敷の護衛にでもなれないかと思っていましたが、魔物を狩ってお金になるなら、冒険者でもいいかなと思いはじめていました。

 例えば、護衛なら雇い主が嫌な奴だったら、地獄にしかなりません。冒険者なら個人事業主みたいなものですし。労働を搾取されるなんて事もないでしょう。

 騎士のおじさんに習った剣術もあるし、魔法で倒せない魔物と言ったら、ドラゴンとか、ベヒモスとか位でしょうか。やってみないと分からないけど、それ用の魔法を作っておけば、意外とすんなり倒せたりしないでしょうかね。

 ドラゴンは飛ぶから始末が悪いです。

 "舞空術" の魔法は作ってみたけど、酷く燃費が悪かったです。慣れないからかと思いましたが、元々空を飛ぶのは魔力をかなり使わないと難しいようです。

 それに人に見られたら、一発で賢者認定まっしぐらですしね。

 大賢者の弟子とか言われ続けるのは本意ではありません。

 私は一魔道士ぐらいでいいと、思ってます。

 そろそろ、湯浴み場も空いたかな。

 行ってみようと思います。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る