第5話 家を出る
大賢者マテリエーヌを尋ねて使者が頻繁に来るようになりました。何度も来るうちに、"留守です" 、 "居ません" では帰らなくなってしまったのです。一緒に来た護衛の騎士に、暇なら剣を教えてほしいと頼んだら、意外にも応じてくれました。
使者は大賢者が帰宅するまで待つと言って譲りません。
食費も2人分払って貰い、私が料理して提供しました。寝るところは床に寝袋でもいいと言うので、放っておきましたが、トイレと3日に1度は湯浴みしたいと言うので、水汲みを手伝って貰いました。
奇妙な共同生活は、ひと月ほど続きました。
たったひと月では、剣の腕も期待できるものではないでしょう。
普通はそう。
身体能力を強化する魔法を作り、それを使うと、騎士との打ち合いも互角になるまで上達しました。いずれ気配を察知する魔法も必要かもしれません。
足の運び、体重移動を素早く見切って先を読むのだと極意のような事まで教えてくれました。
彼は所属する機関でも新人の教育係もする立ち場らしく、私にも見込みがあるからと入団を勧めてきました。
きっかり、ひと月経った日、彼等は引き揚げると言い出しました。そもそもが、仕事で来ていたのだから仕方がありません。
大賢者に何の用があったのか知りませんが、結局、会えず終いでした。
行き違いで大賢者様がお戻りの際は帝都の王様がお会いしたい旨、言っていたと伝えて欲しいと言い残して行きました。
まず帰っては来ないだろうけど、気持ちよく承っておきました。
そして、魔法の練習を再開します。
攻撃の手段は増えるものの防御となると、ウォール1択となるのはなんとも寂しい限りです。
水魔法は基本が液体だから、防御はいけないかと思ったものの、火は液体ですらない気体。
水は冷やせば個体にもなるし、霧状の気体にもなります。
私は閃きました。
伊達に前世の記憶を持っている訳では無いのよね、諸君。
戦車が撤退の際にスモークを張って追撃を避けるように "ミスト" で、瞬時に霧を発生させ視界を奪う魔法を考案しました。
実際に試してみたところ、効果は上々。
固体化させる "アイスウォール" もなんとか出来ました。温度を下げるイメージの定着にまだムラがあるようで、固まりきらない部分が一部あったりしますが、概ね成功と言えると思います。
"ボール" も "ランス" も "ウォール" なども基本的なアイス魔法を練習して、凍らせる水魔法の鍛錬を繰り返しました。
ウォールなんて大きな物にしなくても盾サイズにして、浮遊させるなんて3重魔法に挑戦します。
形にはなるものの、動きが緩慢だったり残念な点はありました。けどそれは今後の課題としてクリアを目指します。
空から氷の槍を降らせたり、何もない地面から氷の槍が生えてくるとか、氷の槍はとても便利です。
金貨が残り2枚になったのは、一年近く経った頃でした。
私はようやく家から出て、働きに行く事にしま
した。
戸締まりを確認して、魔導書や魔道具など大事な物は "収納鞄" に入れて持って行く事にしました。
これが残っていたのはラッキーでした。
長い間、空けていたら悪い人が忍び込んで、自分のものにしてしまうなんて事も考えられます。
嫌な魔女の思い出もあるこの家。
ここが、私の家だと言い張るつもりもありませんが。
だって、あの魔女が帰って来ないとは断言出来ないのですから。
一旦逃げて、ほとぼりが冷めた頃戻ってくるなんてパターンも往々にしてあり得る話です。
今は、二度と顔も見たくない。
復讐できる力がついたら、また会ってもいいと思うかもしれません。いつかは面と向かって "あなたは、最低の母親だった" と言ってやりたいところですが、まだまだ先になるでしょうね。
たぶん、きっと、さよならになると思う。
今までありがとう。
私は外に出ると、荷物を手にお家に向かってお辞儀をしました。
お金が無くなってすぐに戻ってくるなんて格好悪いことには、ならないと思うけど、それでも逃げ帰る場所があると言うのは心強いです。
振り返らずに石段を降りていきます。
宿屋は幾らで泊めてくれるのでしょう。
場合によっては食事抜きでも我慢しないといけないかも。
騎士のおじさんは帝都まで来れば団に入れてくれると言っていたし、おじさんを頼ってもいいかもしれません。
川に掛けられた丸太の橋を渡り、森の端をかすめて、草原に出ました。
少し先に街並が見えます。
ああ、やっていけるでしょうか。
パン屋のおばさんに宿屋の場所を聞いてみましょう。
雑貨屋のおじさんはダメ。
視線に穢が感じられるから。
私がこの街で、立ち寄る所は決まっています。
用事のある所しか寄らないし、道草してる余裕など全くなかった。
帰ったら、あれやらなくちゃ、これやらなくちゃと、予定がいつも詰まっていたから、余計な事に興味を持つなんて考えられませんでした。
そして、今、時間に余裕があるどころか、何処へ行く宛すらない状態で街に来てしまったのです。
道は間違えようがない、いつものルート。
知っているただ1つの道順。
パン屋の建物が見えてきました。
知らないうちに早足に、なっていたかもしれません。
「おばさん! 」
「あら、メレメちゃん、どうしたんだい、こんな時間に? 」
近所のおばさんと立ち話をしていたパン屋のおばさんに駆け寄ります。
確かにこんな時間にパン屋に来たことなどありませんでした。
時間はお昼過ぎ辺りになるてしょうか。
いつもならパン屋はもっと早い時間に廻っていましたし。
「街に出ようかと思って…… 」
「ん、 メレメちゃん独りでかい? 」
「はい、そのつもりです…… 」
いつもなら持っている買い物カゴではなくて、今日は見慣れない革製の鞄です。
服は替えを持ってないのもありますが、いつもの黒のワンピース。
「そういや成人の儀は済んだんだっけね、それなら、街に出たがるのも無理ないかも知れないねぇ…… けど、気をつけるんだよ、若い娘が独りで街を歩いてたら、あっという間に盛りのついた男共に、連れてかれちまうんだからね…… 」
宿屋の場所を聞いたら、独りで泊まるなら安宿はやめて、高くても安心できる所にしなさいと、高い方の宿屋を勧められました。
懐具合が心許ないのに余計な出費は控えたいですが、身の安全には代え難いです。
教えて貰った道を行くと、宿屋の看板の掛かった建物に辿り着きました。
「いらっしゃい、 泊まりかい? それとも食事とか? 」
店番は若い娘がしていました。
Z世代なのか初見でいきなりタメ口です。
こちらを客と思っているのでしょうか。
「あの、ええと…… 泊まりだと幾らになりますか? 」
「小銀貨3枚ね、朝夕2食つきだけど 」
思ったよりは高くなかった。三千円ならネカフェ並みですね。
先払いとのこと。
支払いを済ませると部屋へと案内されました。
部屋は2階だそう。
建付けの悪い扉は引き戸タイプでガタガタと暴れながら開きます。
部屋を見て思いました。
せまい。
「トイレ、湯浴み場は1階にあるから、食事も1階の食堂ね 鍵はなくしたら大銀貨5枚かかるから気をつけて、じゃ…… 」
ドンと扉を閉めて立ち去る宿屋の娘。
まさか雇われている訳ではないでしょうね。
だとしたら、よほどの人手不足とお察しします。
私は荷物を置いて、ベッドに腰掛けました。
部屋にはベッドと壁に設えられた棚、その下は同じように、壁に板を留めただけの机、そして丸椅子が一つ。
照明は蝋燭らしいです。
蝋燭立てが壁から生えていました。
窓はガラスなんて嵌めてなくて、木戸を開けただけでした。
今まで、住んでた家がかなり贅沢な作りだったのかもと思えてきます。
いびつでしたがガラス窓でしたし、照明も魔道具でした。
持ち運び出来る照明は持ってきていますが、持ち出すつもりはありません。
お金が足りなくなった時には売って食いつなぐ都合かあるから、大事な商品だと思ってるので。
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