第3話 独りで生きる


 魔女の書斎を家探やさがしすると、金貨が5枚、銀貨の大きいのが8枚、小さいのが5枚、銅貨の大きいのが3枚、小さいのが9枚ありました。

 食費だけに充てるとして、1日おきにする買い物がいつも約小銀貨8枚くらい。

 この国だけなのか知らないが、貨幣の仕組みはとても単純。

 安い方から

 小銅貨(10円)が10枚で大銅貨1枚分(100円)、

 大銅貨10枚で小銀貨1枚分(千円)、

 小銀貨10枚で大銀貨1枚分(1万円)、

 大銀貨10枚で金貨1枚分(十万円)、となる。

 小銅貨が10円位の感覚でいるので、2人が2日過ごすのに8.000円は高いと思うが、魔女が飲む紅茶の茶葉が1番高くて、それだけで小銀貨4枚もする贅沢品だから仕方がありません。生肉も、必ず買うし、どちらかと言えば食生活は贅沢寄りだったのかもしれません。

 1人だから紅茶もたまにしか飲まないし、小銀貨5枚で4日過ごせるとして、40日で大銀貨5枚、400日で金貨5枚必要になる計算。

 食費だけで1年ちょいしか保たない額でした。

 これは不味い。

 働かないとダメダメ。

 この家に住み続ければ、食費だけで済みますが、ここから何処か働きに行くのは無理でしょう。

 街に移り住むと、今度は食費だけでなく家賃の問題がでてきます。

 仕事が見つかり収入が安定すればそれもいいでしょうけど。

 何の仕事をするかにもよります。

 真っ先に思いついたのはパン屋さん。

 いつも行くあのパン屋さんは、おじさん、おばさん、息子さんの3人。家族経営でやってる位だから、雇って貰うのは厳しいかもしれない。

 息子の嫁になるなら拒まれることはないだろうけど、それは私の方から願い下げ。

 オドオドして人に顔も向けられない男なんて魅力の欠片も感じられない。

 しかも結婚するとなると、男と行為に至る訳で……。そんなこと、想像するだけでも嫌でした。

 私は前世は男。

 30代で死んだものの、今はその延長で生きているようなつもりでいます。

 この世界では赤ん坊から育ったものの、生みの親の記憶はありません。魔女が私の世話をするようになった頃には、おしめも取れて喋れるようになっていました。だから彼女に拾われた恩を感じて今までずっと生きていましたが、それが本当の母親だと知って、落胆と言うか、およそ普通の親子の接し方には遠く及ばない生活に、言葉に尽くしきれない残念な気持ちが私を支配していました。

 師匠と弟子が実は親子でした。

 言葉にするととても簡単。

 ロボットみたく、それで割り切れるほど感情は簡単に切り替わってはくれません。

 なぜ、6歳から水汲みさせる親がいるでしょうか。食事の用意もさせ、洗濯、掃除もさせる母親がどこにいると言うのだろう。

 仕事で、忙しいとかならまだ分かります。

 シングルマザーは大変だと頭では理解しているつもりです。

 しかし、書斎で紅茶を啜って優雅に読書している魔女の姿を私は何度も見ています。

 何度も何度も同じ感情が沸き起こり、その度に涙が溢れました。

 いつまでも魔女の思い出があるこの家に居るのは嫌。家の中にある物を全て売って、この家から出て行こうとも思いました。

 金を使い果たしたら、その後はどうする?

 実際に1番金になりそうな魔道具のリストを作り、更に魔女の本棚にあった魔導書もと思って内容に、目を通しているときでした。

 気がついた。

 私も魔女。

 魔法で生きていくのが、1番手っ取り早いのではないかと。

 そもそも大賢者と世間を欺く魔女、その弟子だったわけですし。

 成人するまで魔法を使う事が禁じられてきましたが、もう私を止める者も、理由も何もなくなりました。

 そう思い、今まで書き溜めていた私なりにアレンジした魔法を実際に試してみました。

 まずは、火魔法のファイヤースネークフレア改。

 これは魔女が好む火魔法の中でも初歩的なもので、一般的なファイヤーフレアの魔法に恐怖的なエッセンスを付け足したファイヤースネークが這い回り、火の手が見る見る間に広がっていくと言うもの。

 私がこの魔法について改良したのは主に魔力の使い方です。ファイヤーフレアにファイヤーランスを付け足して、更に動きを演出する為に、ランス(槍)をクネクネと這い回るよう術式を無駄に追加していました。

 演出なのだから、フレアの魔法上で、火力の調整のみで、蛇がはいまわるような演出が可能だろうと、試みたりして。

 論より証拠。

 実際に放って見るのが、一番。


「火の精霊よ、ここに…… 」


 呪文を唱えはじめて、私は気づきました。

 "魔女は血で唱えるから呪文なんて口にしないのよ、お前は人族だから、いちいち念仏を唱えなきゃ出来ないでしょうけどね" と、憎らしげに言う魔女の顔が脳裏に浮かびました。

 私も魔女。

 念仏なんか唱えずにやってやる。

 頭の中だけで詠唱しました。

 そして魔法は、発動します。

 目の前の草原に丸く炎の池が現れた。

 池の中で蠢く一筋のうなぎのようなものが見える。蛇には似ても似つかないものでした。

 そもそも炎が薄く、火力が絶対的に弱かった。

 魔女の放った魔法と比べると、かなり見劣りすると言わざるを得ない。

 これは、おかしい。

 私は首をひねった。

 

 〈魔眼〉、魔族なら誰でも持っていると言われる便利なスキルです。

 鑑定、透視、暗視、遠視、威圧、魅了と、目を使うスキルのお得パックのようなもの。

 人族と信じこまされていた私は、一度も使った事はありませんでした。

 そう、自分を鑑定すれば、すぐに魔女だと分かってしまうから。

 だから人族だと思わせて……。

 また涙が出そうになるのを堪えます。

 そして私は自分を鑑定した。

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