第2話 人生最高にして最大の裏切り




「おはようございます 」


 元気よくパン屋のおばさんに挨拶しました。

 傷まないパンから買うのがいつものパターンです。

 今日は成人の儀もありますから、おばさんに買い物かごも預かって貰うことにしました。

 特製パンとはリンゴパイのことでした。

 丸丸1個くれるそうです。

 こんなに沢山、食べきれないと、せめて半分にしてくださいとお願いしたのですが、お祝いだからと、1個丸ごと持って帰るよう言われてしまいました。

 あの性悪変態魔女に食べられてしまいそうで気がすすみませんが、おばさんの気持ちを汲んで言われた通りにします。

 その足で教会に向かいました。

 この街はラギャルドの街と言うそうです。

 地方都市と呼ぶのもおこがましい程の辺境の地ですが、そこそこ人も居るようです。

 今年、私と同じ15歳になる子が、私を含めてざっと20名ほどいるでしょうか。その子達が教会の前で成人の儀がはじまるのを今や遅しと待っていました。

 私はその端っこのほうに加わりました。

 万年着ている黒のワンピースは、地味さで言ったらピカイチなのですが、こういった場には不似合いと言わざるを得ません。

 田舎者の中でも特に田舎臭い格好をしているのは誰でもない、この私です。田舎者の名を欲しいままにしていると言っても過言ではないでしょう。

 そんな田舎者の待つ教会の扉が静かに開いて、司祭様が直々にお出ましになられました。


「今年、めでたく成人の儀に参加する若者は、これで全部かな? 」


 ナイスミドルな雰囲気を漂わせた司祭様は、笑顔のあとの流し目も様になっておいでです。

 隅に置けないお方とお見受けしました。

 ペコペコと米つきバッタのような青年神官と、ムスッとして気の効かなそうな年増のシスターに案内され、私達は教会の中へと招かれるのでした。

 このシスター、司祭様目当てで入信したものの邪険に扱われ、青年神官で鬱憤を晴らしているのではと邪推しながら、司祭様の有り難いお話を聞き流していてました。

 このような辺境の地にある教会は、どちらかと言えば左遷され、島流しにあったような人が来る場所ではないでしょうか。

 やはり司祭様は女関係で失敗して、帝都の教会本部から左遷され、ここでくすぶっておいでなのでしょう。ときおり見せる寂しげな笑顔が切なすぎます。マダムキラーの腕は落ちちゃいないぜと、空元気を言う姿が悲しいよ、と思ってしまうのは何故でしょう。

 お話が終わると、次は順番に個室に呼ばれて、加護や、能力スキルを診て貰えるようです。

 私は、なかなか呼ばれないと思ったら、結局、一番最後でした。

 名前の順なのか出席番号順なのか、知りませんが、待ちくたびれてしまいました。


「メレメくん、君で最後だね…… 」


 何故か司祭様が疲れた顔をしています。

 テーブル上にはスイカ位はありそうな大きな水晶玉が用意してありました。

 それの上に手を載せるよう言われて、司祭様が何か呪文を唱えると、水晶玉の中に何かが浮かび上がって来るのが見えました。

 

「んっ!?」


 メレメ・ジュン・レデバン ♀

 15歳 魔族(⊗≯ψΩδ)

体力:504/505 魔力:1380/1380

加護:ーーー

能力:魔眼、ξ⊄ψμω、ΔΠεΚ、σαψ≮Λδ、

魔法:ーーー


「ほう、君は魔族だったのかい? しかもあの大賢者様の娘さんとは…… 」 


ーーーあの、糞魔女めぇぇ!!!!


 私は引きつった笑顔を返すのが、精一杯でした。

 私は魔族だった。

 魔女に違いない。

 あの魔女と同じ姓だった。

 私は、あの魔女の娘だった。

 今の今まで、騙されていた。

 何が賢者の卵だ。

 魔女だったら、あの嘘つき女と同じ魔法が放てるに違いない。

 実の子をよくもあんなに酷い目に合わせていられたものだ。

 しかも、あんな事までして……。

 久々に頭に血が上る思いでした。

 どこをどうして教会から出てきたのか覚えていません。

 パン屋のおばさんからカゴを受け取って、礼を言いました。

 買い物中も怒りで半分、上の空。

 早足で街を出て草原を突っ切って森の端を横切り、川を渡り山道を登って150段の石段を駆け上がり、魔女の家に向かいます。


「お師匠様〜!」


 試しにいつもの通り呼んでみました。

 返事はなし。

 ダン、ダンと足音を踏み鳴らし、書斎に行ってみました。

 しかし、そこにも魔女の姿はなかった。

 浴室にも、トイレにも、裏の研究室にも、何処にも魔女の姿はありませんでした。

 

「魔女〜! どこよ〜! 」


 一番嫌がる呼び方でよぶ。

 しかし、返事は何処からもきこえて来ない。

 家の裏手も見たが、居なかった。

 結局、魔女は家には居なかった。

 そして、私は一通の手紙を見つけました。

 魔女の字で綴られていました。

 "愛する我が娘へ" と題して書かれていたのは、今までの処遇に対しての、言い訳じみた言葉が並べてあり、そして最後に、これが魔女のやり方だからと開き直りともとれる一文で締め括られていました。


ーーーキィィィ!!!


 きっと私は怖い顔をしていたに違いありません。

 これから、どうするとか、何処へ行くとか、何も記されてない。

 私はこれからどうすればいい? 

 今日、初めて自分が魔女だと知って、これからわたしは、……わたしはどうしたらいいの?

 涙がポロポロと頬を伝い流れていました。

 それから私は、泣き続けていました。

 魔女への怒りでどうにかなりそうでした。

 これからどうすべきか不安もあった。

 泣いて泣いて、感情がグチャグチャになって、それでも広くない家の中を彷徨い続けていました。

 そしてそして、いつの間にか眠っていました。

 屋根裏にある自分のベッドに着替えもせずに突っ伏して。

 朝、起きてしたことは、何時もと変りませんでした。

 習慣とは恐ろしい。

 2人分の食事を用意しようとしている自分に気が付き、途中で手を止めます。

 食材を無駄にしてしまう前で良かった。

 パン屋のおばさんに貰ったリンゴパイで済ませればいいと思いつきました。

 スープはそのまま作って、リンゴパイとスープの朝食を、一人で食べました。

 甘いパイは美味しかった。

 パン屋の娘だったら、良かったのに。

 そう思ったらまた涙が溢れてきた。

 きっと魔女は逃げたに違いない。

 そうだ、お金!

 今の今のまで、私はお金を稼いだ事がありません。

 全部、魔女が出していたから。

 それを貰って買い物をしてきました。

 魔女がいなくなったら、誰が金をくれるというのでしょうか。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る