第19話 残業②

『あのね、その時に修斗くんにオススメしてもらった髪型がこれなんだよ?』

 恥ずかしそうな表情を浮かべる乃々花に対し、修斗はパチパチとまばたきを続けていた。

 見繕った髪型を今も崩していないと言うことは、その髪型を気に入ってくれたということ。

 嬉しい感情に包まれる一方、ますますわからなくなってしまうのだ。素っ気なくされる理由に。


「……」

「……」

 無言の時間が作られるも、修斗の表情には言いたいことがしっかりと現れていた。

 乃々花はそこを汲み取り、口を開くのだ。


「え、えっと、修斗くんは今までのこと、怒ってるよね……? あなたにだけ冷たくしちゃったこと……」

「あ、ああ……」

 今、しっかりと耳に入れた。自白の言葉を。

(やっぱり勘違いじゃなかった……)と心の中でつけ加える。


「ま、まあなんと言いますか、怒るよりも疑問の方が強かったです。おっしゃる通り、自分にだけ違う態度でしたので、乃々花さんになにかしてしまったんじゃないかと」

「ううんっ、修斗くんはなにもしてないよっ! 悪いのは全部わたしなの!!」

「え?」

 なにも悪いことをしていないのに冷たくされてしまう。今まで答えが見つからなかったのも当然の理由である。


「一応言い分はわかりました。でも、どうしてそうなってしまったのか教えてほしいです。カットの手を動かしながらで大丈夫ですので」

「っ、そ、そうだね。うん」

 今は残業と言う名の練習中。作業を優先させるのは当たり前。

 この貴重な時間を弁明に割くだけに使うのはもったいないこと。

 言葉や態度に圧がかからないように意識して促すと、乃々花はカットを再開させて話を戻した。


「あ、あのね……。言い訳になっちゃうけど、信じてもらえないかもしれないけど、いきなりになるけど……」

「は、はい」

 三つの保険を立てた長い前置き。サラッと言われない本題に生唾を飲み込んだ時、彼女は言った。


「わ、わたし……うん。修斗くんのこと、とても尊敬してます、です」

「……」

「そ、尊敬してるのっ!」

「…………へ!?」

 情報処理に時間がかかったのも仕方がない。それだけ衝撃的な言葉だったのだ。 


「う、嘘なんかじゃないよっ! 初めて施術せじゅつしてもらって、努力の跡って言うのかな? そんなのを感じて敵わないなって思って……。特に修斗くんは最年少でもあって、わたしの年下でもあるから!」

 あわあわしながら器用にカットを続けている乃々花だが、鏡にはピンク色に染まった頬がしっかりと映っている。


「こ、これはわたしの恥ずかしい話になるけど、修斗くんにカットしてもらった後、すぐに支店に寄ってみんなに自慢しちゃったくらいで……」

「そ、そうだったんですか……」

 予想外の言葉に呆気に取られてしまう。こちらまで恥ずかしさに襲われてしまう。


「そ、そんなこともあって、尊敬する美容師さんがいきなり支店に配属されることになって、どう接すればいいかわからなくて……。で、でもかっこいいところを見せたかったり、頼り甲斐のあるところを見せようとして……迷走してしまいました。店長にもさっき怒られてしまいました」

 先輩らしくない言葉遣いで全て教えてくれた。

 信じてもらうために説明に一生懸命になっているのは、セリフ回しや表情からもわかること。


「あ、あはは……。だから最初にハサミが震えていたんですか?」

「う、うん……。尊敬している美容師さんに練習を見てもらうのは本当に貴重なことだし、褒めてもらうチャンスでもあるから……」

「まさかそんな風に思っていただけてたなんて思ってなかったです……」

 次々に点と点が線で繋がっていく。胸の支えがスッと取れていく。


「わ、わたしは全部バレているかと思ってた……よ? オーナーさんは全部知っているから」

「そうなんですか!?」

「うん。支店で自慢してるところをあの店長に通報されちゃったから……」

「『連絡』じゃなくて『通報』って言い方が気になりますが」

「わたしの気持ち的には通報だよ」

 乃々花が不満げな声を出す。朱色になった顔のまま、当時を思い出したようにジト目になる。

 この表情のままカットのペースを落とすこともなく、タブレットに表示している参考画像を見ながら手を動かし続けている。驚くほどの器用さである。


「自慢しちゃったわたしが原因だけど、無許可でオーナーにバラされたんだよ? 穴があったら絶対入ってたよ」

「そんな出来事があったんですね……」

 修斗にとっては初耳な情報。


「でもよくわかりましたね? 連絡をされてしまったこと」

「オーナー直々にメールがきたの」

「えっ!?」

「ふふ、わたしも同じ反応をしたよ」

 オーナーはスタッフ全員の連絡先を持っているが、メールを送る場合は業務連絡のみ。個人的なメールを送ることはないに等しい。


「いただいたメールの内容は今でも覚えてて……。わたしが自慢してたことへの感謝と、応援。あとは修斗くんが天狗にならないように内緒にさせてもらうってことだった」

「あー。そうですか。父さんが言いそうなことです」

 長年関わっているだけに簡単に想像ができてしまう。

 そして全てが繋がった。


 夜中にした父親との電話で、乃々花についての相談した時、

『ハハハッ! やっぱりあの子か!』

『その子のことなら心配しなくていい。お前が悪い、、、、、だけだ』

 上機嫌にこう言っていたことを。

 支店で自慢していたスタッフだと知れば、断言するのも納得できる。


『まあ、解決するのも時間の問題だろう。人間ってのは適応できないこともなかなかにあるもんだ』

 乃々花をフォローしていたのも、意味深な言葉を残していたことも、連絡の件があれば当然である。

 一人、小さく頷いて納得していると彼女が話しかけてきた。

 今度は鏡越しではなく、ちゃんと目線を合わせて。


「えっと、話が長くなっちゃったんだけど、誤解は解けたかな……?」

 ハサミを止め、白い首を傾けながらおずおずと聞いてくる乃々花。


「はい、おかげさまで。言いにくいお話までさせてしまってすみません」

「ううん、わたしが撒いた種だから……。それよりも本当にごめんね。謝って許されることじゃないかも……だけど」

「いえいえ、もう気にしないでください」

 修斗にとって悩みが全て解決した瞬間で、片手を振りながら笑顔で答える。

 乃々花について詳しく知れたのは間違いなかった。


 それからの残業時間は今までにない明るい雰囲気で、普段通りになった彼女にアドバイスをしたり、二人で考えながら充実した時間を過ごすのだった。


 そして、夜遅い残業後を迎える——。

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