第37話 恋人になって初めての夜

 夕飯を食べてしばらくした後、部屋の明かりを消して寝ることにした。

いつもは咲とメリーの間に挟まれて息苦しい思いをしていた俺だったが、今日は咲は俺のベットに潜り込んでいない。

 多分、俺とメリーに気を使ったのだろう。

一応聞いてはみたけど、どうしても今日は床で寝ると意地を張って言っていた。

だから今、咲は床に敷いた布団で寝ている。


『ゆーまくん』


「ん、どうした?」


 寝るというのを知らないメリーは、俺の耳元で俺の名前を呼んだ。

咲の様子を見ていた俺は呼ばれ、寝転がって振り向いた。

まあ当然だけど、いきなりメリーの顔が眼の前に現れるわけで……。


「『あ……』」


 つい見つめ合う状態になってしまった。

完全に思考が止まってしまった俺は、じっとメリーを見つめる。

多分彼女も同じ状態になっているのか、俺のことをじっと見つめてくる。


『ゆ、ゆーまくん……。そ、そんなに見つめないで……ください……』


「――――! ご、ごめん!」


 恥ずかしがるメリーを見てはっと我に返った俺は、メリーとは反対側に体を向けた。

あんな顔、直視出来る訳がない!


『ま、待ってください。やっぱりメリーはもっとゆーまくんの顔が見たいです』


 俺の体を抱きしめるメリーの感触が伝わる。

幽霊化しているのに、なんで感触は分かるんだろうな?

 俺はメリーに言われた通り、また体をメリーに向けた。

彼女は俺が振り向こうとしたと同時に、俺から腕を離した。

そして、俺の眼の前にメリーの顔が映る。


『はい、好きなだけメリーを見てください! さっきみたいに恥ずかしくなってもですよ?』


「あ、はい。ありがとうございます……」


 何で誇らしげに言った?

何故か自慢げに言うメリーのことがよく分からず、とりあえずメリーの顔を見た。


『ゆーまくん、今更なのかもしれないですけど――――本当に、本当にメリーとお付き合いしても良かったんですか?』


「ああ、それで良いんだ。俺はメリーのこと好きだ」


『本当に、ですか?』


「ああ、本当だ」


 そこで納得してくれると思ったらそうじゃなかった。

メリーは少しだけ考え事をすると、すぐに口を開いた。


『じゃ、じゃあゆーまくんに聞きますけど……。メリーのことを好きになった理由はなんですか?』


「えっ!?」


 思わず大声を出してしまった……!

すぐに口を塞いだから大丈夫だとは思うけど……。

 メリーのことが好きになった理由、か。

まあいっぱいあるけど、一番の理由はこれだな。


「メリーは見た目が良くてスタイルも良い。それもあるけど……」


『あるけど……?』


「一番の理由は、メリーがいるとすごい楽しいからだな」


『メリーがいると楽しい、ですか?』


「ああ。もちろん小さい頃から咲はいたけどさ、咲だって習い事とか家の用事があったりするから俺の家に来ない時だってある。だから毎日遊ぶことなんてなかなか出来なかった。だから、毎日を過ごすのがこんなにも楽しいって感じたのはメリーがここに来てからなんだ」


『そう、だったんですね……』


 メリーは少し悲しそうな顔をした。

何甘えたこと言ってんだって思うかもしれないけど、やっぱり友達がいて話せる人がいると毎日が楽しい。

 でも、俺は違った。

見た目が一番の理由かもしれないけど、顔を合わせるたびに相手は何故か微妙な顔をする。

俺は何もしていないのに、何故か、何故か――――。


『でも、メリーはゆーまくんのこと、素敵な人だって思ってますよ』


「えっ」


『メリーがここに来た理由は知ってますよね?』


「ああ、俺に一目惚れしちゃった、だったよな? 自分で言ってて恥ずかしいけど……」


『はい。メリーはゆーまくんに一目惚れしちゃいました。一緒に過ごしたいって思って、あの日メリーはゆーまくんに電話をしたんです』


「あれは流石にびっくりしたな。びっくりしたというより、恐怖と殺されるかもって思ったよ」


『メリーさんって何回も電話をかけて来てだんだん近づいて、気づいたら背後にいるって言うのが怪談話とかで有名だと思います。実際そうなんですが、メリーだけはそうしたくなかったんです』


 そうなのか……。

って、今メリー変なこと言わなかったか?


「メリーだけはって……もしかしてメリーって結構いっぱいいるとかないよな……」


『いっぱいいますよ。世界中どこでも』


「そ、そうなのか……」


『はい』


 な、なんか幽霊界の裏話みたいのを聞いてしまった気がする……。

そっか〜、メリーって世界中どこにでもいる幽霊なんだぁ〜。

ということは、日本でもメリーさんはいっぱいいるってことなのか?

まあ、亡くなった人って数えられない程いるから、いっぱいいても何となく分かるような気がする。


『でも……』


 メリーは俺の手をそっと握った。

そして、メリーの体がはっきりと見えるようになった。

どうやら実体化したらしい。

お陰で彼女の手の温もりがさらにはっきりと分かるようになる。


「メリーはそんな残酷なことをしたくなかったんです。だって、何もしていない無実な人を殺さなければならないんですよ? だから、メリーはずっと彷徨っていました。その時に、偶然ゆーまくんの姿を見たんです。顔立ちも良くて、目立たないところで良心的な行動をする――――そんなゆーまくんが、メリーは好きになってしまったんです」


「メリー……」


 そっと俺を抱きしめてくるメリーを、俺もそっと抱きしめた。

メリーって、体がすごく小さいんだな……。

メリーにはたくさんこうやって抱きしめられたけど、そう思ったのは初めてだ。

何で今まで気づかなかったんだろう。


「ゆーまくん、メリーはもうちょっとでこの世から消えてしまいます……。だから……メリーはゆーまくんといっぱい楽しい思い出を作りたいです! もちろん咲さんとも!」


「ああ、いっぱい思い出作ろうな! メリーの彼氏として頑張るからな」


「ゆーまくん!」


 言ったぞ……俺、メリーの彼氏だって言えたぞ!

これでこそ男だ、東 遊真!

 抱きしめてくるメリーを、俺もしっかりと抱きしめた。

本当に、メリーは細くて小さい。

これ以上強く抱きしめたら壊れてしまいそうだ。


「ゆーまくん、せっかくメリーたちは恋人になれたんですから……その……」


「ん? どうした急に。顔真っ赤だけど……」


「その……ん」


 メリーは俺を見つめ、そして目を瞑った。

これはもしかして……キス、って言うやつなのか?

やばい、めっちゃドキドキするんだけど……。

 いや、俺は男だ!

メリーが勇気を振り絞ってこうしているのかもしれない。

それに応えられないでどうする!


「メリー」


 俺はメリーの肩に手を置いた。

そして、俺からメリーに顔を近づけて――――そしてキスをした。

メリーとキスしたのは初めて会った時以来か。

でも、あの時とは違うキスだ。


「ん……。はあ、はあ……」


「メリー……」


 お互い顔をゆっくりと離して、またメリーの顔全体が俺の目に映る。

やっぱり、メリーは可愛いなぁと思った。


「ふふっ、ゆーまくん。メリーはゆーまくんが大好きです!」


「俺もだよ、メリー」


 そして、俺たちはまたキスをした。

これだけ夜が良いと思ったのは初めてだった。

ああ、俺はもうメリーの虜にされてしまったんだな……。

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