第3話 思わぬ結果

 なぜこんなことになっているのだろう。

目の前の事象を受け入れたくない自分がいる。いや、受け入れられていないだけかもしれない。


「私、待たされるのは慣れてないんだけど。」


 訓練室の中から嫌味が飛ばされる。どうする? 謝ってダメなら何をすれば……


 不意に体が押され、訓練室の中に足を踏み入れてしまう。1つしかない扉はすぐに閉じられ、小窓からは申し訳なさそうな表情の澪がチラッと見える。あいつ、裏切りやがったな。


「ようやく覚悟を決めたのね。その蛮勇は賞賛に値するわ。」


 お姫様のほうは準備万端といった様子だ。かくなる上は……


「俺はランク1なんだけど、君はランク1をいたぶることに罪悪感とか感じないのか?」


 自然の中で生き抜いている野良犬を見ても何も思わないだろう。だが人間というのは雨の中段ボールに入れられている子犬には手を差し伸べる生き物だ。人間として残っているであろう良心に訴えかける。


 しかし、状況は想定していた方向とは逆に進んでいく。


「そんな見え透いた嘘までついて、いい性格してるわね。」


「嘘ってそんなことなくて、」


「もう始めていいのかしらー?」


俺の言い分は聞く気はないってことかよ。部屋の端に取り付けられているスピーカーが起動する。


「はい、私、澪が生徒会役員として立会人を務めます。」


 これは、もう覚悟を決めるしかないのか。



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「おいこれ大丈夫なのか?」


 訓練室の上に位置する管理室で樹は澪に問いかける。モニターには訓練室に残された司とアナスタシアの姿が映し出されている。


「死ぬこと以外はかすり傷っていうし、大丈夫、ではないよね……」


「いいのか? 愛しの司が大怪我するかもだけど。」


「え?何のことよ?」


「まぁいいや、なんかおもしろそうだし。」


(それに、『最悪』になる前に止めればいいだけだからな。)


 おどおどする澪を尻目に、樹は呑気な様子で腰かけてモニターを眺めていた。



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 澪によるアナウンスが流れる。


「ルールですが、基本的には寸止めで、降参を宣言した段階で終了です。」


「それでいいわ、早くあなたも準備しなさい。」


 そう言っておもむろに指輪をはめる。

補助能力増幅器、通称ACA(Auxiliary capacity amplifier)。体内の魔素を活性化させ能力の発動の手助けとなる機材だ。もちろんなしでも能力は発動するが、その正確さ、威力、発動までの速さは比べ物にならない。

 言われるがままにをつける。俺のは旧式のもので腕輪のような形状をしている。


「あなたに先攻を譲るわ。」


 仕方ない。馬鹿にされるだろうが、とっととこなして降参しよう。ランク1の能力を見たらさすがに戦うなんて気も失せるだろう。


 右手を突き出し、左手をそっとに添える。意識を集中させて……

その瞬間、すさまじい熱量があたりを覆った。



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 見覚えのない白い天井……ここは……


「あ、起きた? 本当によかった……」


澪に上から顔を覗き込まれる。

体を起こしてあたりを見回す。染みついた消毒液の匂いにパーテーションで区切られた空間。どうやら医務室のようだ。


「あれ? あの後どうなったんだ?」


 直近の記憶がない。能力を使おうとしたところまではおぼえているのだが。


「すごいじゃない。あれだけの能力、ランク4くらいじゃないの?」


「なんのことだ? 俺はランク1相当の能力しか発動できなかったはずだが?」


「まだそんな嘘言ってるの。その卑怯な精神は呆れを通り越して賞賛するわ。」


 不機嫌そうな顔の皇女様が嫌味を投げつけてくる。ところどころ制服が煤けているような……


「司が放った火がすごくて、アナスタシア様も能力の氷で防ごうとしたんだけど防ぎきれなくて。」


「結論だけ言うと、司の勝ちだな。先に意識失ってたの皇女様だし。」


 樹が補足する。


「おめでとう!!司!!これで異国のお姫様を好き放題できるじゃないか!!」


「な、そんな、私は、」


「あれ? 皇女様ともあろうお方がご自分の発言に責任を持たれない??」


 皇女の顔がみるみる赤くなる。前から知ってたことだけど、樹は煽るのだけ天才的にうまいな。


「分かったわよ、あなたの言うことを何でも聞くわよ。それでいいでしょう?」


「別に俺はそんなこと望んでないんだけど……」


「いいから!! 皇女として自分の発言には責任を持たなければならないもの!!」


 まぁいいや、放っておけばそのうち俺のことも忘れるだろう。そんなことより一刻も早く能力を試さなければ。


「分かった分かった。じゃあちょっと行くとこあるから。」


 適当なことを言ってその場を離れようとする。どっか広いとこでも行くか。演習場とか使おうとすると許可取るのに時間かかるし、適当に人のいないとこで……


「どこ行くの? もう登校しなきゃいけない時間よ。」


 澪から予想外の一言。時計に目を向ける。7時45分。朝の7時45分なのか?


「ランク4の皇女様を倒したランク1って校内中で噂になってるぜ。友人として俺も誇らしよ。」


 噂になっている、噂になっている?? 昨日の今日で噂なんて広まったりはしないはずだが。


「なぁ、一応確認しておきたいんだけど、昨日って入学式だよな?」


「ん?入学式はもう1週間も前だぞ。だから噂になってるんじゃないか。『最強のランク1』くん。」


 俺の高校生活、初っ端から、終わった。



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