第2話 猫かぶり

「超能力者育成学校高等部札幌分校への入学おめでとうございます。生徒会長の京極颯です。」


 細心の男が壇上で深々と頭を下げる。新入生からはパラパラとまばらな拍手が送られるが、壇上の男はその様子を受けて少しため息を漏らす。


「皆さんはこの入学式をどのような気持ちで迎えましたか? 恐らくは落胆と諦念だと思います。私も3年前はそうでした。」


 入学式の挨拶とは思えない内容に生徒たちがざわつきだす。


「日本に5つある育成学校の中でもこの札幌分校は優秀な能力者が集まらないことで有名です。皆さんも本当は東京校や大阪校に行きたかったのではないでしょうか。ですが諦めていては何も変わりません。」


熱が入った生徒会長の声が上ずり、マイクがハウリングを起こす。講堂中にキーンと機械音が響く。


「私も中等部入学時はランク2、高等部入学時もランク3でしかありませんでした。しかしたゆまぬ努力によって昨年の測定ではランク4に達することができました。私にできたことは当然皆さんもできるはずです。」


 颯は真剣な表情で話を聞く新入生たちに満足しながらあたりを見回す。


「皆さんもご存じの通り、9月には交流戦が開催されます。今年はソヴィエトから皇女が留学にいらっしゃっています。他にも神楽家のご子息など、今年は豊作です。今年こそ、今年こそは連続最下位の記録に終止符を打つ時です。ただそれにはあと一押し、あと一押しが必要です。」


留学生、という言葉に新入生たちが反応する。留学生の受け入れは東京校や大阪校

ばかりで、彼らには馴染みのないものだった。


「見せてやろうじゃねぇか!!俺たちだってやればできるってところをな!!」


 突然最前列に着席していた小柄な男が立ち上がり叫び、周りからは同意の声が沸き起こる。生徒会長は何度かうなずきながら笑みをこぼす。


「皆ありがとう、更なる成長を期待しています。では次は各部活動からの部活紹介に移ります。」





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「みんな、ねぇ。そのなかには俺たちは入ってないってか。」


 樹は盛大な拍手に送られながら舞台脇に戻る生徒会長を見ながらため息交じりに呟く。

 実力至上主義のこの学校ではランクによる厳格な区別が行われている。ランクが高い順から前方の座席に。入学式の座席一つとってもそれは容易に見て取れる。


(……マジで司サボっててよかったな。)


 最後尾に座る樹からは、壇上の生徒会長とその周りだけが盛り上がっている異様ともいえる光景が広がっているだけだった。




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「決闘って、なんだよ??」


 投げかけられた言葉に疑問を抱く。


「私の故郷、ソヴィエトでのルールよ。日本語で言うと『力あるものが優先される』って感じかしら?」


 白髪の留学生は花壇から降り、澪に向き直る。


「模擬戦ができる場所が一つくらいはあるでしょう? 案内なさい。」


「……分かりました。用意しておきます。」


澪の返事に耳を疑う。嘘だろ、こいつ。俺がまともに能力を使えないのを知ってるくせに……


「ですが今は入学式の最中ですので、まずはそちらに出席していただいても構いませんか? 昨日もお伝えした通り、入学式で挨拶をしていただく予定があって」


「そんなのもあった気がするわ。仕方ないわね、連れて行きなさい。」


 高飛車な態度を最後まで崩さず、俺をもう一度にらみつけてから、澪の後に続いてバラ園から去っていった。


 まぁパパっ負けて満足させてやればいいか。そもそも勝てるはずもないけど。そう思ってバラを眺めながら、今起きた出来事は忘れようと努めた。





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「初めまして、皆さん。ご紹介預かりました、アナスタシアです。ソヴィエトから留学に来ました。気軽にアナと呼んでください。」


自己紹介をし、壇上で軽く会釈する。


「小さい頃に日本に住んでいたので日本語は得意です。たくさんお友達を作りたいので、ぜひ仲良くしてください。3年間よろしくお願いします。」


 そう言い終わると軽く微笑みかけ、生徒たちからは歓迎の拍手が送られる。先程の司への態度とは打って変わって、別人のような振る舞いに澪は困惑する。


(これ……司のこと誰にも報告できないじゃん……)


 澪は、『司が皇女に無礼を働いた』としか受けとられない状況に頭を悩ませながら、新入生代表宣誓の時間に不在だったことに対する叱責を生徒会長から受けていた。






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「司!!」


そろそろ入学式も終わったころだろう、そう思って教室に戻ってきたところを澪に呼び止められる。


「今から謝りに行こう? 私も一緒に謝ってあげるから。」


「ん? 司、なんかやったのか?」


呑気そうな樹が今は少し腹立たしい。


「お前なんであの時あのお姫様の言うこと聞いたんだよ。俺が、俺がランク1だってこと、知ってるだろ?」


 こんな時でさえ澪を前にすると湧き上がる劣等感が抑えられない。自分の発言だが、嫌味な発言だと自分でも思う。


「仕方ないじゃない。『皇女様の機嫌は損ねるな』ってお父様から言われてるんだから。」


 澪の父、神楽総一郎。東北以北の能力者関連の施設はすべてこの人の息がかかっていると考えても差し支えない。ってことはあのお姫様はそれ以上の権力は持ち合わせているわけか。


「大事になって外交問題とかになっても困るし、それにすごく好感度高そうな挨拶してたから、そうじゃなくても学校中が司の敵になっちゃうのは避けられないかも。」


「もしかして、あの人の良さそうなお姫様怒らせたのか? なかなかやるな。」


「ってなっちゃうからさ……」


 澪が大きくため息をつく。


 まぁいいか。プライドなんてものはこの数年間で捨て去った。黙って下げる頭の一つや二つくらい持ち合わせている。










「遅かったわね。私を待たせるなんていい度胸してるわ。」


 澪に連れられた先の訓練室では既にアナスタシアが待っていた。髪先を指でいじりながら壁に寄りかかっている。その振る舞いからは皇女であることは微塵も感じられない。


「あの、先ほどは司が失礼を働き申し訳ありませんでした。」


 司も謝って、と促され澪に続く。


「さっきはすみませんでした。以後気を付けます。」


 なんの感情もなくただ機械的に頭を下げる。それを見透かされたかのように頭の上から挑発的な声が降ってくる。


「へぇ。皇ってきたけど、所詮その程度のものなのね。ちょっとがっかりしちゃった。」


 顔が熱くなる。どうしてその名前を。勝手に勘当されて、今更その名前を出される道理はない。


「家のことは関係ないでしょ、今は。」


「関係なくはないわ。強さは血統にだけ依存するもの。」


1+1=2、と同じ口調で返される。彼女にとってそれは普遍的で揺るがないものなのだろう。アナスタシアは訓練室に入室しようとドアノブに手をかけてから、思い出したかのようにこちらを振り向く。


「当然知ってると思うけど、決闘では勝者の言うことを何でも敗者は聞くものよ。」


それは聞いていない。パパっと負けるつもりだったのにどうするんだよ……

当たり前だが日本には決闘の概念すら存在していない。直前になってそれを言うのは反則だろ……


「日本のレベルがどの程度のものかも知りたかったし。これから3年間私の荷物持ちに任命してあげるわ。」


 何か文句というか、主張をしなければ。

そう思ったが、得意げに笑って訓練室に入っていく後ろ姿を、ただ茫然と見送るしかできなかった。



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