第5話 共闘

 昨日より早い時間から話し始めたにも関わらず、すでに昨日の帰宅時間を超えていた。

 四人の関係が深まったので、ノリで話が本筋から外れるからだ。


 それでも今日の眞守は帰宅を急がなかった。

「九家とは四城よりも古くからある家で、その起源は平安時代まで遡ると言われる。昔から存在したナチュラルだと思ってくれればいい」


「ナチュラルって、トリーテッドが増えた社会に対する、進化論に基づく環境適応だと聞きましたが」

 また亮太が、話のハードルを上げようとしている。

 頑張れ、健吾!

 駄目だ、目が泳いでいる。


「だからといって、トリーテッドだけが驚異じゃないだろう。古代の方が科学が発達してない分自然環境が厳しいから、環境適用は起こしやすかったんじゃないかな」

「はあ、確かに」


 さすが眞守だ。瞬く間に亮太を納得させた。


「昔から続くナチュラルの集団九条家、それが天皇家に仕えるようになった。そこで彼らが住んでた通りを家の名前にして、一条から九条としたようだ」


「どうして天皇家に仕えるのをやめたのですか?」

「天皇家が経済的に貧しくなって、彼ら維持することができなくなったんだ。それで、時の権力者につくようになる。今はそれが四城というわけだ」


「四城と九家の関係はどうなってるんですか?」

「それは、こんな感じだ」


 眞守が俺のパソコンを使って、四城と九家の関係を表にしてくれた。

  東城  二条家、六条家

  北城  一条家、五城家

  西城  三条家、七条家

  南城  四城家、八条家


「あれ、九条だけいない」

 健吾が驚いて叫んだ声で、俺は同じクラスの九条薫を思い出した。

 彼女は四城九家の子女でありながら、唯一B組にいる。


「九条はいろいろな面で、謎の多い家だ。なぜどことも結ばないか理由が分からないし、どんな力があって、何をして家を保っているのかもよく分かっていない」


「今度、薫に訊いてみるか?」

「そうか、クラスの中で健吾だけは、九条とよく話してるよな」

 亮太の言うとおり、誰とも親しくならない薫が、唯一言葉を交わす存在が健吾だった。


「じゃあ、最後にこの学園について話をしよう」

 眞守がいよいよ最後の説明を始めた。


「この学園は、大学と高校の二つで構成され、大学は総合学部、理工学部、医学部の三学科で構成される。総合学部は中で政治、経済、法立など細かく分かれるが、共通の研究テーマはリーダースキルだ。特徴的なのは高校も含め入試方法で、一般的な学力試験はなく、ほとんどが推薦という形をとって行われる」


「だから、学力面では生徒間でかなりばらつきが生じるわけですね」

 亮太が健吾をみながら、笑いながら言った。

 当の健吾は照れ笑いしている。


「母体となる国立未来科学研究所だが、一言で言ってしまえば、トリーテッドナチュラルの研究をしている機関だ」


「へっ」

 さすがの亮太も、それは知らなかったようで、まぬけな声をあげた。


「小笠原沖の海戦で、世界最強を謳われるUNA第七艦隊を撃退してから、国防軍はトリーテッドナチュラルの強力な力を知った。そこで国防軍司令官の北城宏次朗こうじろうが中心になって、このような専門機関を設立したわけだ」


「研究所は軍部のために働いているのか」

 亮太は衝撃を受けたようだ。両手がプルプルと震えていた。


「それでこの学園だが、当初は数少ないリーダーズファクターを持つ人材を、発掘するために設立された。つまり、軍の士官候補生、あるいは国防省の官僚と成るべき人材だ」

 つまり青田買いと言うことだな――自分は適合しないことが分かっているので、俺は鼻で笑った。


「ところが、研究所がリーダーズファクターの成長促進を研究している過程で、後天的にトリーテッドナチュラルを作り出す方法を開発し、これを軍はアポステリオリ・トリーテッド・ナチュラル、略してアポステリオリと名付けた」


「もしかして、僕たちはその予備軍ですか」

「そうだ」

「そんな、日本は自由や人権を尊重するから、ナチュラル国家を標榜してるんでしょう。そんなことをしたら、TNAと一緒じゃないですか」


 亮太が発する怒りはすさまじかった。


「北城宏次朗は、我が父豪眞と組んで、軍事国家化を目指している」

「えっ、東城は西城との連盟を破棄して、北城につくんですか」


 眞守は今日初めて顔を歪めた。

「だから、私は父と決別することにした。微力ながら父と北城豪眞の企みを、阻止するために動く」


 言ってしまった。

 兄さん、そんなに二人を信用していいんですか?


「ウォー、俺も仲間に入れてください。眞守さんのために何でもします」

 いや、君が一番心配だから……


「さすがはリーダーズファクターですね。この僕がこんなに燃えるなんて」

 ちょっと待て、亮太。

 君はキャラが変わってるぞ……。


 俺は、敬愛する兄が、どんどん危険な方向に向かっているような気がして、気が気ではなかった。


 ガラッ。

 突然、教室の入り口の戸が引かれた。

 俺は一気に血が下がる気がした。教室に緊張が走る。


「あれ、みんな何してるの? あっ、あなたは三年A組の東城さん」

 入ってきたのは大島未来みくだった。

 明らかに雰囲気の固い俺たちに、不審を感じてる。


「ああ、大島さん……」

 駄目だ、言葉が続かない。


「未来こそ、どうしたんだ? 忘れ物か」

 健吾が逆質問してる。

 そうかこいつは意外にも、未来と仲がいいんだった。


「部活が終わって家に帰ろうと思ったら、家の鍵が入った化粧ポーチを忘れたのに気づいて戻ってきたの」

 ああ、清楚なイメージの未来も化粧はするんだ。

 俺は未来の秘密を一つ知った喜びで、心が震えた。


「そしたら健吾の大声が聞こえたんでびっくりした」

「そうなんだよ大島さん。健吾が昨日言ってた、学園内の不公平を正すと眞守さんに噛みついて、宥めてたとこなんだ」

 亮太ナイス!

 その白々しい嘘は俺にはつけない。


「ふーん」

 亮太の言い訳にも、未来はまだ納得してないような顔だった。


「私がここにいるのが、そんなに怪しいですか? 大島未来さん」

「えっ、あっ、いえ」

 ついに、眞守が口を開いた。

 駄目だ、未来が眞守に惚れてしまう。

 俺は辛い予感に胸が痛んだ。


「うちの忍が健吾と喧嘩したというので、私が仲裁してたんだよ。でもほら、もう二人はこんなに仲良しだ」

 そう言って、眞守は俺と健吾に握手をさせた。

 もう眞守のリーダーズファクターが全開で、身体を覆っている。

 未来はその姿の美しさにうっとりとしていた。


「いいなあ、二人とも……」

 未来の口から漏れた言葉は、俺の心をズタズタにする。


「もう、私たち四人は友達なんだけど、君も仲間に成るかい」

「私なんかが、いいんですか?」

 ええ、未来が仲間!

 俺は、期待と不安が胸を交差して、ドキドキが止まらなくなった。


「もちろんだよ。友達は多い方がいいに決まってる。私のことは今後眞守と呼んでくれ。いいね未来」

「はい。眞守さん」


 ああ、未来は眞守のファン決定……

 入学以来十日にして、心の中で大切にしていた俺の恋心は、眞守のリーダーズファクトの前に、あえなくゴミ箱行きが決定した。

 兄さんは大好きだけど、きっと俺には俺が理想とするラブコメ風の学園生活は、永遠に来ないだろう。


「眞守さん、そろそろ帰らないと」

「ああ、もうこんな時間か。それじゃあ、みんなまた今度話そう」

 俺は眞守をせき立てながら、教室の入り口に立つ未来をちらっと見た。

 多くの眞守を見る女子と同じように、未来の瞳はハートに成っていた。


 俺は心の中に浮かぶ「ゴミ箱に入れてもいいですか?」と、表示されたダイアログボックスの「はい」を泣く泣くクリックした。

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