第4話 YELLOW DEVIL’S KID

 俺は今朝も東城家の食卓で朝食を済ませ、眞守と一緒に家を出た。

 車の中で今日の予定をもう一度確認する。


「放課後、亮太と健吾の二人と話すんだね」

「ああ。今日は私が話してあげるというよりも、あの二人が覚悟を迫られるという雰囲気になるかもな」


「強制はしないよね」

「もちろんだ」


 眞守はいつも冷静だ。腹の中で何を考えているのかは、誰も分からない。

 なぜなら、何かを隠しているという雰囲気がまるでないからだ。

 それでも亮太はおそらく俺と眞守が兄弟であることに気づいている。

 ということは……


「ねぇ、もう二人のファクターは分かってるんでしょう」

「分かっている。健吾はアスレティック特化で、射程は短いが強力な衝撃波系のスペシャルを持っている。典型的な体術特化型の戦闘タイプだな」

「それは分かる。戦ったから。亮太はどう?」


「亮太は典型的なプロフェットファクターだな。これに千里眼を組み合わせた複合予測が持ち味か。彼には職業的な予測経験を感じる」

「職業的な予測経験?」


「トレーダーとか、経済ニュースの記者のような職業で用いるものだ」

 眞守は、亮太には自分たちの関係が、正確に見抜かれたと思っている。


「ふーん。実践で通用するレベルなんだね」

「そう、忍と同じだ。そんなことより、忍は入学してから初めての友達だろう。こういう縁は大事だから、失わないように大切にしなさい」


 眞守が言う失うは意味が深い。

 俺は少しだけ緊張した。


「でも兄さんが友達にしていいと許すぐらいだから、二人ともそれなりにレベル高いんだろう?」

「そうだな、二人とも鍛えれば、戦闘力はすぐに私並みに成るさ」


 それって、かなり強いじゃん、と俺は思った。



 それを最後に楽しい兄との会話の時間は終了した。

 学校に着いたのだ。


 教室に向かう途中で、一年A組の西城美久瑠みくるとすれ違う。

 美久瑠の後ろにはいつものように、三条芽依めい七条凱しちじょうがいがついていた。


「今日も眞守様はご壮健かしら」

「そうじゃないですか」


 俺はめんどくさそうに、美久瑠の顔も見ずに答えた。

 いつものことだが、美久瑠は挨拶もなしに、眞守の様子をいきなり聞いてくる。

 俺はこの驕慢なアイドル顔の美人令嬢が苦手だ。

 まあいくら嫌っても、西城家の令嬢様ともなると、B組の俺ごときは虫のようなものだろうが。



「おい名代、少し無礼じゃないか?」

 凱がいきり立って、俺の態度を責めてくる。

「ちょっと凱やめなさい」

 常識派の芽依が凱を止めようとする。


 A組の連中はリーダーズファクターが高いくせに、俺に対しては感情的になる奴が多い。

 まあ、いかにリーダーズファクターが高くても、それは対する人が信服してこそ価値がある。

 眞守と違って、人格に輝きがない今のこいつらなら、俺にかかったら三人まとめて瞬殺だ。


「ごめんなさい。別にあなたが、どんな風に私を見てるかはどうでもいいの。どうせ、眞守様が私を選んでくれれば、あなたはおまけでついてくる。そうでしょう、イエローデビルズキッドさん」


 その瞬間、俺の身体の大量の電子が高速運動を始めた。

 それは黄金色のオーラのように身体を輝かせる。

 三人は俺の圧倒的なエネルギーに、恐怖を浮かべて後ずさった。


「二度とそれを口にするな」

 俺は押さえようもない怒りを静めるために、戦場にいるときのような声で三人に命じた。


 美久瑠は四城の威厳を失わまいと、恐怖を必死で押さえながら答えた。

「分かったわ。ごめんなさい」


 その言葉を耳にして、俺の身体の電子は急激におとなしくなる。

 俺は無言で、美久瑠たちに背中を向けてB組に向かった。




 放課後、約束どおり亮太と健吾に話すために、眞守がB組にやって来た。


「昨日は、ありがとうございました。考えてみれば入学以来、僕たちに対してここまで話してくれたのは眞守さんだけでした」

 今日の亮太は昨日と打って変わって、殺伐とした雰囲気が抜けている。


「とんでもない。私の方こそこうやって新たな友人を迎えて嬉しく思っている」

 眞守は今日もまた友人というキーワードを繰り返していた。


 俺にはなぜ、亮太の態度が一変したのか分かっている。

 この友人というさりげないキーワードがくせ者だ。

 言われた方はじわじわと、あの東城眞守と自分は友人なんだと誇らしくなる。

 これまで、何度もこのマジックを見せられている。

 眞守が意識して使ってないところがポイントだ。




「今日は四城九家についてと、この学園の設立目的だったね」

 眞守の柔らかい声に二人は頷いた。


「二一七四年、今から五年前の話になるけど、あわや第三次世界大戦という事件が起きたことは知っているかな」

 眞守の言葉に俺の胸はズキンと痛む。


 さっぱり分からなくて苦笑いしている健吾に対し、さすがに亮太はしっかりと答える。

「はい、知っています。UNAがトリーテッド勢力の拡大を図って、小笠原沖に第七艦隊を派遣した事件ですよね」

「そうこれに対し、トリーテッド勢力の盟主の座を狙う半UNAの大国東アジア連合が、第一艦隊を差し向けた」


「このときは確かインド洋沖にUNAを支援するUWEの第二艦隊が、東シナ海沖にはUWEを牽制するべく韓国の第一艦隊が、そしてフィリピン諸島の北東海上では日本を支援しようと、オーストラリア太平洋艦隊が出撃と、まさに一触即発で第三次世界大戦の危機だったんですよね」


 亮太の博識に眞守が目を細めた。

「よく勉強してるね。他にもアラブ連合がUWEの背後を襲うために第一艦隊を派遣していたし、イスラエル軍はアラブ連合軍をミサイル攻撃する準備をしていた」

「うわー、俺もう分かんなくなった」

 健吾がギブアップした。


「フフ、これは情報量が多すぎたかな。大事なことは、UNAの第七艦隊が旗艦である空母エンタープライズを含む、巡洋艦、駆逐艦十一隻を、わずか三十分で失い、小笠原沖から撤退したということだ」


「それ、通説では東アジア連合の第一艦隊が撃退したことになってますが、公式発表はどの国も出してないんですよね。ネット上にはいろいろな噂が飛び交っていますが、一番頻出されるキーワードがYDK、Yellow・Devil’s・Kidです」


「YDKは日本軍所属のトリーテッドナチュラルだ。YDKはたった一人で、第七艦隊を撃退したんだ」

「まさか――」

 亮太は眞守の言葉でも、信じられないという顔をした。


 そのとき俺は動機が速くなって、脇の下は冷たい汗でびっしょりになったが、亮太に悟られまいと必死で平静を装った。


「でも凄いな。なんでYDKは公表されないんだ。英雄じゃん」

 健吾が変な関心をした。

 冗談じゃないと、このときばかりは健吾の脳天気が恨めしかった。


「フフ、そこは大人の事情だと思ってください。話を戻すと、この一件以来、それまで行政のおまけみたいな存在だった国防が、日本の政治上で存在感を増した。そしてできたのが、四権分立という考え方。つまり国防が他の三権と同格になったわけです」


 眞守が難しいことは省いて、できるだけ簡略な言葉、つまり中学生の公民レベルの言葉で、さらっと説明してくれたが、その対象である健吾はかなり汗をかいている。

 本当にこいつは高校生?

 俺はますます健吾が好きになった。


「ここで出てくるのが四城家だ。ナチュラルの配下数が国内最大の北条は、軍部の実質的な支配者となった。それに続く東城と西城は、それぞれ警察と司法を支配し、協同で北城の暴走を牽制する。南城は元々国内最大の金融コンツェルンだから、経済面で他の三家を牽制している」


「なんだか中世の封建社会みたいですね」


 おい亮太、そんな難しい話をするな。

 健吾がかわいそうだろう。


「まあ、中世におけるそれとは、民主的な手続きを尊重しているし、少し違うけどね。それより九家の説明に入ろう」


 さすが眞守、さらりと亮太の挑発をかわして、健吾の頭の暴発を防いだ。

 きっと眞守は、九家の説明の後に本題に入る。


 窓から夕日が差し込んでいる。

 真っ赤に染まった空は、この話をするのに相応しい背景に思えた。

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