第3話 友達?

「にっ、眞守さん、遅くなってごめん」

 危うく兄さんと呼ぶところだった。

 俺は二人だけのとき以外で、兄さんと呼ぶことはないように訓練しているが、今はどこか後ろめたい気持ちがあったのか、動揺が隠せなかった。


「忍、何を謝ってるんだ。君の大事な友人と過ごす時間を邪魔してしまって、こちらこそ申し訳ない。願わくば私もこの中に入れてくれるとありがたいのだが」

 眞守の登場に、俺以外の二人は驚いて声が出ないようだ。


 無理はない。

 ただでさえ圧倒するような指導者のオラーと、息を飲むような美しさに溢れているのに、こんな一年生のしかもB組に東城眞守が現れるなんて誰も予想してない。


 俺でさえ意表を突かれた。

 普段は俺が校舎の前で待っているのに、今日は話し込んで遅くなったから、様子を見に来てくれたのだ。


 ああ、自慢の兄にますます心を奪われてしまう。


「東城眞守がこんなところに何の用だ」

 俺の陶酔をぶち破るように、意を決した中西が少々ヒステリックな問いかけをした。


「いや、私の大切な忍のことが気になってね」

「大切? 名代はお前にとってただのガーディアン(警護人)だろう?」

「とんでもない。私にとっては同じ屋根の下に住む、血を分けた兄弟みたいなものだ」


「兄弟!」

 突然沢渡が素っ頓狂な口調で、その言葉を口にしたので、俺はびくっとした。


「すごいです。A組の人がB組の者をそんな風に思うなんて」

 沢渡は、これが朝は待遇改善を求めて熱くなった男かと見違えるほど、すっかり眞守に心酔しきっていた。

 おそるべきはリーダーズファクターの力。


「良かったら、私がこの話の続きを話そう」

 沢渡がすっかり眞守に取り込まれているので、中西も渋々同意した。

 眞守のリーダーズファクターに屈しない中西もすごい。


「実は国の指導者に成るような者は、トリーテッドじゃなくて、ナチュラルの方が多いんだ。なぜなら、リーダーズファクターは、オギノメによる処置で失われることが多い。だから代表的なトリーテッド国家である、UNAの大統領はナチュラルだ」


「だったら、ナチュラルにオギノメなんてしなくていいんじゃね。A組みたいな奴を増やした方がいいんだろう?」

 沢渡は本当に素直だ。

 眞守は満面に笑みを浮かべた。

 どうやら眞守も沢渡を気に入ったみたいだ。


「ところが指導者って言うのは、別名権力者って言ってね、権力者は権力の分散を好まない。だから自分の周りのナチュラルと判別された赤ん坊に、あえてオギノメを実施した。リーダーズファクター以外のファクターを強化して、自分の役に立つ人間に育てるために」


 俺は何度もこの話を眞守から聞いているから、今更衝撃はないが、沢渡はかなりショックだったようだ。

 怒りが度を超して、何も言えなくなり、口をパクパクとだけ動かしている。


 俺はなぜ眞守がこんな話を二人にするのかが分からなかった。

 この話をすれば、行き着く先は……


「じゃあ、A組の奴、特に五条九家なんて奴は、みんなナチュラルにオギノメを施すような悪い奴なのか?」

 沢渡が再びA組の人間に悪意を抱いた。


「それは違う。日本はナチュラルを尊重する国家だ。五条九家も一部の馬鹿者を除いて、そんなことはしない」


「でも、東城家は違うでしょう。その証拠がここいいる名代だ」

 もう中西は全て見抜いているのかもしれない。

 こいつの千里眼とプロフェットファクターの組み合わせは、なかなか侮れないものがありそうだ。


「その通りだよ、中西君。君の能力はすごいね。ご推察の通り、私も私の父母もとんでもない人間だ。だけど、私は絶対忍を見捨てない。私が力を持ったときは、そのときこそ……」

 眞守はかなり怒りで熱くなっている。こんな表情は見たことがなかった。

 突然、眞守は平常心に戻って、ニコッと笑った。


「だから君たちにも忍を守るために力を貸して欲しいんだ」

「力を貸すって? なんで?」

 中西が釈然としない風で、眞守に訊く。


「だって、ここまで聞いたからには、君たちは忍が悩んだとき悩みを聞く義務がある。だって、忍が腹を割って話せる人になったわけだから」

「それは友達に成れってことか?」

 沢渡が要領を得ない顔で訊いた。


「そうさ。友達! いい響きだ」

「そんなの、言われなくても当たり前じゃないか。こんなにいろんなことを教えてくれたし、もう友達だと俺たちは思ってるよ。なあ、中西」

「ああ」


 眞守に懐疑的だった中西だが、沢渡の言葉には反論できず頷いた。


「それに東城さんも名代のこと、そんなに構えて考える必要ないんじゃないですか」

 沢渡の言葉に、眞守は意外そうな表情をした。


「どうしてだい?」

「そりゃあ、オギノメで他人に能力決められるのは嫌だろうけど、結局どう生きるかは自分次第で、それはこういう能力持ってるからじゃない。名代は自分でやりたいこと見つけて、やればいいと思う」


 それは俺が、今日一番ぐっときた言葉だった。


「すごいよ、沢渡君。君は私なんかよりもずっとA組に相応しい人間だ」

「あ、そう言えば、まだ四城九家と、この学校の目的について聞いてない」

 沢渡が思い出したように叫んだ。


「なんだ、そんなことが知りたくて、三人で話してたのか。いいよ私が教えてあげる。でも、もう遅いから明日にしよう。明日の放課後、ここでまた話そう」

 眞守の言葉に二人は納得して頷いた。

 中西はともかく、沢渡はもう容量オーバーなのは目に見えていたから。


「じゃあ、明日僕たちに全て話してください」

 中西が挑戦的な目で眞守に頼んだ。

「分かった。そうだ、これを機会に下の名前で呼び合おう。私のことは眞守でいいよ」

「いいですね眞守さん。じゃあ、俺は健吾と呼んでください」

「じゃあ、僕は亮太で」

「俺は忍と呼んでくれ」




 帰りの車の中で、僕は眞守に確かめた。

「ねぇ、兄さんはどうして亮太と健吾に、友達に成ろうって言ったの? もしかしてあの計画に巻き込むつもりなの?」

「そうだ。あの二人は優秀だ。絶対に大きな戦力になる」

「俺は嫌だよ。せっかくできた友達を危ない目に遭わせたくない」

 眞守は憂いを含んだ目で、俺の顔を見た。

 その目に思わず吸い込まれそうになる。


「分かっているさ。お前の大切な友達を危ないマネに合わしはしない。あくまでも支援者となって貰うだけだ。でも二人とも事情を知ったら、深く関わりたいと言い出すだろうな。特に亮太は」

「そんな」

「忍、これは子供同士の喧嘩じゃないんだ。それに何もしなかったら日本が、TNAのようなトリーテッド国家になるかもしれないんだ」

 眞守の目は魔性を帯びてるかのように、怪しく輝く。


 兄さん、そんなことをしなくても、俺はあなたに逆らいはしません。

 ちょっとかまって欲しかっただけです。


「分かりました。できるだけ二人と心を通わせるようにします」

「ありがとう忍」


 急に身体から力が抜けたような気がした。

 久しぶりに眞守以外と、長い時間コミュニケーションしたから疲れたのかもしれない。


「どうした、顔が青いぞ」

「うん、なんか疲れたみたいだ」

「もたれかかっていいぞ」

 俺は、遠慮せず、眞守の肩にもたれかかった。


 不思議なもので、眞守の肩に頭を当てただけで、もやっとした不快な気分が消えていく。

 俺は、全身でもたれかかって眞守に体重を預けた。

 触れ合う面積が拡大して、心の中が暖かくなる。


「兄さん」

「なんだ」

「ごめん。俺のために」


「忍のためだけじゃない。私が許せないんだ」

 俺の気持ちを軽くしようと、そう言っているのは痛いほど伝わってくる。

 きっと許せない怒りの源が今の俺の存在だ。

 

「でもありがとう」

 俺がそう言うと、眞守は無言だった。


 俺には返事なんて必要ない。

 今、こうしていられれば十分だ。

 あと少しで家に着いてしまう。

 それまでのつかの間の幸せだ。

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